⑱潔くってもんじゃねーか?
ザーザーと降りしきる夜のスコールに紛れながら、タマキは着流しの衣を頭の上に差し上げつつ走り抜けて行く。だがしかし今夜は威勢良くベルティと対峙したまでは良かったが、苦手なスィーンに阻まれて逃走する羽目になったのだ。
「……なぁ、ミフネ……私ゃ間違ってないよな?」
纏う薄衣は雨に濡れ、うっすらと鍛え上げられたタマキの身体が透けて見えるが、通りを歩く者は疎らで彼女の姿に目もくれず雨を避け足早に軒先を目指す。そんな中、タマキはミフネに向かって独り言のように呟く。
【客観的に見て、苦手な相手だと判った段階で回避すべきだとは思います。それがサムライとしての貴女が取るべき行動じゃなかったとしてもね】
「……まぁね、そりゃ普通ならそーするわな」
【でも、貴女はそうしない。いくら言ってもサムライだから、の一言で全て言いくるめます。全く頭が固いと言うか、只のバカと言うか……】
「……」
ミフネの返答に、タマキは言葉を続けられない。機械に等しいミフネに精神論を吹っ掛けても理解出来る訳は無く、彼女もそれを期待していない。ただ、唯一の理解者からはっきりそう言われ、タマキは直進しか出来ない自分自身の力不足を痛感しているのだ。
「……出来ないってのは、出来なかった時に出る言い訳なんだよ、ミフネ」
【じゃあ、やれば出来たんですか】
「んーにゃ、あのままやってりゃスィーンに捕まってもみくちゃにされただけだな!!」
【ま、そうでしょうね】
バシャバシャと足元の水溜りを踏み散らかしながらタマキは走り続けていたが、ふと視界に見覚えのあるネオンサインを見つけて足を止める。そして、吸い寄せられるように近付くとその横にあるドアを開けて店の中に飛び込んだ。
「……いらっしゃ、何だ……またあんたか?」
「おうよ、まーた来ちまったぜ」
やって来た客に対する愛想笑いを浮かべる寸前で相手がタマキだと気付いたドルボイは、やれやれと言いたげになりながら彼女が雨でびしょ濡れな事に気付きタオルを投げ渡す。それを空中で掴み取りながらタマキは雫が滴る額の白毛を拭き、ほぅと息を吐く。だが、彼女は使い終わったタオルを渡しながら礼を言う代わりに尋ね返す。
「……ドルボイ、あんた何者なんだい」
「何だ、急に……俺は只の引退軍人で……」
「いや、過去の事じゃねぇ。今時分の話だ」
湿り気を取り去ったネコ耳をピンと立てながらタマキがそう言うと、ドルボイは目をすいと細めながら口を開く。
「……今時分か、そいつは難しい質問だな」
ドルボイは探るようなタマキの視線を受け流しながらそう言うと、当然の如くタバコを咥えてライターで火を点ける。
「……タマキよ、あんたの目に俺はどう映ってる」
「戦傷退役軍人ってのは、大抵どっかに障害抱えてるもんだ。だが、さっきから見ててあんたの動きにゃそんなもんは見当たらねぇ」
「そりゃそうだ、不具合無しで健康だからな」
そんな当たり障りの無い会話を繰りながらタマキがドルボイを眺めると、彼はタバコの煙を吐きながらそう答える。無論、タバコを持つ手が神経接続不良で震える事も無い。
「だが、あんたからは私とおんなじ匂いがするんだよ。まだ現役なんだろ」
「はぁ? 何を言い出すのかと思ったら……」
苦笑いしながらドルボイは否定しかけるが、後ろ髪から雨粒の雫を垂らすタマキの眼はじっと動かない。
「……現役、か。そう思うならそう思ってくれ。俺は殺し合いが嫌になったから辞めたんだ」
「そうだろうな、だからあんなもんが飾ってあっても気にしやしないさ」
ドルボイの言葉にタマキが視線を動かすと、その先には壁に掛けられた一枚の写真が飾られている。それには巨大な降下用ポットの周りで肩を組み微笑む男達が写り、その端に若い頃のドルボイが居た。
「……初降下の時だ、写ってるのは一割を切る生存率をくぐり抜けた馬鹿ばかりでな。記念にって言いながら一枚だけ撮った。次の時は写真なんぞ誰も撮らなかったが、撮りたくても五体満足の奴が居なかったからな」
そう説明するドルボイの表情は陰になって見えないが、タマキには少しだけ笑っているように見えた。
「あんたが言う意味は判る、俺はまだ囚われてるのかもしれん……だが、現役じゃない」
「その割りに、気配が整ってるんだよ。星間マフィアが彷徨く界隈なのに、店の中にショバ代目当てのヤクザもんが縄張り示す印ってのが見当たらねぇって、おかしかないか?」
店内をぐるりと見回しながら呟くタマキの指摘にドルボイは無言だが、裏町に軒を連ねるバーの大半はレンタルタオル代だ、飾りの鉢植え代だの名目でマフィアに搾り取られるのが相場である。だが、ドルボイの店にはそうした品々は見当たらない。
「さぁてね、マフィアも搾り取れん店に縁は無いんだろ」
「……まあ、いいんだが……おいアンタ、カクテルはともかく料理の腕はどうなんだい? まさかその皿と食器は飾りじゃねぇよな」
唐突に話を変えたタマキは彼の後ろの棚を指差しながら、からかうように微笑みながら尋ねる。
「雨の中を走って腹減っちまったからよ、何か作ってくれねぇか?」




