第四十二話 元テトラの君
「どうしてヘリオ君が……? それに、真っ白なその鎧……」
ヘリオが身につけているのは、近衛騎士が唯一、身に纏う事が赦される特別なもの。それには条件があり、本来は、この国で生まれた者しか所属する事が認められないものでした。それを、どうして他国の彼が身に纏っているのでしょうか。先程ミーア達を襲った黒装束達は何なのか。ミーアは混乱してしまいます。
「ああ、不思議そうな顔をしてらっしゃいますね? そうですね……特別に、ミーアさんだけに教えて差し上げます。実は、僕、テトラのスパイだったのですよ」
「へえ〜そうなんですね〜! …………って。えっ!? 今なんて……?」
「ですから。僕はテトラのスパイなのです。あの黒装束達は僕の元同僚達ですね。狙いはミーアさん、貴女でしたから、上手く一網打尽に出来て良かったです。 ……怖い思いをさせてしまいましたね。申し訳ありません」
「あ、いえ! 案外大丈夫でした。幸い、一人じゃありませんでしたし……」
ある意味で、ルイズ達に詰められていたのが吉と出たようです。それにしても、どうして自分が襲われるのか。ミーアには全く心当たりがありません。
「えっと……? あの黒装束の方達、ヘリオ君の同僚なんですよね? どうして私なんかを襲うんです? もしかして、ヘリオ君の行方を知る為に来たとか?」
「いえ。彼等はあくまで、任務に忠実だったのです。 ……そうですね。こちらも、ミーアさんにお話しなければいけません」
握られた手の力が少しだけ強くなります。これから話すことは、彼にとっては言いづらいもののようで、ヘリオは小さく息を吐いた後、おもむろに話し始めました。
「……僕達の任務は、マーリオ氏の生死を確認する事。これは前に一度、お話しさせて頂きましたね? 実は氏が生きているのでは、という話は我が国でも知られていましてね。 ……と、言っても、ごく一部の人間だけですが。結果的に言えば、この同僚達は、貴女を捕らえて拷問にかけようとしていたのです。マーリオ氏の情報を吐かせる為に、ね」
「え……」
ヘリオは一度言葉を区切り、ミーアの様子を窺うと、ややあって続きを話します。
「……僕は王から直々に命を受けていたのです。この話がでたらめであればそれでよし。ですが、万が一、氏が生きているのならば殺害せよ。それが、僕に課された任務だったのです」
「え……ヘリオ君。本当、なんですか……?」
「ええ。我が国だけではありませんよ? 氏が生きていると困るのはどこの国でも同じ、といいましょうか。なんせ彼の功績のお陰で戦争が平和的に収束してしまいましたしね。ある一部の貴族には、それこそ今でも恨まれています。彼のせいで、武器の横流しや奴隷売買等の金儲けの機会が台無しです。勿論、今でも彼のようなカリスマ性のある人間がいられると困りますから、血筋も含めて絶やしてしまいたい筈です」
「そんな事って……」
ミーアは絶句してしまいます。マーリオは信念をもって戦ってきたのです。自身のもつ全てを犠牲にしてまで。それなのに、彼を目の敵にする人間達からこうも恨まれている。失ってばかりの彼に、これ以上なにを奪おうというのでしょうか。
「それから、僕は同僚達と共にこの国にやってきて、直ぐにビスコンティーヌ邸を襲撃しました。ただ、それも空振りに終わり、色良い情報を手に入れる事が出来なかった。ですが、学生として潜入し、妙な噂を聞いたのです。なんでもある女生徒が、妙齢の、それも高貴な立場の男性達に色目を使っている、と」
「えっと……? それって、もしかして……」
「ええ、ミーアさんの事ですね」
「え、ええぇ……」
突然自分の話になり動揺するも、内容はまさかの不名誉なものでした。知らない所でこうも言いたい放題言われているとは。若干ショックを受けたミーアをよそに、ヘリオは淀みなく続きを話します。
「一見繋がりがないかのように見えた話ですが、調べていくうちに、件の女生徒が……失礼。ミーアさんが会いに行く男性達に、ある共通のものがあったのです。それが、マーリオ氏と直接的に、或いは間接的に関係がある、という事でした。ですから、僕は貴女にとりいったのですよ?」
「ヘリオ君……」
「……貴女は古ぼけた鍵を僕に見せてくれましたよね? あの鍵は今からちょうど40年前、つまり戦時中によく流用された様式でしたから、それを元手に家屋の特定に繋がりました。お陰でマーリオ氏の隠れ家を見つけられましたので、この場をお借りして貴女に御礼申し上げます」
「じゃ、じゃあ……もしかして」
マーリオの隠れ家に彼の身体がなかったのは、ヘリオが侵入した際に連れ去ったから……?
「…………ヘリオ君がマーリオ様を……殺したのですか……?」
「いえ? しておりませんが」
「えっ」
心底不思議そうに首を傾げて否定するヘリオにつられて、ミーアも彼と同じ方向に首を傾げました。
え? だって、マリー様を殺しに来たんですよね……?
「……ミーアさん。僕は優秀なのです。それも、人よりも随分と優れている」
「あ、はい……? えっと……そう、ですよね……?」
突然の彼の言葉に、ミーアはポカンとしながらも頷きます。たしかにヘリオは頭が良い。ですが、どうして今、そんな話を……?
「ですから、我が国テトラの情報を、反対にこの国の王に売ったのです。見返りに今の地位を頂きましたから、僕としては僥倖でした。テトラには僕を妬む愚かな人間がとても多いのですよ。才能に恵まれている上に見目も良い。そんな僕が目の敵にされるのは当然の事かもしれません。出過ぎた芽は周囲から妬まれて、無惨に摘まれるものでしょう? このまま故郷に帰ってもいずれ消される事がわかっていましたから、こちらの国にご贔屓にして頂く事にしたのです。いわゆる二重スパイ、とでもいうのでしょうか?」
にっこりと笑みを深ませて、ヘリオはとてもいい表情になります。なにやらその中に、国に対する長年の恨み辛みをぐちゃぐちゃに煮凝したようなドス黒いものを感じるのは、ミーアの気のせいでしょうか?
ふと、ヘリオは周囲を見渡して状況の確認をします。つられてミーアも彼が見ている方へ視線を向けました。
事態の収集があらかた終わったのか、倒れていた黒装束の人間達は縄で縛られて一箇所に纏められています。十人ほどいるようですから、後で護送車で連れていくのでしょう。次いで元婚約者達の方へ視線を向けると、ルイズ達は抱き合ったまま、地面にへたり込んでいました。顔色は未だに青白く、覇気が無いように見えます。そしてこの二人もまた、黒装束達と同じく縄で縛られていました。
「……って、あれ!? ヘリオ君っ!? どうしてルイズ様達まで縛ってるんですか? ……ハッ! もしかして。あの二人もテトラに関係が……?」
「いえ、単純に嫌いですので部下に縛らせましたが?」
「ええ……」
思っていたよりも酷い理由でした。
「今の僕はこの国で確固たる地位を手に入れたのです。幾ら貴族の彼らに無礼を働こうが、揉み消す事だってできるのですよ?」
「ちょちょちょ、ちょっと! ダメですよ! 可哀想だから解いてあげて下さい!」
ヘリオは心外そうに器用に片眉を上げて見せます。
「おや。貴女は変わらずお優しいのですね? まあ、あれらにもまだ役割が残っていますから、このまま一緒に連れていきましょうか? ……さあ、ミーアさんも」
「え……? どこへ……?」
「それはついてからのお楽しみです。ミーアさん。僕はいつだって貴女の味方なのですよ? ……そろそろ時間でしょうか。続きはまた今度、詳しく教えて差し上げましょう。貴女は行かなければならないのです。そこには貴女を待っている人がいるのですから。 ……さあ、僕についてきて下さい」
「私を、待ってくれている人……」
躊躇いがちに、一歩。ミーアは足を踏み出します。ヘリオは満足そうに頷くと、握ったままの手を引きながら、ミーアを連れて歩き出します。その後ろには、縄を解いてもらい近衛騎士達に引ったてられている、ルイズ達を連れて。




