第1話 癒しの女神
この国は戦うことしか知らず、平和を知ろうとしない。きっともう後には引けなくなっている。
そんな言葉を残したわたしの先輩は、数日後に前線基地に異動となり、そのまま帰ってこなかった。
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わたしの住むこの国は、わたしが生まれた時にはもう既に他の国と戦争をしていて、わたしが17歳になった今でもそれは続いている。
授業ではこの戦争は数百年続いていて、資源を求めて他国が攻めてくるから自国を守るために戦っているんだと習ったが、前線基地の数が増えながら、どんどんと土地が離れていくところを見ると、その逆かも知れないなとも思う。
最早、末端のわたし達にはこの戦争の本当の理由なんて知る由もないし、本当に数百年前から続いているのなら、国の偉い人達も知らないのかもしれない。
「はぁ」
先輩の事を思い出し、そこから派生して色々と考え込んでしまい思わずため息が出る。
「どうしたの?」
「…なんて言うか、戦争とは関係ない仕事もしてみたいなって思って」
「カリナは異能持ちだもんね」
この世界では、ごく稀に異能と呼ばれる力を持った子供が生まれてくる。
それは血筋や遺伝は関係なく、両親共に異能を持ってなかったとしても突然変異的に生まれてくるが、後天的に発現することはない不思議な力で、一言に異能と言っても様々である。
わたしの場合は回復系の異能。相手に触れて異能を使えば、相手の傷を癒すことが出来る。
しかし、その際に相手の傷の痛みの一部が体に流れてくる為、癒す方も辛い。
そして、異能も無制限に使えるわけではなく、使えば使うほど疲れるから、連続で使うにも限界はある。
聞いた話によると、怪力になれる異能や炎を出す異能、空を飛ぶ異能なんて言うのもあるらしい。
わたしはまだ他の異能持ちに会ったことはないが、それはこの街は平和そのもので、回復系のわたしの異能でさえ使うような事はほとんどないからなのかもしれない。まぁ平和なのはとてもいい事だとは思っている。
わたしが一番重要だと思っているのが、異能持ちは有無を言わさず軍に入隊しなければならない。という事。
それは戦争のために異能を使えという事であり、異能持ちは未来を選ぶ権利がないという事でもある。
だからわたしも親元を離れ、この軍所有の病院に配属されたのだ。
それなら、異能を隠して生活すればいいじゃないか!と思うかもしれないが、普通の人たちの瞳の色が黒なのに対して、異能持ちは瞳の色が黒以外の色なので生まれてすぐにバレてしまう。
そしてそのまま家族ごと軍の管理下に置かれる。
ちなみに、回復系のわたしの瞳の色は薄い緑。
あと、軍の管理下に置かれるといっても別に悪い事ばかりでもない。
異能持ちの家族というだけで国の色々な支援を受けることも出来るし、なんなら働かなくても生活が出来てしまう。それ以外にも優遇される事はたくさんある。
異能持ち本人としては複雑だが、家族の幸せを願うなら悪くない話だ。
だけど、学校を卒業し、軍に入隊してからは家族の住む街から離れ一人寮暮らし、仕事の休みももちろんあるが、簡単に会いに行ける距離でもないので、入隊してから一度も会ってない。
どうしてもマイナスな事を考えてしまい、気分が落ちる。
手元の書類に目を通すが、内容が頭に入ってこないのは、いつもと変わらない流れ作業だからなのか、それとも気分が落ちているからなのか。
「カリナ!カリナ・ルードウェイ!」
急に名を呼ばれ、わたしは返事よりも先に驚きで体が跳ねる。
「はい、なんでしょうか院長」
後ろを振り向きながら遅れた返事を返す。
わたしが院長と呼んだその人は、白髪混じりでメガネをかけ、白衣を着たいかにもな人物。
「いつもの患者だ」
院長のその言葉に、わかりましたとだけ答え、まだ途中の書類を自身の名前の書かれた棚に仕舞う。
迷うことなく、第1治療室と書かれた部屋の前まで行きノックをすると、中からはーい!と間の抜けた返事が返ってくる。
「また来たの?」
「まぁね!カリナに会いたくてさ」
軽口を叩きながらイスに座っているのは、幼なじみのライキス・オーロン。
金色の綺麗な髪は短く整えられていて、まだ少し幼さの残る顔立ち。一見すると細身に見えるが、捲った袖から見える腕は筋肉質で、鍛えているというのが伺える。
彼は医療部隊所属ではないが、軍に入隊し、偶然にもこの街の警備班に配属されたのだ。だから、3歳の頃からずっと一緒の腐れ縁。
とは言ったものの、入隊して医療部隊に配属され、親元を離れてもなんとかやってこれたのはこの幼なじみの存在も大きい。
「いくら軍人は治療費がタダって言っても、こう毎日来られちゃ迷惑。仕事中だし」
「いやいや、カリナに会いたかったのもあるけど、今回はマジ。本気で腕が痛いの」
彼はこうやってあれやこれやと理由を付けてこの病院にやってくる。
それは彼がわたしに会いたいだけではなく、わたしが寂しくないようにというのもあるだろう。だから無下には出来ないし、したくない。
「はいはい、じゃあ腕出して。湿布貼ってあげる」
「異能で治してくれよ」
「知ってるでしょ。わたしの異能は外傷を塞ぐ事しか出来ないの。見たところ傷はないし、そうなるとわたしの異能は効果対象外。それにわたしが異能を使いたくないのわかってるでしょ」
「ごめんごめん、冗談だよ」
後半、少し口調を強めるとライキスは平謝りをする。
ライキスに言ったように異能も万能ではない。
回復系の異能の中でもまた更に効果や効能が分かれている。
わたしの場合は外傷を塞ぐ異能。血止めくらいの異能だ。文字通り外傷以外には効果はない。
どこからどこを外傷と判断するかといった、頓知を利かせればいいとかそういう事でもない。
もちろん、大きな傷だろうと外傷であれば治せる。がそれなりの時間がかかる。
だからこの平和なこの街の病院への配属だったのだろう。
それでも軍が管理し、手元に置きたがるのは、こんな異能でも便利だからだろう。
「はい、おしまい。さっさと帰った帰った」
腐れ縁故の距離感。いつもならこの時点で名残惜しそうにしながらも大人しく帰るのだが、今日はイスから動かない。
「どうかした?本当にどこか怪我してるの?」
いつもとは違い、様子がおかしい事に気が付きそう声をかけると、ライキスは真っ直ぐに、そしてさっきとは違う顔でわたしを見つめてこう言った。
「俺、第2前線基地に異動になった」
軽口ではない声のトーン。昔からこのトーンの時は冗談じゃない時。だから嘘ではないと理解できた。
「えっ、ちょ、っと待って。い、いつ?すぐ?」
「うん。3日後には出発しなきゃいけない」
また急な話だと思うが、前線の戦況が芳しくない事は噂で聞いていた。むしろ3日も猶予が与えられているだけありがたいと思うべきなのだろうか。
先程、先輩の事を思い出したばかりだ。もしライキスまで帰ってこなかったらと、悪い方に想像をしてしまう。
「そっか…。絶対、絶対死なないでね?ちゃんと帰ってきてね?」
でも、お互いに軍に所属する身だ。この決定に嫌だと言う理由で反対は出来ないし、しない。
「うん。約束する。絶対死なない。ちゃんと帰ってくるよ」
「…うん。信じてる。待ってるから」
「だからさ、カリナ。俺が帰ってきたらけっこ」
「ダメ!今は聞きたくない」
「どうして?」
「ちゃんと。…帰ってきてから聞かせて欲しい」
「そっか…。わかった。帰ってきたら伝える。いや、伝えるために帰ってくるから」
「うん…。わたし待ってる」
ただの口約束。なんの奇跡も魔法も、異能も宿ってない約束。それでも充分だと思った。
いつか戻ってくるとしても、これからどのくらい会えなくなるかわからない。それなら最後に彼に見せる顔は笑顔でありたい。
だからわたしは、寂しさを堪えて笑顔を彼に向けた。
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「そっか。あの幼なじみくんは第2前線基地に異動かぁ。毎日見てた顔が来なくなるって考えると、なんか寂しくなるね?」
勤務終わり、わたしたち医療部隊が住んでいる寮に向かって同僚のミカ・アロクと歩きながらライキスの話をする。
隣を歩くミカはわたしの気持ちに寄り添ってくれているのだろう。あえて重い言葉を使わずにいてくれるのがありがたい。
「戦況も芳しくないみたいだし…。不安だよ」
自分の心境を口に出したくなり不安零すが、ミカと同じように言葉は選ぶ。
それについて、すぐに同意も同情も、無責任な言葉も返ってこない。同じリズムの足音が聞こえるだけ。
そうして無言のままで寮の近くに差し掛かった時、彼女がそういえば、と話し出す。
「第2前線基地っていえば、癒しの女神がいるところじゃなかったっけ?」
「…癒しの女神」
その2つ名を聞いて歩みを止めると、ミカも合わせて足を止める。
「そう!癒しの女神!噂じゃ生きてさえいればどんな致命傷でも瞬時に治しちゃうらしいじゃん!だから、幼なじみくんもきっと大丈夫だよ!」
どうして急に癒しの女神の話なんかしだしたのかと思ったが、なるほどそういう事かと理解する。
「ありがとうミカ」
「どういたしまして」
ミカの方を向いて感謝を伝えると、やっと目が合ったと嬉しそうに笑ってくれた。
彼女の優しさが嬉しくて少しだけ気持ちが楽になる。
「癒しの女神。どんな人なのかな?」
ミカの問いかけに考え込む。
優しそうな雰囲気で、笑顔が素敵で、どんな人でも受け入れてくれて…。母性溢れる感じだったり…?
そんな風に自分の中で勝手にイメージを膨らませていく。
「噂だと私たちと同じくらいの年齢らしいよね」
「そうなの?」
「噂ね噂。実際に会ったことあるって人にすら会ったことないしさ」
自分の中では年上のお姉さんくらいに想像していたが、わたしたちと同じくらいだとすると、まだ10代だ。
「どんな致命傷でも瞬時に治す異能かぁ」
「なに?自分の異能と比べてるの?」
「比べてるって言うか。わたしの異能ですら相手の傷の痛みの一部が流れ込んでくるわけでしょ?どんな傷でも、しかも瞬時に治せるって事はつまり」
ゾッとして思わず途中で言葉を止めてしまう。
「私は異能持ちじゃないからわかんないけど、そんな辛いものなの?」
「わたしの場合は外傷しか治せないし、大きい傷だと時間をかけるしかないから、その間流れてくる痛みは少しずつだから耐えられない事もないけど…、出来れば使いたくないかな」
わたし程度の異能ですらなるべく使いたくないと思うくらいだ。癒しの女神の異能は使用すればどれだけの痛みが流れてくるのだろうか。想像だけで怖くなる。
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1週間後の第2前線基地近くの村にて。
村中央にある広場には50人程の人が地面に横たわっており、軍服や私服が混ざっている事から、兵士だけでなく、村人もその中に含まれていることが分かる。
横たわる人達は赤く染った池の中で呻き声を上げていて、その周りでは軍服や看護服を着た人達が慌ただしく動き回っていて、更にその人たちを取り囲むようにして、腕や足を抑えた、まだ軽傷だと思われる人達が家の壁や塀に持たれるようにして立っていたり、座っていたりしている。
「こっちは重症だ!こっちから頼む!」
「薬が足りてない!追加はまだか!」
「俺にも薬をくれよ。脚を怪我してるんだ」
「お前は軽傷だろ!まずは向こうが先だ!」
「目が見えない。暗い。ここはどこだぁ」
「僕の腕、僕の腕知りませんか。お父さん、お母さんどこいったの。ねぇ俺の腕…」
鉄の匂いの中にたまに混じる薬の匂い。そんな中に一人、看護服全体を真っ赤に染め上げている女性がいた。
「マリィ!そっちが終わったら次はこいつを頼む!」
マリィと呼ばれたその女性は、長く伸びた黒い髪をお団子にしており、女性にしては長身、それでいて身体付きはスレンダー。いや、不健康と言うほうが適切だろう。
そんなマリィは声をかけてきた兵士の方に黒い瞳を無表情のまま向けて、頷くこともなく地面についていた膝を伸ばす。
そして、こいつと呼ばれた横たわった兵士の横までいくと、そのまま膝をつき、同じ表情のまま静かに抱きしめる。マリィの看護服の赤に赤が重なりより重くなる。
すると不思議な事に、肩から腹部にかけて、そこにあったはずの傷が一瞬にして塞がり、まるで何もなかったかのように過去のものとなる。
「次は誰?」
「なぁあんた。こいつも治せるか?」
指示が飛んでこないからか、無表情なままで抑揚のない声を出すと、一人の男を背に乗せた兵士が声を掛けてくる。
兵士の顔には覇気がなく、汚れで黒ずみ、全身に絶望を纏っていてこの地獄の中で、無傷の生き残りなのだとすぐに理解できる。
そして、彼の背に乗っている男は項垂れて動きはなく、着ていたと思われる服はズタボロで、原型を留めておらず、血に染まっていたが、辛うじて無事だった一部の布が、男を背に乗せた兵士と同じ模様のため、男もまた兵士なのだとわかる。
そんな兵士と男を前に、マリィは冷たく言い放つ。
「無理。彼はもう死んでるわ」
兵士はまるでそれをわかっていたかのように表情を変えずにそうか。と短く呟く。
「マリィ!なにしてる!次はこっちだ!」
少し離れた場所から呼ばれ、マリィは謝ることもなく、次の対象の元へ向かう。
その途中、何気なく振り返る。
男を背に乗せた兵士もまた、マリィから離れるようにして背を向けており、その背から下半身のない、金色の短髪を土埃で汚した男が赤色で通った後を示していた。
「…」
向けていた黒を逸らし、また対象へ向かい抱きしめる。
そうやってマリィは自身の服の色を変えていくのだった。




