前世と贖罪
「あいつは俺のことを、『ほかに類を見ない希少な素材』だと言っていたんです。言って……っていっても、思念での会話でしたけど。それから……お宝探しがどうとか、ターゲットがこうとか、コレクションが何だとか……。『可愛い女の子に相応しくあるために、美貌をうんぬん』……とか、よく分かんないことも言ってたかな。あの時は正直めちゃくちゃブチ切れてたんで、よく覚えてないんですけど」
会話の合間に転移ポータルに乗り、俺とチグルスさんは神託者連合の建物内へとやって来ていた。
今日はとくべつ集まるような日でもないので、人の出入りはまばらだ。
対のポータルの傍に立っていたのはクルセイダーズの若い兵士で、あくびの途中だったらしい彼は、俺たちが転移してきたのに気づくとガチンッと凄まじい音をさせながら勢い良く口を閉じた。……おしごとお疲れ様です。
「ふェッ、ちっ、チグルス様?! っと……え? セーア……ちゃん? どうしてここに……?」
呆然とした表情で言われ、しまったと俺はさっきまでの行動を後悔した。
どうせならエプロンだけじゃなく、ブラウスとスカートも脱いで手っ取り早く着替えてしまえば良かった。そうすればセーアでなく、ウェスティンとして楽に振る舞えたのに。
「あっ……。ど、どうもー! おつかれさまでぇーすぅ♡」
とりあえず媚びを売っておく。
こうすると相手はちょっと嬉しそうになって話すのに夢中になるので、細かい疑問はすっ飛ばして忘れさせることが出来るのだ。
男女どちらにも使える、俺が学んだ万能のテクニックである。
狙い通りに、相手はふにゃりとした笑顔になった。
「あぁ、どうもどうも。やー、今日も可愛いねセーアちゃんは。さすがはモデルさんだ」
「やだ、ありがとぉー! セーアうれしいっ♡ ね、もっと褒めて?」
「ハハハッ、これは困ったな。あんまり褒めると周りから口説かれてると思われちゃうよ、相手は七歳の女の子だっていうのに」
「えー、褒めてくれないのぉ? セーア、いっぱい褒めてほしいなぁ。甘やかされて伸びるタイプだから!」
言いながら横を見てみると、チグルスさんがやや引いたお顔でこちらを凝視していた。
頼むからそんな顔で見ないでくれ、好き好んでやっているわけじゃないんだ。あくまで人気が出て稼げるようにと思って覚えた、営業努力の賜物なんです。
家にお金が入ってローンを払えるようにしたかっただけなんです。ホントです。
「えっと……、警備ご苦労。変わりはないか?」
「は、はいっ! 特には!」
「そうか」
締まりのない顔になっていた若い兵士は、チグルスさんの質問に慌てて表情を戻すと、敬礼の姿勢をとった。
今更だけども、さっきのデレデレ具合はばっちりとチグルスさんにも見られてしまっている。だからなのか、彼はやや俯きがちだ。
「すまないがな、ちょっと彼女が御崎雄大のところへお見舞に行きたいそうなんだ。だから特別に、地下へと入らせてやってくれないか。勇者一行と交流があるんだそうだ」
「ああ、そうなんですか」
簡単な説明に納得したらしい彼は、その場でしゃがみ込むと俺と目線を合わせた。
「わざわざこんな所に来るだなんて。よっぽど心配しているんだね?」
「……ん。心配、してるよ? だって……」
父さんがいないと、俺は……。
「……とぅ、ユーダイさんがいないと……ウェスティンくんのおうち、なんだか寂しいんだもん。エチェットお姉ちゃんも心配そうだし、ユエリスちゃんも、ウェスティンくんも、ずっと……。くっ、ククリアお姉ちゃんなんて、まる一日帰ってこないし! だっ、だからチグルスお兄ちゃんと一緒に、ユーダイさんのお見舞いに来たかったの! すっごく心配だったから……。すっごく……、凄く、心配で……」
不覚にも涙腺が緩みそうになってしまい、とっさに下を向いた。
丸まった背中を、チグルスさんが優しく撫でてくれる。
「そういう訳で、僕から許可は取ってあるから。ほかには誰か来てるかい?」
「ええと……現在はエチェット様と、ククリア様がおられますね。ククリア様については、セーアちゃんが言ったとおりに昨日からずっと滞在しておられます」
「そうか。あの方は雄大命だからな」
ククリアのことが少し気がかりな様子だったが、チグルスさんはそのまま兵士と軽く挨拶を交わすと、扉を開け、地下牢へと繋がる階段を降り始めた。
コツ、コツ、とチグルスさんの革靴から耳心地の良い足音が響く。音は反響し、薄闇に満ちた通路の奥のほうへと吸い込まれていくようだった。
「……暗い、ですね」
怖くもないのに、どうしてか硬く強ばった声が出た。
薄暗いなかに点々と灯る、ぼんやりとした小さな明かり。どこか湿っぽい空気。断続的に聞こえてくる、水滴がしたたり落ちる音。
とても意識不明の人間が治療を受けるような場じゃない。
そう思うと、急に「囚われている」という意識が強くなってしまい、不安感に駆られた。
父さんはちゃんと、真っ当な扱いを受けているんだろうか。
鎖なんかで繋がれてないかな。縛られたりしてないだろうか。
……栄養、ちゃんと摂れてるのかな。
「地下室はどこもそんなもんさ」
俺の内心を悟っているかのように、チグルスさんの返答は静かだった。
左手の人差し指でおもむろに眼鏡のブリッジを押さえ、彼はちらりと横目でこちらを窺う。
「そういえば、女について訊いている途中だったね。希少な素材にお宝、コレクション……か。とても人間に対して使うような言葉じゃないな。モノ扱いしている、というか……」
「……はい。あいつは世間で規制されているはずの闇魔法や、創作魔法についても話していました。『セーアのために人形化の魔法を作っている』……とか何とか。だから……」
「あの女は、裏の界隈――いわゆる『アンダーグラウンドな世界』にそれなりに身を置いている人物じゃないか、と。君は思ったわけだね?」
チグルスさんの問いかけに、俺はこくりと小さな頷きを返した。
「石化や凍結・沈黙の魔法など、肉体に直接変化を及ぼす魔法を人に向けて使うことは、基本的に禁止されている。資格もない一般人が、勝手に魔法を創作することも。よっぽどの無知か、無法者でもない限りは、たとえ子供だろうと『やっちゃいけない』と認識しているぐらいの当たり前なルールです。……ただ……それはあくまでも、〝表側〟のルールに過ぎない。〝裏側〟は独自のルールに則って動く、また別の世界だ」
「『人間家具』、か」
彼もイオニアさん同様に駆り出された過去があったのだろう。
思い出したくない光景がぱっと頭に浮かんだように、チグルスさんはとっさに表情を歪めた。
「厳しい規制や監視の目を掻い潜るために、わざわざ闇魔法を使って人間を物体化させ、家具に偽造して販売する。……まったくもって反吐が出るね。連中の小賢しさと、人間味のない行いには」
そう吐き捨ててから、彼は少し言い辛そうにこちらを見た。
「その……もしかして、だけど。君がそこまで怒りを見せるのは、過去に……人買いに……?」
「ええ、売られそうになりました。定期的に薬を呑まされて、思考と自由を奪われて。犬扱いされて。商品にするからっていう理由で顔は殴られなかったけど、そのぶん用途が決まっていたから、それなりの慣らしは必要だったみたいで。……まあ自分から奴らの巣に入ったようなものなんで、俺がバカだっただけなんですけど」
「馬鹿なんかじゃないよ」
軽く笑いを挟もうとした瞬間、チグルスさんの鋭い声が割って入った。
彼の足取りが止まり、キッとした表情で傍らの俺と目を合わせる。ハーフエルフ特有の、黄緑に近いうす緑色の瞳。
そのなかには、彼が前世の頃から頑なに抱き続けてきたものを思わせるような、なにか信念のようなものが見え隠れしていた。
「君は馬鹿なんかじゃない。けっして人を見捨てず、自らの安全をかなぐり捨ててでも助けに行くその姿勢は、たとえ愚直ではあっても、自分から『バカ』だなんて笑って貶していいもんじゃない。……少なくとも、僕はそうして欲しくない」
「チグルスさん……?」
「前世の父親がね、そういう人間だったそうなんだ。僕がまだ幼い頃に、人を助けて亡くなったんだって。……僕にとってのヒーローは亡くなった父親で、ずっと、ずっとそういう男になりたいと昔から憧れていた。だから……助けようとしたんだ。工場の機械に巻き込まれた、ろくに仕事の手順を聞いていなかった新人を」
――神託者というのは。
死の間際に後悔だったり、やり直しを強く願って、それが結果的に神へと届き、一度きりのチャンスを与えられた者のことだ。
神に届くほどの願いを抱いたというのは、つまり、それだけ切実だったということ。
それだけをただひたすらに、ひたすらに願い続け、希望を求めたということ。
つまりは、そう――祈れるだけの時間があり、また最終的に悲惨な死を迎えないと、神に届くような願いなど、そう抱けるはずがないのだ。
「僕は父のように、業界に名を連ねるほどの立派な技術者になりたかった。そして、後先も考えずに人を助けられるような人間にも。でも……結局のところ、僕はどちらにもなれなかったんだ。きっと、人に笑われるような死にざまだっただろうしね」
「それが、チグルスさんの過去ですか……?」
「うん。後輩に語らせるだけじゃあ、フェアじゃないからね」
イオニアには内緒だよ?
そう言い笑いながら、チグルスさんはそっと立てた指を口元に当てた。そうしてその指を、首元のチェーン――神託者としての証である、紋章が刻まれたペンダントに沿わせる。
「けれど僕はもう、あの時の選択を後悔なんてしていない。……だからね。周りがどうであれ、やった自分が『バカな行い』だなんて言ったりしたら、過去の自分自身が可哀想だ。君のことだから、何か理由があってその『巣』とやらに入ったんだろう?」
「……ええ。まあ」
曖昧に頷く。
チグルスさんと比べてしまえば、俺の選択なんて本当にうっかりの連続だ。だから並べられて英雄行為みたいに言われてしまうと、なんだかそれは申し訳ない気がした。
「道をわざと封鎖していたグループの連中が、その女を……母さんを一晩置いてけば、ここを通してやるって言ったんです。言い回しと視線でやらしい意味だってのは分かったから、男の俺だったら力仕事だとかゾンビ退治だとか、殺しだとか……そういうのを任せられるだけで済むんじゃないかって、そう思って。……まったく見当違いでしたけど」
無意識に首へと手が伸び、首輪がないことを確かめてから、俺はまた安心して歩き始めた。
「男でも背が低くて童顔だったから、商品としては合格ラインだったんですかね。……物をせがむためだけに、わざと道を封鎖してるんだと思ってたけど。どうもあれは、人身売買のために組織化された、犯罪グループのひとつだったみたいで」
「そうして君は母親と引き離され、まんまとそのグループに捕まってしまった、というわけか」
「ええ。最初はそこで三日間働いたら、解放してくれるっていう話だったけど。相手は約束を守る気なんてさらさら無くて、さんざん好き勝手された挙句に、俺はボロ雑巾みたいな状態で母さんに助け出されました。……向こう町まで行った母さんが、なんとか人を扇動して助けに来てくれたみたいで。ほんと、母さんの困った人タラシっぷりに救われるとは思わなかった」
いま思うと、母さんの人タラシは天性のものだったのかもしれない。
すべての精霊に愛され、また人を狂わせるほどに惹き付け、魔王をも生み出してしまうほどの魅力。
あまりにも身近すぎて意識してなかったけど……母さんて結構、父さんに負けず劣らずのチートっぷりだったのかも。
「俺は途中で不良品行きになったんで、それもあって結果的に助け出されたけど。ほかにいた子のほとんどは、連中が逃げるタイミングでまとめて連れ去られたみたいで。会話は出来なくても、俺と一緒の部屋にいたのに……自分ばっかりが救われて。ずっと、ずっとそれがしこりになっていたんです。……だから……許せないんだ。俺は。ああいうやつが」
「……そうか。君のその怒りは、助け出せなかった人への贖罪でもあるんだね」
微笑し、チグルスさんは前を向いた。
ほどなくして、通路の一番奥にある大きな牢屋が見えてくる。その中が窺えるような位置で、壁に寄り添って座っている二人組がいた。
ひとりはエチェットで、俺たちの姿に気づくと、彼女はぱっと明るい表情になって立ち上がった。
もうひとりの石像みたいに縮こまって身を硬くしている白い少女を見つめながら、俺はまた口を開く。
「六十一番目が言っていました。ククリアの中に存在する、邪神イルマニの力がまた大きくなっているようだと。恐らくですが、それは反魂の……えぇと、なんでしたっけ? そいつらの仕業かもしれません。本人の自制が出来ているうちは、大丈夫だと思いますけど。……外部からの干渉だけが、唯一気がかりで」
「外部からの干渉、か」
小さく呟いたチグルスさんは、胸ポケットからメモ束を取り出すとそこに何かを書き付け始めた。忙しく手元を動かしながら、ブツブツと独り言を零している。
「何とか女の痕跡から、奴らのアジトを特定できれば良いんだが……」
「痕跡?」
「今日やっと分かったんだ。女の魂は雄大から抜け出て、あの場にいた何者かにまた乗り移った可能性が高いと。まだ魂がうまく定着していないうちは、何度か離れてしまうこともある。その痕跡をうまく辿れれば……。……ウェスくん?」
いったん顔を上げたチグルスさんが、心配そうに呼び掛けてくる。
「どうしたんだい?」
「……っぁ、その。休み明けに、イベントに来てくれたお客さんのためにクッキーを配ることになってて。その時になら……調べられるかも、しれませんけど……」
「そうか。それじゃあ、僕が君の店の……ピュティシュ・アルマの店員に扮して調べに行こう」
「えっ!?」
「君はセーアちゃんとして接客しなきゃいけないだろう? 僕だったら、変装すれば自由に動けるからね。もうひとり誰か、一緒に調べてくれるような人がいると助かるんだけど……。とりあえず、ククリア様にも君のほうから話をしておいてくれないか。家族以外は無理そうだからね」
目で示され、そちらを見てみると、体育座りをしたククリアの伏せた横顔が窺えた。そのあまりにも冷たい眼光とイルマニ神を思わせる表情を前に、一瞬でも身がすくむ。
「……わかりました」
「それじゃあ、調査の件は僕が色々と手配をしておくから。よろしく頼むね、セーアちゃん。エチェットくん、ちょっと二人で話をさせてくれないかい? 相談したいことがあってね」
事情がよく呑み込めないながらも、エチェットはチグルスさんの目線から何かに気づいたようで、「ええ。分かりました」と快く返事をした。
「成哉くん。ククリアと雄大さんのこと、よろしくお願いしますね。私たちは先に家へ帰ってますので。ユエリスのお迎えにも行かなきゃですし」
「……うん。俺もしばらくしたら帰るから。カルムにも『ごめん、もうちょっと遅くなる』って伝えておいて」
「はーい!」
笑顔で手を振った直後、牢の前を離れる瞬間にエチェットの心配そうな顔が見えた。
その目は依然として動こうとしないククリアに向けられている。
「………………おい。ククリア?」
いっこうに喋ろうともしない元女神様の隣へと、俺は座り込んだ。
そして、カルムから預かっていた弁当箱を差し出す。
「ほら。ちゃんと食ってんのか? エチェットもあれで心配してるんだぞ、お前に無理やり食わせてるみたいだけど」
弁当箱を横に置きつつ、さりげなく顔色を窺ってみる。
相当お怒りなのは分かるけれど、やはり、何を考えているかは分からなかった。普段は鬱陶しいぐらいに絡んでくるのに、もはや思念すらも飛ばしてこない。
下手をすれば牢の鉄格子を捻じ曲げたりだとか、建物自体の破壊行為にも及びかねない。父さんを脱獄させるためだったら、躊躇なくそれぐらいはする奴だ。
だからこそ、この建物に父さんを収容したんだろうが……果たして元女神で邪神様の攻撃に、どこまで耐えられるんだろう。まったくもって未知数だ。
「実力行使されるのが嫌だったら、自分からちゃんと食えよ。でないとお前の姉ちゃんのロイさんにうるさく言われ……ッて、おい!?」
目を離した瞬間に突き飛ばされ、ダンッと体を横倒しにされた。
そのまま馬乗りになり、額に手を伸ばしてくる。
「おい、何すんだよ!? やめろよ! やめろこんな、父さッ……!」
父さんがいる、まえで……。
言い切る前に、急激に意識が薄らいでいく。
にじむ視界の端に映り込んだのは、無機質な牢屋のなかに置かれた簡素なベッドと、その上で静かにまぶたを閉じている、父さんの姿だった――……。




