⑲何が来た?
「……あのなぁ、バーで食いもん出さなかったら何を売るんだってんだよ」
タマキの言葉にドルボイは呆れたように答えながら流し台の下に手を伸ばし、黒光りするフライパンを出した。それを背面に置かれたガス火コンロに載せると点火スイッチを捻り、調理の準備を始める。その様子を眺めながらタマキはキセルを取り出して煙草を詰め、何が出来るやらと期待を込めつつカウンターに置かれたマッチを使って燻らせる。
「……へぇ、手際良いねぇ」
「バカにするな、気紛れで店出してると思ってんのか?」
予め刻んでおいたタマネギとベーコンをフライパンで炒め、ボウルに卵を三個割り入れて撹拌する。その手早い動作にタマキがタバコの煙を吐きながら何か言おうとするが、フライパンから立ち込める良い香りに唾を飲む。そんな様子を感じ取ったのか、ドルボイが小さく笑う。
「……飯代わりだが、悪くないと思うぞ」
丸みを帯びた綺麗な菱形に出来上がったオムレツの載った皿を前に置かれ、差し出されたスプーンをタマキが掴むと彼はそう言って定位置に戻り、一口目を待つ。そしてホワッと湯気の立つ黄色いそれがタマキの口の中に入り、少し間を置いてから、
「……へぇ、言うだけの事はあるねぇ!」
控えめな賛辞にそうだろうと言いたげに頷き、冷める前に食べ切りなと促す。言われずともタマキはそのつもりだったが、丁寧に丸められたそれはケチャップ無しでも十分な塩味が効いていて物足りなさは感じない。しかも半熟からほんの僅かだけ火の入った絶妙な固さが滑らかな食感に繋がり、気が付けばあっと言う間に食べ切っていた。
ジャーッと水栓から流水が迸り、皿に付いた泡が流れ落ちる。綺麗に現れたそれを布巾で拭い元の棚に戻すドルボイの背中を眺めながら、タマキは再びキセルに煙草を詰める。
「そう言えば、さっきの質問だがな……」
ドルボイがキセルから立ち昇る煙を目で追いながらそう言うと、タマキのネコ耳が小さく揺れる。
「俺は兵隊稼業から足を洗った、そいつは間違い無ぇ。ただよ、一切合切無関係になったかっていえば……」
と、ドルボイが次の言葉を繋げようとしたその時。タマキは店のドアが静かに開き、新たな客がやって来た事で遮られる。だが、ドアの向こうから中に入ってきた者の場違い過ぎる三人の姿にドルボイは硬直してしまった。
一人目はタマキに似た着流しの黒い薄衣で涼しげな姿であるが、その体躯は明らかに鍛え抜かれた者特有の無駄を一切削ぎ落とした肉付き。そして腰に提げた得物から、誰が見てもサムライだと判る。二人目の人物は南の島に訪れる観光客なら誰でも選ぶ組み合わせの、カットシャツとゆったりとした丈の脛が見えるズボンとサンダル履きである。二人が店内に入るとタマキは咥えていたキセルを落としそうになり、危うく床に落ちる寸前で何とか掴みながら叫んでいた。
「うぉいっ! どーしてここに近衛隊の面子が居るんだよ!? 帝都がガラ空きじゃねぇか!」
堪りかねて声を上げるタマキだったが、二人は互いに何言ってんだとばかりに、
「おいおいタマキよ、俺達が抜けた位でガタつくような薄っぺらなもんかい? なぁガンキよ」
「そうである、我々は護るべき対象と共に居るのだからな……」
「……護るべき対象……?」
そうタマキが繰り返すと、そこに三人目が現れる。その客は明らかに酒場に訪れる客に見えぬ幼さで、直ぐドルボイが保護者とはぐれて迷い込んだ子供かと思ったが、金色の虹彩に縁取られた深紅の瞳に射貫かれて言葉を失ってしまう。そしてタマキはその特徴的な眼と容姿に合わない独特な言い回しで、相手の正体を悟ったのだ。
「……ミフネとは仲良くやってるかい、タマキ」
「……いやいやいやいや、そんな訳なかろうって! 睡眠期に入ったって確かに聞いたぞ!?」
「そうなんだけど、寝てる間に何かあったらって気になってね。それでとりあえず間に合わせで分体を作ってみたんだけど、元の姿に似て可愛らしいだろう……?」
面食らうタマキの様子が余程面白いのか、からかうように微笑みながら皇帝の化身、しかし見た目は小柄な娘の姿でそう言うと、くるりと一回転した。




