知られたくはなかった秘密①
「私はタナトに私のせいで余計な罪を背負わせてしまった事を知ってるんだよ」
「……罪……?」
俺は何の事なのか、身に覚えが全くなかった為、疑問に感じる。
「そう、罪。私のせいであなたが何回手を汚してしまった事か……」
姫様は俺の言葉をどう受け取ったのかは分からないが、苦々しそうに言った。
俺は意識がぼんやりしていた。姫様の発言が朧気にしか頭の中に入ってこない。
……姫様に俺の本性が知られていた。
……姫様に俺の姫様への思いが知られていた。
……姫様に俺の知られたくない所が全て知られていた!
心が虚空に囚われ、現実に帰ってこれない。
俺のそんな心情を恐らく何も知らない姫様は淡々と話し続けた。
「ロードウィル伯爵家の方に私が苛められていた時、彼女にやり返したのは、タナトでしょう? スーフォン公爵家の方に私が湖に突き落とされた時、同じように彼を湖に突き落としたのはタナトでしょう? 他にも色々、私が酷い目にあった時に、タナトはそうしてきた相手を酷い目にあわせてきた。私は、その事を、知らない振りをしていただけで、ずっと分かっていたんだよ」
姫様は、俺のしてきた事を本当に本当に、全て知っているとでも言うのか?
「……姫様、それは、誤解です」
……不思議だ。いつもなら、もっと上手に嘘がつけるのに、今の俺は姫様の事も誤魔化せないような嘘しか言えない。
「タナトはいつも本心を隠すのが上手いけど、今回は分かりやすすぎだよ」
「……そんな事は」
「まぁ、姫様見守り隊? とかいう謎の組織で私を見張っていたのは、今日初めて知ったけど……」
……何でそんな事まで。
そうだ、そこまで頭が回っていなかったが、姫様はきっとこの部屋の中で待機して、俺とドナルドの会話を見聞きしていたのだろう。
ちょっと待て、それはつまり、さっきの会話が全て聞かれていたという事なのだろうか?
俺の心は破裂しそうになる。
今すぐこの場から離れたい。姫様にこんな俺の姿が見られているのが、耐えられない。
いや、違う。やっと会う事が出来た姫様と離れる事は考えられないというのが本音だ。姫様の事をもう二度と見失いたくはない。
だが、それはそれとして、今この瞬間、姫様と同じ空間で呼吸をしている事がすさまじく辛いのだ。
ドナルドはそんな俺をちらりと見ると、やれやれと肩をすくめた後、口を開いた。
「しかし、姫様見守り隊ってネーミングセンスがすさまじく安直だよな。こいつはいつもかっこつけてるけど、昔から名前をつける事に関しては本当に直球すぎて困るんだよ。最近名産物でチューリップ染めってやつが出来たんだが、チューリップの花から色素を取って布を染めるからチューリップ染めなんだ。な、安直だろ?」
突然何を言い出すかと思ったら、全く空気を読めていないような事を言い出した。
ドナルドは決して場の雰囲気に外れた事をする奴ではないのにどうして、と疑問に思っていると、俺にだけ聞こえるように囁いてきた。
「ちょっとは落ち着け。姫様にやっと会えたのに、お前は何をしてるんだ。お前は他の人間の前ではいつも涼しい顔なのに、姫様の事になると、一々取り乱して自分を保てない所が駄目なんだよ」
こいつ、俺を冷静さを取り戻させる為にわざと変な事を言ったのか。
しかし、姫様の言葉にすっかりショートしていた思考は、ドナルドのそんな行動でも決して正常には戻らなかった。
そう、それ自体では。
「ドナルド、言いすぎないであげて……!? わ、私はタナトのそういう所、割と嫌いじゃないから、ね?」
「……っ!?」
……今、姫様は何と言った?
俺のそういう所は嫌いじゃないと言っていなかったか?
姫様から、例え見え見えのフォローだとしても、俺の事をそんな風に言われた事に、衝撃を受けた。
分かっている。恐らく深い意味はない。
しかし、俺にとってその言葉は、理性を一瞬だけ奪うだけの力があった。
「……俺の事が嫌いではないなら、何で俺から離れようと思ったんですか?」
だから、気づけばそんな弱音めいた言葉が出てきてしまったのだ。
言ってしまった後で、こんな俺の本心からの弱音のようなものは、決して姫様には聞かせたくなかった、と激しく後悔した。
聞かなかった事にしてほしくて堪らないが、姫様はそうしてくださらなかった。
「そんなの、決まってる。私が苦しみたくないからだよ」
「…………あぁ」
「自分を憎悪している人間の側に居続けるなんて、普通に考えて地獄でしかない。タナトは私より頭が良いんだから、それぐらい分かるよね?」
「でも、俺は! あのナイトとかいう男より、姫様の事を……!!」
そこで俺は言葉を止めた。
俺は今、何を言おうとしていた?
呆然とする俺に、姫様は残酷な言葉を投げかけてきた。
「何でナイトくんが出てくるの? 今の話と関係ないよね?」
「それはあいつが姫様の……いえ、何でもないです」
姫様は戸惑ったような様子を見せつつ、言った。
「……ナイトくんとタナトは私にとって、全然違う存在だよ。良くも悪くも」
「そんなにナイトの事が好きですか?」
あぁ、さっきから本来なら発したくない言葉ばかりが口から出てくる。
俺は自分の気持ちを偽るのは得意な筈なのに。
それだけ、今の俺には余裕がなかった。
「え? 私がナイトくんの事を好き?」
だが、姫様は思いもがけない言葉を言われたといわんばかりだった。
……あくまでシラを切るつもりか!
俺は苛ついて、思わず姫様から突きつけられた銃を突き飛ばして振り返ると、姫様の手首を強く掴んだ。
何だ、彼女を抑えつける事は、こんなに簡単だったのか。
「……わ!」
姫様の姿が視界に入る。
久々に見た姫様は以前より髪や肌から艶やかさが失われていたが、その分健康的な美が増していた。
それに、今の彼女には可愛らしさだけでなく、どこか大人の女性としての芯を感じる。
これも恐らくナイトの影響なのかと思うと、心の底から不快でしかなかった。
姫様は俺と一瞬目があったが、すぐに反らす。
俺は苛ついてしまい、姫様を近くにあったソファーへと押し倒した。
「タナト!? お、お、お、落ち着いて……!」
姫様は驚きからか、頬を赤く染めると、目を泳がせた。
「とぼけないでください! あいつが……あいつがいたから、俺が邪魔だったんでしょう! あなたを妻にし、縛りつける俺が!」
「え? 本当にナイトくんはタナトの事と何も関係ないよ」
「じゃあ何で、あの男からもらった姫様の瞳の色のペンダントを後生大事にしていたんですか! 相手の瞳の色の装飾品を贈る事は、好意を伝える事だと言うのは、姫様もご存知の筈でしょう! あの男と生きれたら幸せだとも言っていたし、そもそも抱き合ったりしていた! あなた達は恋人達なんでしょう!? そうならそうと、はっきり言え!」
「タナト、ちょっと待って! ドナルドくんは恋人じゃないよ!?」
「恋人じゃないなら何なんですか!」
姫様は一瞬苦々しい顔になった後、慎重に言葉を選ぶようにして言った。
「……う~ん、家族?」
どうやら、恋人を飛び越えた関係になっていたらしい。