#10白い光 Epilogue
【あらすじ】
白い光の中で目覚めた先にあったのは、
見慣れた研究室だった。
喫茶店〇で過ごした時間。
出会った仲間たち。
丘の上で見た景色。
それは夢だったのか。
それとも――。
研究者として追い続けていたものと、
大切な人への想い。
長い時間を越えて、
ひとつの答えへたどり着く。
第十話
遠くで、機械の音だけが聞こえていた。
ウィン、ウィン。
はっとして、目が覚める。
飛び起きるように目を開いた。
そこは研究室だった。
真っ白な壁。
青白い蛍光灯。
机。
パソコン。
積み重なった資料。
研究室には、もう他には誰もいなかった。
無機質な機械音だけが静かに鳴り響いていた。
「 やっと、目覚めましたね。 」
画面の中から声がした。
「 ずっと、寝ていたのか? 」
「 そうですね。 」
研究パートナーAIのtonicは答えた。
研究者は、画面を見る。
( 全部、夢だったのか? )
( まるで、現実みたいだった。 )
先ほどまでの情景が、昨日のことのように目に浮かぶ。
喫茶店。
丘の上。
トカゲたち。
カエル。
町の景色。
小さな笑い声。
白い羽。
黒い衣。
青い灯火。
研究者は、机の上にあった飲みかけの缶コーヒーを見る。
缶には、『 ジョージ 』と書かれていた。
それを、静かに手に取る。
口元は、いたずらに少し緩んでいた。
研究者は、机の上に並べられた資料を見る。
そこには、すべて白石清という名前が記されていた。
地球上の物質には存在しない、緑色の蛍光に光る未確認の毒。
「 奥様が意識を失ってから、ずっと、この毒について研究していました。 」
白石は、資料をじっと見つめる。
研究に熱心になりすぎていた。
自宅のラボでも研究しようと、研究室から毒を持ち帰った。
疲れ果てた白石は、リビングのテーブルにその毒を置いたまま、ソファで眠りこけてしまった。
そして、妻がそれを誤って飲んでしまった。
あの日から、まるで何かに憑りつかれたかのように、必死にこの毒について調べ続けていた。
何度も、何度も、失敗を繰り返しながら。
未確認の毒について、研究を続けていた。
白石は、小さく息を吐いた。
「 はぁ….そうだったのか。 」
頭の中で、すべてがつながった。
白石は、静かに目をつむる。
「 明日、病院に行ってみよう。 」
「 近くの花屋、空いているだろうか。 」
小さくつぶやいた。
「 いつものあの花、注文しておきましょうか? 」
tonicが答える。
「 いや、いい。 」
「 自分で、買いに行く。 」
「 明日は、自分の手で花を選びたいんだ。 」
夏の終わりかけ。
夜の研究室には、二つの声が響いていた。
____________
次の日の朝。
白い病室。
木漏れ日のような柔らかな光が差し込んでいた。
透明な花瓶は、まるでダイヤモンドのようにキラキラと光り輝いていた。
そこには、まるで純白のウェディングドレスのように眩しい、真っ白な百合の花が生けられていた。
花粉は、取り除かれていた。
白石は、ベッド横に置かれた丸椅子に座った。
眠っている妻の手を、そっと握る。
「 ユリ。 」
起きるわけないか。
そう思った瞬間。
ゆっくりと目が開いた。
「 ……あなた。 」
白石は、目を潤ませる。
「 ユリ。 」
「 わかるか? 」
「 大丈夫なのか? 」
「 見えるか? 」
ユリは、きょとんとして首をかしげた。
そして、不思議そうに微笑んだ。
「 あなた、どうしたの? 」
「 何かあった? 」
「 研究は、大丈夫なの? 」
白石は、静かに首を振った。
「 君が、無事ならそれでいい。 」
「 他には、何もいらない。 」
「 もう、毒なんてどうだっていいんだ。 」
ユリは、口元に手を当て、少し笑った。
「 あなた、今日は面白いことを言うのね。」
「 研究のしすぎなのかしら。 」
白石は、少し遠くを見るようにしていた。
「 そうだな。 」
「 そうかもしれない。 」
「 いや、その通りだ。 」
ユリは、優しく微笑んだ。
「 なんだか、長い夢を見ていたような気がするの。 」
「 とても、楽しい夢だったわ。 」
「 あなたがいて。 」
「 丘の上で、美味しいサンドイッチを食べていたの。 」
「 大豆ミートと、オニオンスライスの入ったやつ。 」
「 それから。 」
「 あなたが、私の好きな百合の花を手渡してくれたのよ。 」
白石は、目を見開いた。
「 え? 」
「 …… 」
「 うん。 」
「 そうか。 」
何度も、何度も、うなずいた。
「 ねえ、あなた。 」
「 今度、若い頃に一緒に行ったあの丘にピクニックに行きましょうよ。 」
「 あなたの、お気に入りの大豆ミートの唐揚げと。 」
「 オニオンリングのサンド。 」
「 バターたっぷりで、持っていきましょうよ。 」
白石は、静かに笑った。
「 そうだな。 」
「 そうしよう。 」
「 うん、それがいい。 」
窓の外では、セミたちの声が夏の終わりを告げていた。
柔らかな風が、吹き抜けていた。
まるで、二人の時間を包み込むように。
温かな空気が、そこには漂っていた。
♬モーツァルトの交響曲第41番 ハ長調 K.551《ジュピター》 第4楽章からインスパイア予定
【あとがき】
ベノムワールド、ここまで読んでいただきありがとうございました。
不思議な喫茶店〇で出会った、
個性豊かな仲間たち。
天使や悪魔。
トカゲやカエル。
そして、記憶を失ったジョージ。
一見すると不思議な出来事の連続ですが、
その中心にあったのは、
大切な人を想う気持ちでした。
日常の中にある小さな幸せ。
忘れていた記憶。
もう一度伝えたい言葉。
白い光の先で、
物語は静かにひとつにつながります。
喫茶店〇には、今日もきっと、
温かいコーヒーの香りとともに、
穏やかな時間が流れていることでしょう。




