代償
中央都市、軍本部の会議室にて、軍服を着た将校たちによる会議が行われていた。
巨大な丸い机を囲むように数名の将校が座り、机の中央には黒く光を反射する、武器と思われる物体が置かれていた。
その物体はこの国の人達、特にここに集まっている将校たちには馴染みのない物であり、現場に出ている軍人たちの中にも話で聞いたことはあっても実物を見た者は少ないだろう。
「これが例の•••」
「壊れてはいるようだが、これを複製出来れば我々もまた巻き返すことが出来るやもしれん」
「しかし、奴らは急にどうしてこんな物を作れたのだ」
「異能持ちの力ではないか?」
「まさか!?物を生み出すような異能持ちなど聞いたことないぞ!」
「或いは、マリィのような異界の者がもたらした物かもしれぬ」
「その可能性は高いな。しかし、この異界の異物を複製出来ているとなると、あの国の技術力は我々よりも上ということかもしれん」
異界の異物とはその名の通り、この世界以外の世界から入ってきた物体や物質の通称である。
これまでにも何度かその異界の異物はこの世界に入り込んできている。弓や刀などの比較的原始的な物から、火縄銃に始まり、機関銃や火炎放射器、果ては戦闘機などである。
もちろん、武器だけではなく、ラジオやテレビ、冷蔵庫など生活に役立つ物まで、多種多様な異物が入ってきてこの世界のレベルを大きく引き上げている。
そして、この異物の存在が今起きている戦争を長引かせており、もっと言えば、戦争の始まりは数百年前にこの異物たちを巡って起こった事を、今生きている者たち、カリナはもちろん、この会議室に集まっている将校たちですら知らない歴史である。
「ともかくだ!やっと手に入れたこのれーざーほう。我らも早く複製しなければならないだろう。さもなければこの国は負ける」
「敵はこのれーざーほう以外にも見たことの無い武器を使っているという話ですし、それらも欲しいものですな」
そして、今回この世界に入ってきたレーザー砲、いや、正確にはレーザー砲を作れる技術者がこの世界に異物として敵国に入り込んで来ているからこそ、敵国はレーザー砲を量産出来ているのだが、それをこの将校たちが知ることはないだろう。
〜〜〜〜〜〜〜
ライキスが異動して半月。
すぐに第2前線基地襲撃の情報が入ってきて、わたしは気が気じゃなかった。
襲撃された第2前線基地はそのまま撤退。生き残った軍人の1部は他の前線基地に異動となり、それ以外の生き残りの人達や怪我人はまだ戦火の届いていない内地の街や村にバラバラに異動、搬送されているらしい。
わたしの住むこの街にも数名異動してきているが、そこにライキスの姿はなく、それでもまだ生きていると信じていられるのは戦死の知らせも来ていないからだった。
「幼なじみくん、無事だといいね」
元々あまり乗り気ではないこの仕事にいつになく身が入っていなかったのを察したのか、ミカが隣から声をかけてくる。
顔に出てた?と小声で返すと、うん、心配って貼ってあるよとミカ。
「でも、便りがないのは良い便りってどこかの言葉で言うみたいだし、きっと大丈夫だよね」
ミカに返しながらも自分に言い聞かせているのだとわかっている。
そして、思考を切り替えるために周りを見渡すと、丁度のタイミングで診察室に入っていく女性が目に入る。
前線基地から数日前に異動してきたその女性、マリィ・ホーリーナイトさんはかの有名な癒しの女神その人だった。
わたしのイメージでは、包容力のある、笑顔の素敵な女性のようなイメージだったが、実際に会った彼女は違っていた。
まるで感情がないかのような無表情。声に抑揚も覇気もなく、ただただ用意された台本でも読んでるかのようであり、身体つきも、同年代とは思えないほど痩せ細っていて、癒しの女神とは程遠く、むしろ少し怖いという印象だった。
わたしは軍でも末端だから、今まで前線で活躍してた彼女がなぜこんな平和な街に異動になったのかわからない。今までなら強力な異能持ちほど前線に配属される傾向にあったのに。
ホーリーナイトさんに聞けばライキスの事わかるかな?
なんて考えてはいたが、ここに異動してきてからの彼女はなんだか忙しそうでタイミングを掴めずにいた。
「カリナ。君も来なさい」
ホーリーナイトさんが入った診察室のドアが開き、顔だけ出した院長がわたしを呼ぶ。
ホーリーナイトさんが行ったのであればわたしなんて必要ないのでは?と思いながらも、はい!と返事をして診察室に向かう。
「失礼します」
ドアをノックしてから中に入ると、膝を擦りむいた中年の女性がベッドに座っていて、その女性と向き合うようにホーリーナイトさんが椅子に座って待っていた。
女性の傷はそれほど大きくなさそうだが、それでも痛そうに顔を歪めていた。
「これからこの人をホーリーナイトが異能で回復する。カリナ、お前は回復が終わったあとのホーリーナイトの回復を頼む」
「えっ?でもわたしの異能は・・・!」
「後で説明する。今は患者優先だ」
途中で言葉を遮られるも、仕方ないと割り切り何も言わずにホーリーナイトさんの動きを待つことにする。
「では、失礼します」
ホーリーナイトさんは無表情のままでそう言うと、目の前の患者を抱きしめる。
するとほんの数秒、いや、秒も経たずに傷は塞がり、女性の表情は穏やかなものになる。
そして、それとは逆にホーリーナイトさんの表情は無表情から苦痛の表情となり、回復が終わると同時に椅子に座ったまま必死になにかに耐えるように頭を抱えている。
回復系の共通点として、回復した相手の痛みの一部が自分に流れ込んでくるものなんだけど、それは治した箇所と同じ場所(傍点)に痛みが現れるはずだ。だから、ホーリーナイトさんが頭を抱えているのはおかしい。
わたしと同じことを思っているのか、患者の女性も大丈夫ですか?とホーリーナイトさんに声をかけている。
「はい、これで終わりましたので、あとは待合室でお待ちください」
院長は何事もないかのようにそう女性に声をかけると、ベッドから立ち上がらせて診察室から追い出す。
「あの!院長!これって一体!」
なにがなんだか分からずに声量はそのままで早口で問いかける。
「説明はあとだと言っただろう。ホーリーナイトを回復しなさい」
「でも!」
「いいから」
わたしとは対照的に終始落ち着いたままの院長に言われるがまま、わかりましたと答えてホーリーナイトさんと対面するようにベッドに座り、彼女の頭を抱えている手に自分の手を重ねる。
彼女の異能は発動する際に抱きしめる必要があるみたいだが、わたしの場合は相手の身体の一部に触れていればいいんだけど、異能の効果範囲の違いなのかもしれない。
わたしが手を重ねたからなのか、それともたまたまタイミングが合ったのかはわからないが、ホーリーナイトさんは今まで頭を抱えて耐えていただけなのに、急に奇声をあげる。
「あぁぁあぁああぁあぁぁぁあぁああぁぁ!!!!」
「ホーリーナイトさん!どうしたんですか!大丈夫ですか!?」
「わた、わた、ぁぁああ、わたし、私、私は!!ぁああぁぁあああ晩御飯の、あああぁぁあぁぁ用意しなきゃ!ばんばん晩ご飯ごご飯はは飯はん!!!」
「院長!院長!どうしたらいいですか!」
「そのまま続けて」
「でも!」
「いいから」
先程同様に落ち着いている院長はわたしとホーリーナイトさんを立ったまま見つめるだけ。
異能も発動しない、ホーリーナイトさんは頭を抱えたまま奇声を発したまま。わたしはどうしたらいいのかわからずに、ホーリーナイトさんを抱きしめる。
「大丈夫。大丈夫だよ。大丈夫だから」
大丈夫大丈夫と、同じ言葉をかけ続けることしか出来なかった。
〜〜〜〜〜〜〜
あれからどのくらいの時間が経ったのか、ホーリーナイトさんが徐々に落ち着きを取り戻す頃に、もう良いだろうと言った院長は、彼女を他の看護師に任せ、わたしを連れて院長室に向かった。
そこで、先程の件の説明を聞くことができた。
なんでも、ホーリーナイトさんは異能の性質上、回復した相手の痛みだけでなく、記憶や感情も自身の中に流れ込んでくるらしい。そしてそれは、相手の怪我や傷の度合いに関係なく、擦り傷だろうが、致命傷だろうが同じらしい。
それなら今までどうして居たのかと言うと、精神バフ系の異能持ちがいたみたいで、ホーリーナイトさんはその人に精神バフを掛けてもらってから異能を使っていたみたいだ。
もちろん、精神バフを掛けたからと言って流れ込んでくる記憶や感情は完全に止めることは出来ないし、バフが切れれば一気に流れ込んできていたらしい。そしてそのバフは掛けた相手の栄養を消費するらしい。だからホーリーナイトさんは痩せ細っていたのだと理解できる。
そして、そのバフをホーリーナイトさんに掛けていた異能持ちの人は、第2前線基地が襲撃された際に戦死。ホーリーナイトさんはパートナーを失ったとの事だ。
今現在、同じ精神バフの異能持ちがいないみたいで、代わりを探すために、ホーリーナイトさんは前線から外され、まずはこの街に来たとの事。ようはわたしの異能がホーリーナイトさんに適性があるかどうかを確かめたかったわけだ。
院長室から出る頃には退勤時間を過ぎていて、とっくにミカの姿もなかったので、一人で着替えて外に出る。
診察室に呼ばれた時は、ホーリーナイトさんからライキスの事を聞けるかもと思ったが、とても聞けるような状態じゃなかった。
あんなのわたしならきっと耐えられない。
ホーリーナイトさんはパートナーが見つかるまであれを繰り返すのかな。
軍ももう少しいい方法を考えられないのかな。
異能持ちはいくら待遇がよくても、あれじゃあ割に合わない。
でもわたしじゃ何も出来ない。実際に役に立たなかった。
そんな反省とも後悔とも少し違う思いを心の中で反芻しながら歩き、寮が目に見える距離に来た頃、寮の前でうろうろしている人影が目に入る。
なんだろう?と思いながら近づくと、軍服を来ているので同じ軍人だとわかり、寮に住む誰かに用でもあるのかと声をかける。
「あの?どうかしましたか?」
声をかけられた男性軍人は、後ろから声を掛けたためかうわっ!と小さく驚き、すぐに落ち着きを取り戻しすまんと続ける。
「カリナ・ルードウェイって人に用があるんだが、知ってるか?」
「わたし、ですけど、なんの用ですか?」
面識のない男性の口から自分の名前が出てきたことで少し警戒する。
自分ではそこまで態度にも声色にも警戒を出していないつもりだったんだけど、相手から見たらそうでもなかったようで、両手をあげて、何もしないと無言で安全を伝えてきた。
「俺はサミエル・グレンスフルだ。よろしく。それでな、俺は第2前線基地の生き残りなんだが、お前さんライキスと幼なじみなんだろ?」
「ライキスを知ってるんですか!?」
疑問形ではあったけど、そのまま話を続けそうなグレンスフルさんから発せられた雰囲気を断ち切り、身を乗り出す。
そんなわたしの事を嫌そうにもせず、ああ、知ってる。と穏やかにグレンスフルさんは答えてくれる。
「まぁ知ってるって言っても、第2前線基地に移動中に少し仲良くなった程度なんだが、偶然か必然か、この街に異動になったもんで、それならアイツが話してくれた幼なじみ、お前さんには伝えといた方がいいかと思ってな」
グレンスフルさんは終始穏やかさはそのままに、少しずつ困ったような悲しいような、暗い表情になっていく。それを見て嫌な予感がするけど、今度は止められない。遮れない。
ドクンドクンと脈が早くなって、それに合わせて呼吸も早くなる。
「ライキスは戦死した」
その言葉がわたしの耳に届いたあとは、何を話して、どうやって部屋に戻ったのか、泣いたのか泣いてないのか、なにも覚えていなかった。
戦死した証拠もなければ、確証もない。でも逆も然り。
それでも仕事にも身が入らず、部屋でも何もする気が起きない。それくらい彼の存在はわたしの中で大きく、支えになっていたのだと実感した。
そして、1週間が過ぎた頃、ライキスの家族から手紙が届き、その内容がわたしの心から全てを奪い去った。
〜〜〜〜〜〜〜
サミエル・グレンスフルは夢を見ていた。いや、思い出していたに近いかもしれない。
第2前線基地まで数時間とかからないほどの村付近。
まず感じたのは上から押しつぶす様な衝撃。そしてその刹那に前方斜め下からの赤と黄色の光と衝撃。
彼も軍人だ。すぐに攻撃されたのだと気がつくが、ただの人間。異能持ちでもない普通の人間。反応は間に合わない。仮に間に合ったとしても、ばすと呼ばれる異物にすし詰めにされた状況ではなにも出来なかっただろうが、逆に言えばすし詰めだったからこそ、彼は無事だったとも言える。
衝撃と光に身を委ね、反射で瞑った目を開いた頃には自分たちの乗っていた車両はバラバラになっていて、煙と炎が視界を奪い、肉の焦げた匂いと血と土の香りが鼻を擽る。
そして、呻き声と悲鳴の隙間に、サミエル・グレンスフルの耳は笑い声を捉えた。
状況を確認するために動いていた瞳はほぼ反射的に空を見上げる。
雲が少し浮かんだ快晴を煙が遮り、曇天を生み出しているが、その真ん中に浮かぶ天使が一人。
実際には天使ではなく、翼を背中に携えた異能持ちなのだが、サミエル・グレンスフルにはいつかの異物の書物で見た天使に見えた。
その翼は一般的に想像するような、異物に描かれた天使のそれとは異なり、白と黒、それから灰色を混ぜたような不気味な色。異界の鳩と呼ばれる鳥の翼と酷似していた。
そして、その天使の手はこれまた知らない黒く大きな物体を持っていた。
「なんだあれ」
そう彼が呟くのとほぼ同時、天使は高笑いしながらも、手に持った武器の銃口?をサミエル・グレンスフルたちに向ける。
そして、ニヤリと笑い引き金を引く。
一瞬、眩い七色の光が辺りを照らしたかと思うと、眩しさで目を閉じるより早くズドンと衝撃が飛んでくる。
サミエル・グレンスフルのいる場所よりも数十メートル先に堕ちた光の束は地面に着弾すると同時に弾け飛び、周囲を明るく照らしながら破壊していく。
サミエル・グレンスフルは直撃こそ免れたが、着弾時の衝撃で大きく吹き飛ぶ。
その際、ばすの残骸も大きく飛ばされたが、そのどれも当たらなかったのは不幸中の幸いだろう。
最初の攻撃からこの間約30秒ほど。天使が笑ったからこその約30秒。笑いさえしなければ次の攻撃まで約10秒。
サミエル・グレンスフルはそれを知っていた訳ではない。ただ、軍人として瞬時に判断し、次の攻撃に備えようと動く。しかし、衝撃と光、匂いと音、雰囲気まで、この場に置ける全ての物が彼の体を強ばらせる。
そして、頭上がピカっと光り、次の攻撃が来たと理解した直後、サミエル・グレンスフルは体に衝撃を受け、視界は闇に沈む。
その直後に更に強い衝撃。視界を奪った闇が晴れ、最初の衝撃と彼の視界を奪ったものの正体がわかる。
「ライキス!」
彼の傍らにはライキス・オーロンが横たわり、彼の腕にはばすだった物が抱えられていた。
「ライキス!ライキス!」
何度も呼ぶが返事はない。
それもそのはず、ライキス・オーロンの下半身は既に吹き飛び、焦げた断面から血が溢れ出していた。
サミエル・グレンスフルが無事だったことから、攻撃が直撃ではなかった事が伺えるが、着弾地点は近かったのだろう。
「ライ、キス」
サミエル・グレンスフルの声が弱々しくなる。
「•••」
そして、とうとう声は出なくなる。
追撃はこない。
なぜ追撃がこないのか、サミエル・グレンスフルにはわからないし、追撃が来ない事にすら今はもう気がついていない。
彼はライキスの亡骸を前に呆然と座り込む。
そして、炎と煙の立ち込めたこの場所で共にばすに乗っていた仲間を探そうとしたのか視線をゆっくりと動かす。
ゆっくりと、本当にゆっくりと。
戦場ではありえない速度で瞳だけを動かす。
そしてある1点で視線が止まる。
その場所にはボルトアクション式のライフルが一丁落ちていた。
考えたわけではない。ただ無意識にライフルにむかって行く。
歩きでも走るでも、ましてや匍匐前進でもない。
膝で地面を蹴る。
ライフルを手に取り、慣れた手つきで弾が入っていることを確認する。誰かが反撃しようと弾を込めたのか、はたまた移動中入ったままだったのかはわからないが、今のサミエル・グレンスフルに取っては好都合だった。
そして、セーフティレバーを前進させ発砲可能な状態にすると、銃口を空に向けスコープを覗く。その先に居るのはもちろん天使だ。
天使は油断しているのか、無防備にその場で上下に少しだけ動いており、サミエル・グレンスフルには気がついていない様子だった。
どのくらいそのままだっただろうか。一瞬かもしれないし、数時間かもしれない。
サミエル・グレンスフルは引き金を引く。それと同時にパァン!と乾いた音がなり、彼は目を覚ました。
「はぁはぁ。はぁ、。夢、か」
まるであの時の炎(傍点)に包まれたような暑さを感じ窓を開ける。
額には脂汗をかいており、それを手のひらで拭う。
「もう無理だな」
彼はポツリと部屋の真ん中でそう零すと、軍を辞めることを決意するのだった。




