第四十一話 再会。そして
「えっと……? ルイズ様、お久しぶり、です……?」
「ああ、そうだっ! 今日は貴様の側には誰もいないようだな? あれから婚約破棄の話を放置し続けたあげく、間をおかずに不特定多数の男の元へふらふらとしおって! 貴様、俺たちへの当て付けかっ!?」
「そうよっ! しかも女生徒憧れのヒューバート先生の側にずううぅっとへばりついてっ!! 貴女、何様なの!? いい加減にしてよねっ!」
「ええ……」
対面して早々の非難轟々ぶりに、ミーアは変な声が出てしまいます。確かに、両親にがっかりされるのが怖くて、婚約破棄の件は内緒にし続けていました。いや、だって怒られるのも嫌だし……いえ、マーリオの件があったから、ミーアはそちらを優先したのです。いつ消えてしまうかわからない、あの生き霊の願いを叶える為に。
その為だけに、彼女は一身に突き進んでいきましたから、第三者から見たミーアの印象はすこぶる悪いものかもしれません。
「貴様、周りでなんと言われているかわかるか? 財産目当てで妙齢の男を惑わすガリガリ棒だと言われているぞ!」
「それはなかなか……」
この絶妙な悪口のセンス、つけた人物はなかなか頭のキレが良いのかも知れない。などと変に関心してしまうミーアをよそに、二人の怒りは止まるどころを知りません。
「とにかく! 貴女が彼との婚約破棄を認めないと、わたしが次の婚約者だって認めてもらえないの。彼のお父様、貴女の父親の口から聞くまでは絶対に許可しないって頑ななんですもの。もうっ! 書類がある訳でもないのに、どうしてこんな事になるのよっ! 貴女、本当に迷惑だわ!! ……うう」
「ベアトリーチェ……」
顔を真っ赤に染め、怒りのあまり目尻から涙を滲ませるベアトリーチェを宥めようと、ルイズは彼女の身体を引き寄せてそっと抱きしめます。
「ええっと……? なんだかすみません……?」
まさか何もしない事が一番の嫌がらせ……もとい、復讐になるとは、一体誰が思うでしょうか。
とりあえず謝ってはみますが、どうやら聞こえていないようです。目の前で抱擁を交わすこの恋人達の為に、気を利かせて立ち去った方がいいのか本気で悩み始めたミーアでしたが、彼等の背後———生い茂る木立の中に、複数の影が過ぎるのを見つけました。
「ん……?」
その正体を見定めるべく、目を細めてじっと凝視すると、影はこちらに向かって徐々に近づいて来ます。どうやら影は人のようで、ミーア達三人を囲む様にざあっと木立の間から飛び出してきました。
「ひっ! なによこれぇ……!」
「な、なんだ貴様等! お、俺達になんのようだ!?」
元婚約者達も流石にこの異常な状況に気がついたらしく、ルイズとその恋人はお互いをぎゅうっと強く抱きしめ合います。次から次へと現れる黒装束の人間の連続に、ミーアは自身の心を落ち着ける為に聞かざる得ませんでした。 ……多分違うでしょうが、一応、念の為。
「……あのう、違ったら申し訳ありません。……後ろの方々、もしかして、ルイズ様のお友達ですか……?」
「そんな訳ないだろうっ!」
「そうよっ! 貴女、頭の中どうなってんのよっ!」
自分でも空気を読まない発言だとは思います。なにより、それまで庇護欲を唆る程に愛らしい顔で涙を浮かべていたベアトリーチェは豹変し、怒りの形相でミーアを睨みつけます。ルイズの方も彼女に同調するように声を荒げています。
今は運悪く、緑陽祭の真っ只中の為、周囲には彼等の他に人影はありません。 ……いえ、警備の人間がいる筈。辺りに急いで視線を彷徨わすと、男性が二人、地面に倒れているのが見えます。おそらく、彼らが警備を受け持っていたのでしょう。が、今は意識を失っているようでピクリとも動きません。
噴水を背にミーア、少し距離を置いた場所にルイズとベアトリーチェの二人がおり、三人を囲い込むように十人ほどの黒装束達はじりじりと距離を詰めながら、懐から何かを取り出しました。 ———青白く光る、鋭利な刀身を。
一番に反応したのはベアトリーチェでした。絹を裂くような甲高い悲鳴を上げてルイズにしがみ付きます。が、その肝心の恋人は恐怖で震え上がり、足が縫い付けられたように動きません。それもその筈、高貴な身分である彼に刃物を向ける者等、今まで一人もいなかったのです。武官や騎士を志すのでなければ、実戦で使う機会等、学園で行われる模擬試合ぐらいのものです。丸腰の彼にはどうする事もできませんでした。
その間も、黒装束達は距離を詰めていきます。青白く冷たい光を反射する刃先を見つめながら、ミーアは必死で考えます。どうにかしてこの状況を突破しなくてはいけません。ですが、どうやって……? いよいよ黒装束の手が届きそうな程の距離になり、ミーアは咄嗟にギュッと目を瞑りました。永遠かと思うほどに閉ざされた暗闇の中、ドサッというなにか重いものが倒れる音が聞こえます。それも、複数の。
「……………?」
一体なにが起こったのでしょう。次いでなにやら足音が聞こえてきます。こちらも同じく、複数の。
恐怖と好奇心を秤にかけて、目を開いて確認するべきかどうか、ミーアは逡巡しました。
流石にこれ以上怖い事は起こらない筈。ミーアは恐る恐る目蓋を開きます。すると、それまで彼女達を囲んでいた筈の黒装束達は皆、地面に倒れており、真っ白な鎧を身に纏った騎士の一団が意識のない彼等を取り押さえていました。ミーアは目を疑います。だってその中には、最近まで側にいた、異国からやって来た筈の友人の姿があったのですから。
「ミーアさん。お久しぶりですね? おや? 随分と顔色が悪いようですが、どこか具合がよくないのですか?」
大きな瞳をこれでもかと見開いて、ミーアは目の前の彼をまじまじと見つめます。どうしてここにいるのでしょう。それに彼が身に纏うその鎧は———
「ヘリオく、ん……?」
「ええ。また、お会いしましたね?」
そう言いながら、まるで何事もないかのように艶めかしく笑うヘリオトロープ・ヴィオルは、戸惑うミーアを安心させるように、両手をそっと握りました。




