邪神様は欲望を抑えられない【※一部閲覧注意・前書きあり】
※このページにはTS描写と♀×♀同士の絡みの描写が若干含まれます。
なるべくR15内に収まるよう配慮していますが、内容について警告があった場合には一部を変更・またはページごと削除することがあります。予めご了承ください。
「……ん……っ」
どのくらいのあいだ気を失っていたんだろう。
唐突に意識が覚醒へと導かれ、俺は一瞬、自分が何処にいるのかも判断が出来なかった。しかし寝起きの頭にすぐさま直前の記憶が戻ってくる。
――そうだ、俺は連合の地下に来たんだった。
それでククリアに突き飛ばされて、額に手を伸ばされて――……。
思い出すと同時に、妙に粘っこい音が間近から聞こえてくるのにも気づいた。
クチュクチュとも、グチュグチュとも……ピチャピチャともとれるような、そんな音だ。まるで誰かが粘性を持った液体をいじっているみたいな。
出どころを探ろうとするものの、辺りはうす暗い。また目を開けたばかりなのもあってか、手元すらもよく見えなかった。
おまけに甘ったるい匂いが充満していて、既視感があり過ぎる状況に、俺のなかにあった嫌な予感が猛烈な勢いで膨らんでいく。
「……えぇっ、とぉ……? これって……。おい、ちょっとククリ…………あっ?」
視界を巡らそうとわずかに動いた瞬間、何かが上半身のあたりでふるりと揺れた。パンパンに水を溜めた袋を吊り下げているかのように、やたらと動きに付きまとってくる。
「重ったぁぁ……!? な、何なんだよこ……れ? れぇええぇええぇぇええええ!!? ――っぱ、デッッッ……!? でえぇえぇえええッッ……!??」
周りの皮膚や脂肪がその重みに引っ張られる感覚に、ふるふると揺れる二房のそれが――実際にはかなりの重量があったので、そんな軽やかなもんじゃなかったが――外から取り付けたようなものじゃなく、俺の胸部と一体化しているのだと分かった。
デカい、暴力的なまでのデカさだ。そしてやたらと重い。
エチェットと同じぐらいか……いや、これは下手したらもっとあるかもしれない。このサイズ感は確実に巨乳のレベルを超えている。もはや爆乳といってもいいぐらいだ。
それに対して俺が着ている真っ白なネグリジェは絹のようなテロンとした生地で、前開きのタイプなのもあって、よけいにこの大きさには頼りなかった。
「……っか、過ぎるだろコレは。いくら何でも……。いったい何サイズあるんだよ!? いやサイズがどうとかより、そもそも俺に付けるなって話だけど! これはさすがに……」
呆れながら上半身を起こしてみようとするが、四肢もマトモに動かせない。何かぶっとい紐のようなものが無数に絡み付いている。どうやら磔にされているみたいだ。
そこでようやく、さっきから続いている水音の正体にも気づいた。
ということは、この状況ってつまりアイツの仕業じゃ……。
「おいコラこのっ、イルマニぃぃぃぃぃッ!!」
怒りに任せて相手の名前を叫んでみた。
動きが制限されているにも関わらず、めちゃくちゃに暴れてみる。
「どういうつもりだよコレは!? さっさと戻せよ、この変態邪神が! 俺はエチェットのあったかい胸に幸せな気持ちで埋もれたいのであって、こんな取って付けたような自分の胸に埋もれたいワケじゃねぇンだぞゴルアアァァッ!! 今すぐ元に戻せ、ていうか男に戻せええええええええええええぇぇぇッ!!」
触手を何とか引き千切ろうと暴れているわけなんだが、あまりにもばるんばるんと乱れまくった動きのせいで、別の部分が今にも千切れてしまいそうだった。
というかもう、早くも切れてしまっているかもしれない。
「……お前は相変わらずやかましいな」
闇の中から浮き出てくるようにして、白い肌を持った美しい女性がすうっと傍の空間から現れた。
腰の長さまである濡れ羽色の髪に、無機質さすら感じさせる整った麗しい顔立ち。
息を呑むほどに魅了されるワインレッドの瞳。同じ色味の艶やかな唇は、俺を意識してなのか、今は怖いほどに吊り上がっている。
彫刻じみた体型と、それを強調するように纏った薄い漆黒のネグリジェ。
細く長い手足。指先を彩る、赤いつやつやとした長い爪。
意地悪そうな表情で姿を見せたイルマニ神は、俺の前に立つと、あごに指を引っかけてそのままぐっと自分の側へと――その唇へと、引き寄せようとした。
「バッ、なにして…………!」
とっさに顔を傾けることで口づけを回避する。
すると今度は、あごから離した手でぐっとこちらの肩を掴んできたかと思うと、首筋に遠慮もなく噛み付いてきた。
「――――――ッ!」
死の間際の映像が脳裏に過ぎり、動悸のせいで息が荒くなる。
硬直した身体を軽い手つきで撫でたイルマニ神は、深紅のルージュが引かれた唇からべっと薄桃色の舌を覗かせると、いきなり噛んだ部分をぺろぺろと舐めはじめた。
「やっ……!」
最初は犬猫がするような動きだったのが、やがては舌先で撫でるようにして、温かく湿った感触が下へ下へと滑っていく。
身をよじったことでデカい胸に阻まれて見えなかった箇所がようやく覗き、ヘソを中心にしたその膨らみに、自分がミナの身体にされているのだとやっと気づいた。
「――――めろって、言ってんだろこのバカっ!! 父さんがいる前で何やってんだ!?」
とっさに叫ぶと、相手の動きがピタリと止まった。
やっぱりコイツ、父さんのことで苛立ってストレスが溜まっているんだ――確信を得たので、なおも訴える。
「父さんが傍で眠っているんだぞ! 眠ったまま起きないからって、こんな浮気みたいな真似してもいいのかよ!? お前の夢のなかで勝手にやってるぶんには俺だって気にしないけど……! ……んむっ!?」
手のひらで強引に口を塞がれてしまい、それ以上は言葉を紡げなくなってしまった。頭を振って逃れようとするが、イルマニの顔が近づいてくる。
「……雄大が目覚めないせいで、感情の抑えがだいぶ効かなくなっていてな。これでも随分とガマンしていたんだぞ? ……湧いてくる負の感情も、それと一緒に日々溜まっていく、どうしようもない欲情もな」
耳元に唇を寄せ、吐息とともに囁かれた。
「どうだ、ワタシ好みに変えてやったその身体は? ミナに相応しい、生命誕生の神秘を表したような神々しい姿じゃないか。もっとグッチャグチャに弄んで、ワタシ以外にはとても見せられない身体にして泣かせてやろうか。生身でなくとも、精神がそんなになったら二度と人前には出られないなぁ! ハッハハハハ! ……さあ。お前はどうされたい? またココを弄って欲しいのか、ん? 望みのとおりにしてやる。……ほら。言ってみろ」
口を塞いでいた手が外される。
ツッと指先で腹をなぞられ、あの時の蠢く感覚を強く思い起こした俺は、反射的に手を添えようとした。
しかし四肢は拘束されているままだ。身体の慣れない重みのせいもあって不快感ばかりが募り、目の端にじんわりと涙が溜まっていく。
「フッ。なんだ、色んな心的外傷を刺激されて怖くなってしまったか? それとも肉体が女児になっているのに、精神体まで女にされて羞恥心が振り切れてしまったか? ……まったく。可愛らしいやつだなお前は……」
「……っまえは! とうさん、に……目覚めてほしく、ないのかよ……?」
イルマニの嗜虐に満ちた表情がすっと真顔になった。
悦びに歪んでいた口元も引き結ばれ、答えを発しようとはしない。ならばと、相手の隙を突くような言葉を選ぶ。
「俺は、父さんに起きて欲しいし……家族でご飯食べたりだとか、お出かけしたりだとか……そういう、『当たり前の日常』をもっと、もっと積み重ねていきたいと思ってるよ。前までの苦しみが、ぜんぶ遠い過去になるぐらいに」
イルマニの代わりに、触手が俺の口を止めようと拘束する力を強めてきた。
けれどもそんなもの、俺を止めるすべにはならない。だってこれは、俺自身の望みでもあるからだ。
「父さんの誕生日には料理を作って喜ばせてやりたいし、親子で風呂に入ってのぼせるぐらいに遊んだり、隣で寝たり……そんな今でしか出来ないようなことを、前に出来なかったことをいっぱいさせてやりたい。それが父さんの望みで、『幸せ』だったから……。お前は俺なんかで満足して、本当にそれでいいのかよ……?」
なにかを言おうと唇が開かれるが、返答は出ずにいるままだった。
間髪入れずに、相手の懐へと叩き込むようにしてさらなる問いを投げかける。
「こんな愛のない行為なんかで無理やりに満足して、お前は本っ当にそれで心の底から幸せだって言えんのかよ!? ――あの時みたいにっ!!」
あの時――というのが、俺が記憶を取り戻した日のことであるというのは、イルマニだって分かっているだろう。
俺の感情と記憶が二年ぶりに戻ってきたことに安堵し、エチェットに俺を託して地球の復興を目指し旅立っていった父さん。
その背中を追いかけようとしたククリアは、途中で引き返してきて、俺に「幸せか?」と尋ねてきた。
「あのときお前は、『僕も幸せだ』って確かに言ったじゃねえか! 父さんを追いかけながら! お前の居場所は父さんの隣で、そこに幸せがあるんだろ。だったら意地でも守れよ、女神じゃないなら傍観者のままでいるんじゃねえ! お前がイライラをぶつけるべき相手は俺じゃなくてあの女だろ、ひざ抱えてないで『自分の男だ触んな』ってあいつに言えよ、このバカククリア!!」
「ワタシは……」
「負の感情の集合体だから、ククリアであってククリアではないって!? ややこしいんだよ黙ってろ!! 誰にだって鬱憤が溜まることはあるんだよ、まだお前は自分なりに解消する方法を知らないだけで。……俺だって当たられる形で迫られても全っ然嬉しくないし、どんなことされても気持ち良くなんてなれないよ。……分かってんだろ? イルマニ」
「フン」
ずっと黙っていたイルマニ神は、細めていた目をおもむろに閉じたかと思うと、ため息を零して密着していた体を離した。
そして、動けない俺に向けてすっと手を伸ばしてくる。
「……生意気にも口ごたえするようになったか。しかし……」
指先がまた額に触れ、急にぐわんっと視界が歪んだ。
「人が成長するのを見ているのが好きなククリアとは違って、ワタシはお前の情けない泣き顔じゃないと満足しないんだ。……せいぜいピーピー泣いてぐずっていろ、この泥だらけの子ウサギめが」
声にエコーが掛かりはじめ、俺の四肢に巻き付いていた黒い触手がいよいよ胴体や顔まで覆い始める。
視界まで完全に塞がれた時、遠くのほうから求めていた声が聞こえた。
「――――くん! ――――ぃやくん!」
「えちぇっ……! エチェット! エチェットぉっ!!」
触れたさに、見えない闇のなかへと必死に手を伸ばす。
「せいやくん! せいやくん、大丈夫ですか!? 聞こえてますか!? せいやくん、せいやくんっ!!」
「エチェット、ここだ! 俺はここだよ、エチェット!! エチェットぉぉっ!!」
「――――成哉く――――、…………きゃッ!?」
「ふぁっ!?」
精いっぱい広げた手のひらに、何かあたたかく柔らかなものが触れた。
今度こそ目を開けてみる。恐る恐る周りを見てみると、まずスカートに包まれた白い太ももが視界に入ってきた。頬へとじかに伝わってくる温もりで、膝枕をされているのだと分かる。
そして俺の右手は前方へと伸ばされていて、仰向けになると視界のほとんどを埋めてしまうデッカいお山の谷間へと突っ込まれていた。
……は、挟まっちゃっただけ。挟まっちゃっただけだ。
俺からは断じて触ってない。けっして俺のほうから触ろうとしたんじゃないんだからな、うん。
恋人で同棲もしているんだから良いだろとも思ってしまうが、やっぱり積極的にはなれなかった。
それでも、さっきの展開からの安堵感で、本音がぽろりと口から転がり出る。
「……やっぱ俺……自分に付いてるより、エチェットにくっ付いてるほうが好きだな……」
「もうっ、なにを言っているんですか成哉くんてば。そんなトコに手を入れてたら挟んじゃいますよ!」
「や、やめて。すぐ抜くから」
パッと手を引き抜くと、思いっきり両側から挟もうとしていたエチェットが何故か残念そうな顔で手を下ろした。何をするつもりだったんだよまったく。
行き場の無くなった手がまた俺の頭へと乗せられ、時おり髪を梳きながら優しい手つきで撫でてくる。
そのくすぐったさと下からの感触が心地よくて、このまま寝てしまいたいと切に思った。
「あぁー…………。魔界から天国に戻れた気持ち…………」
「ふふっ。なんですかそれ」
我ながら蕩けきった声をあげ、エチェットの膝の上で頭をゴロゴロさせる。「あっ、ちょっとくすぐったいってば成哉くん!」と笑いながら、それでもエチェットは俺の頭を離さずに抱えていた。
「なかなか帰ってこないから心配しましたよ。また気絶の発作ですか?」
両腕にぎゅっと抱きしめられているせいで、顔面にデカくて柔らかなものが覆いかぶさっている。至高の柔らかさだ。
あー、思考がこのまま飛んじゃいそう。
「んーん。邪神に閉じ込められた挙句に、デッカいパイが自分に付いてるおぞましい夢をみた」
「……ぱい?」
「あと、邪神に首を噛まれたり舐められたりして、言葉攻めされた。あいつストレス溜まってるからって、俺を捌け口にしようとしたんだ」
「邪神……って、イルマニ神のことですよね? イルマニ神が成哉くんの夢に現れて、ストレスの捌け口にしようとしたと」
「うん。そう」
しばらくは何も考えたくなくて、望みのままにエチェットに身を任せていた。
それでも父さんやククリアのことが気になってきて、そのままの体勢で問いかける。
「ねぇエチェット。ククリアどこ?」
「え? 私が様子を見に来た時にはもういませんでしたよ。話し合ったんじゃないんですか?」
「や、アイツの虫の居所が悪くて。一方的に……」
軽く半身を起こして周りを見てみると、近くの床にさっきククリアに渡した弁当箱が置かれていた。蓋が完全には閉まっておらず、空になった中身が丸見えだ。
この状態で床に放置されていたことからも、さっき食べたばかりだというのが窺える。
「あいつ……! 俺が目を覚ます前に、かってに飯食ってどっか行ったな!?」
「まあまあ。ずっとここで石になっているよりかは良いですし。もしかしたら、入れ違いで家に帰ったのかも……」
「家には帰っていないぞ」
「カルム!」
通路の奥のほうから現れたのは、白シャツに黒いズボンという、家のなかでしか見ないような格好をしたカルムだった。
「さっき連絡があったんだがな。どうもこの建物の上の階に行っていて、神託者と話をしているようだ」
「話を? 珍しいですね、ククリアのほうから神託者の方々とおはなしをしようだなんて。いつもは会議にもめったに顔を出そうとしないのに」
「あー……。たぶんだけど、俺が説教したからだと思う」
「説教?」
二人が揃って目を丸くさせる。
「うん。ちょっとククリアがイライラしてて、俺に八つ当たりしてきたんだよね。んで、当たるべき相手は俺じゃないだろって叱ったら、あいつ素直に謝りもしないでどっか行っちゃって……。でも自分から話をしに行ったのなら、多少の効果はあったのかも」
床に放置されたままの弁当箱を拾い上げ、カルムに渡す。
彼は中身を確認してから、ふっと笑って蓋を閉じた。箱を覗き込んでいたエチェットもまた、くすりと笑う。
「ククリアって、ああ見えてけっこう律儀ですよね。『食べないでも平気だよ』なんて言っていたくせに、私やカルムが作ったご飯をちゃんと残さずに食べてくれるんですから。成哉くんのお説教も、ちゃんと受け止めてくれたんですね」
「そうだな。ただ……」
頷いたカルムは、何故か唐突に苦笑いを浮かべた。
「もしかしたらだが、その八つ当たりは……いまも続いているんじゃないか?」
「えっ?」
指で頭上を示され、一体なんだと手を持っていく。
すると絶対に触れるはずのない空間に、妙な感触があった。ちょっぴりあったかくて、ふわふわモフモフしている。
それでもって、つまんだ感触が指とその箇所に……。
「つっ……、付い……!?」
たったの二文字だけで、俺が言わんとしていることが分かったらしい。
エチェットはキラリと瞳を輝かせると、凄まじい速さで俺を抱きしめてきた。
「カルムッ! 捕まえといて下さい、調べますので!」
「ああ。分かった」
まるで獲物を追い込もうとする冒険者のごとき動きで(実際そうなんだが)カルムは俺を捕獲すると、動けないように押さえつけてくる。
その間にもエチェットが例のふわふわをつまみ上げると、徹底的に調べ始めた。そっと触れてみたり、撫でたり。かと思えば揉んでみたりと、手元がせわしない。
「あっ!」軽く引っ張られる感覚があって、思わず声が出た。
「痛い、そこ引っ張らないで!」
「やっぱり」
どこか嬉しそうに呟いたエチェットは、自分の腰に付けているポーチから小さめの手鏡を取り出すと、鏡面を俺に向けた。
「成哉くん。またやられちゃいましたね?」
映っている俺の姿はいつも通りのようでいて、けれども部分的におかしかった。
白に近いプラチナ・ブロンドのショートヘア。その少年めいた髪型を少しでも少女らしく見せるために、いつもは髪飾りやカチューシャ、リボン、ヘッドドレス、ボンネットなどで飾っている。
しかし今日は、料理をする予定なのもあって過度な装飾品は付けなかった。
三角巾を巻けば邪魔な髪も仕舞えたし、前髪もとくべつ長いわけじゃない。だからいいかと、特に何も付けずにいたのだ。
そのはず、なんだが……。
「み、みみが…………。うさ耳が、ついてる…………」
ヘッドドレスもカチューシャもなんにも付けていなかったのに、俺の頭部からは白いうさぎ耳がぴょんと生えていた。
直後にてろんと横に垂れる。いわゆる『たれ耳』というやつだ。
エチェットが嬉しそうに下から手を添えてぴょこぴょこさせだした。
「セーアちゃんはよくうさぎの衣装を身に着ているので、それも髪飾りかと思って気にしてませんでしたけど……。生えてますね、耳! しっぽも……見ていいですか?」
「ダメダメダメダメダメッ!! ダメぇぇぇっ!!」
思いっきりスカートに手を掛ける気マンマンだったので、慌てて阻止した。代わりに俺を捕まえているカルムに声を掛ける。
「カルム! チェックするから壁になってて、あとエチェットを止めといて!」
「わかった」
俺を解放したカルムは、右手でまずエチェットの顔面をがっちりとホールドした。あとの左手は何故か、俺の背中へと添えられている。
「いや、この手はなに……?」
「エチェットの魔の手から守りやすいようにな」
「魔の手とは失礼ですね、私は成哉くんの恋人ですよ!?」
顔面を押さえつけられた状態のエチェットが憤慨して声をあげた。
「彼女です、婚約者です、未来のお嫁さんです、妻候補です! あなたはいったい成哉くんの何なんですか!?」
「親友でボディーガードだが?」
「成哉くんのボディーガードは雄大さんだけで充分っ……!」
そこまで言ってから、彼らは何かに気づいた様子でハッとして言い合いを止めた。
咳ばらいをし、エチェットがカルムの背中を押す形で歩き始める。
「成哉くん。あの……私たち、ポータルの所で待ってますから。雄大さんのお見舞い、ちゃんと済ませて下さいね。ククリアも用事が済んだら帰ってくると思いますので」
「あっ! う、うん……。わかった……」
遠ざかっていく背中に手を振り、なかば置き去られたような気持ちで俺は牢屋へと向き合った。
自分以外に誰もいなくなったことで、あたりはシンと静まり返っている。籠る冷気がよけいに肌を刺すようで、たまらずに体を抱いた。
牢屋のなかを覗くのが怖い。
……心細いな。誰かが居てくれたら良かったのに。
居たら居たで素直にはなれなかっただろうに、言い訳をするように心のなかで呟く。一歩、また一歩とすり足で石畳を進んでいき、ついには牢屋の前へと辿り着いてしまった。
冷たい鉄格子に手を添える。
「…………とう、さん?」
返事はない。
目も開けないままだ。簡素なベッドに仰向けになり、静かにまぶたを閉じている。
「……チグルスさんが言ってたんだけどさ。あの女の魂、父さんから抜けてるみたいだから。もう少ししたら帰れると思うから、そしたら、イベントのこと話してやるよ。見たかっただろうし……。それにさ、その……」
相づちもないのに一方的に喋り続けるのが辛くなってしまい、いったん口を止めた。
深呼吸をして、また声を絞り出す。
「イベント、次も開かれると思うから。今度はちゃんと来いよな。あと、クッキー……お客さんに配るために作ったクッキーも、けっこう上手く作れたから。父さんが目ぇ覚ました時に、また焼いてやるよ。エチェットやカルムたちと一緒に」
手が少し冷えてきて、温もりを求めるようにうさぎ耳を掴んだ。毛が柔らかくてふわふわで、あったかくて。でも、どこかまだ心細くて。
声が震えてくる。
「かっ、紙ヒコーキ……チェルとフィノにも教えたんだ! それで、町のみんなとも一緒に作って。プレナントで大会を開こうなんて話にもなってるから、そのうち一大イベントになりそうだぞ。そしたら父さん、いよいよビリっけつになっちゃうな! だって飛ばせないし!」
一生懸命に窓の外へ飛ばそうとしていた姿を思い出し、笑いがこみ上げてくる。
と同時に、一筋の涙がぽろりと零れ出た。
「おっかしいよな、伝説の勇者様が紙ヒコーキを飛ばせないなんて! そんなの世間に知られたら新聞記事になっちゃうぞ。あー、おかしい……。ヘンなの……」
袖で目元を拭う。
何度拭ってもあふれてきて、ついには諦めて腕で顔を覆ってしまった。視界が塞がれたことで、少しだけ気持ちが落ち着いてくる。
「……はぁ……。ぐすっ」
鼻をすすった瞬間、地下室のなかに音が反響した。
慌てて周囲を確認するが、幸いにも他の誰かが聞いているようなことはなかった。それでも妙に気まずくなってしまい、誰ともなしに弁解を挟む。
「えっと……情緒がおかしいの、コレのせいだから。べつに、父さんが心配なせいでおかしくなってるとかじゃないから。絶対にコレのせいだから」
耳をつまんで強調するが、返事がないのもあってちょっぴり虚しかった。
「……そうやってずっと寝てばっかりだと、また色んなものを見損なっちゃうぞ。俺の成長も、イベントだってあっという間だろうし。コレも一時的なものだろうから、触るなら今しかないんだからな。ほれほれ」
つまんだままの耳を檻の格子に差し込んでみる。
……ピクリとも動かない。ちょっと拗ねた気持ちになり、檻に背を向けてずり落ちるようにして座り込んだ。
「俺、セーアとして戦おうと思ってたんだけどさ。ウェスティンが……成哉が言うんだよ、『許せない』って。チグルスさんや他の神託者たちと一緒にアジトを突き止めて、乗り込んで連中をぶっ潰してやりたいって。……ほんと、どっちになればいいんだろうな、俺は」
答えの出ない問いかけを虚空に零し、立ち上がる。
迷ったすえに、最後にこれだけ言っておいた。
「ククリアも、心配してるんだからさ。早く起きろよな」




