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第三十六話 隠れ家襲撃

 その日、ミーアは一人でいました。

 いつもはべったりとミーアの隣にいるヘリオが珍しく休んでいる為、久しぶりにレジーとアランに話したいと思った彼女は、図書室でレジーを誘った後、一緒に学園長室へ赴きます。


 突然の来訪者を歓迎してくれたアランは、彼お気に入りの紅茶を振る舞ってくれます。三人で来客用ソファに座り、今はテーブルを挟み、共にお茶を嗜んでいるところです。


 この歳の離れた男性陣と話すのは、ミーアにとっては同年代の子達と話すよりも随分と気が楽でした。現状、ヘリオと一番仲良くはあるのですが、なんせハラハラする事が多いのです。


 なにしろ彼のいる前で他の人間と話そうものなら、ヘリオはすぐに氷のような眼差しを相手に向けて、遠ざけてしまうのですから。


 マーリオが消えてしまった事で塞ぎ込んでいたミーアが、以前の様に明るさを取り戻したらしい事に安堵したアランは、おいしそうに紅茶を飲んでいる彼女の様子を眺めながら、ミーアに話しかけます。


「ミーアさん。貴女に元気が戻ってよかった。きっと、ヴィオル君のお陰様なのかな?」

「はい! ヘリオ君に助けられました。仲良くなってそれほど経っていないのに、なんだか私ばかりが助けられてしまって。なにか恩返しをしたいとは思っているんですけどなかなか。 ……ヘリオ君、授業態度が悪いのに、なんでもできちゃうんですよね……」


 眉尻をへにゃりと下げて困ったように話すミーアに、レジーが少し言いにくそうに口を開きます。


「ミーアさん、気を悪くされませんよう。 ……私が言うべきではないかもしれませんが、彼とは少し距離を置くべきではないでしょうか。お二人とも良く中庭を利用しているでしょう? 実は図書室からよく見えまして。なんとなくですが、私の目には彼の行いが、貴女を周囲の人間から孤立させようとしているように見えてしょうがないのです」

「レジーさん……そう、ですかね……?」

「ああ。そうだね。 ……ミーアさん。確かに彼は貴女にとって良くない人物かもしれないね。本当は僕がどうにかできればいいのだけれど、立場上、そうはできなくてね。できればヴィオル君とは少々距離をおいた方がいいだろうね」


 どうやら、アランも同意見のようです。


「うーん……そうですかねぇ……?  でも特に困っていないっていうか。ヘリオ君、結構親切なんですよ? それに私が孤立しているのは元からでしたし。そう思うとあんまり気にならないですかねぇ」

「それは……なんというか……」

「ミーアさん……!」


 なんと言っていいものかわからず口籠るアランの隣で、両手で口元を押さえながら瞳を潤ませていたレジーは、身を乗り出して、ミーアの両手をがしっと掴みます。


「……大丈夫です。何があっても私たちは貴女を見捨てはしませんからね!」

「あ……えーっと……? ありがとうご、ざいます……?」


 同情されている。なぜ……? と、ミーアは変に生返事をしてしまいます。レジーに続くように、アランは「そうだ」と呟きながら立ち上がり、とっておきのお菓子が入った箱をデスクの引き出しから取り出して、ミーアの前で封を開けてくれます。


「わあ! これ、いま貴族の間で流行ってるっていうミルク堂のマカロンですよねっ! た、食べてもいいのですか……?」

「もちろん。ミーアさんはもう少し食べた方がいいと思うんだ。年頃のお嬢さんはふっくらしていた方が見ていて微笑ましくなるからね」


 途端にミーアの隣で話を聞いていたレジーがなんとも言えない顔になり、アランに向き直ります。


「……学園長。とても言いづらいのですが、そういった発言は訴えられかねませんので、今後は謹んだ方がよろしいかと」

「え……! そうなのレジー君……? そうか。僕はミーアさんに訴えられてしまうんだね……」

「いやっ!? そ、そんな事しないですって!」 


 慌てて否定するミーアに、アランは心底ホッとした顔をすると、気持ちを落ち着ける為か紅茶を一口含みます。


「そ、そうか……まあ、とりあえず発言には気をつけるとして……ミーアさん。なにかあったら、すぐに僕かレジー君に伝えなさい。君に何かがあってからではとり返しがつかないのだから」

「あ……う……はい……! では、そうさせて頂きますねっ! なにもないといいのですが……」


 ミーアの返答を聞いて満足そうに頷いたアランは、「そういえば」と紅茶を飲みながら、何かを思い出したように話します。


「昨夜、高級住宅街で空き巣が入ったようだよ。なんでも、長年持ち主不明になっていた物置小屋が荒らされていたらしい。窓ガラスなんかが派手に割れていたらしくてね」

「へえ〜そうなんですねぇ……!」

「なにか盗まれたのでしょうか……?」 


 のんびりと口の中いっぱいにマカロンを頬張るミーアとは対照的に、レジーは神妙な顔つきで話を促します。


「それがなにかを盗んだわけでもないらしいんだ。けれど、室内も酷い荒れっぷりで、まるでなにかを探しているかのような様子だったと息子が言っていたねぇ」

「変な事件ですねぇ……あ! もしかしてアランさんの息子さんって、警備隊の方なのですか?」

「ああ。一応、隊を纏める役職についていてね。息子は現場にも時折参加するそうで、今回の事件もちょうど夜勤だったから、いち早く向かったみたいだね」

「物騒な世の中ですね……そういえば、少し前に起こったビスコンティーヌ邸を襲った犯人も、まだ見つかっていませんでしたね」


 思い出したようにレジーが話します。


「この国でそのようなことが起こるだなんて嘆かわしい事だね。どちらの件も早く収束して欲しいものだ」


 神妙な顔をして話す大人二人を眺めながら、割と平和なこの国で立て続けに事件が起こるなんて珍しいな、だなんてミーアは呑気に考えます。


 ひょいっとマカロンを口に含みながら、高級住宅街にある、かつてマーリオと一緒に侵入した隠れ家の事を思い出します。


 そうそう! マリー様が眠り続けていたあの場所も、表向きは隠されていたんだっけ。それなら周りには所有者不明だって思われていてもおかしくないな、だなんて考えてから、ミーアは次のマカロンを摘もうとしていた手をぴたり、と止めました。


「あのう……ちなみに事件があったという高級住宅街の物置小屋は、どの辺りにあるんです?」


 いやまさか。そんな偶然がある訳がない。脳裏に過ぎる嫌な予感を振り払うべく声を掛けると、大人二人の視線がミーアに集中します。ややあって、アランが詳しく教えてくれました。


「ああ、それが結構わかりにくい場所にあるらしくてね。なんでも他の屋敷が建っている場所から随分と離れた林の中に、ひっそりと建てられているそうだ。まるで誰にも見つからないように、ね。その物置小屋の周りには白薔薇が咲き乱れているのだとか。それも無残に踏み荒らされてしまったそうで……いやあ、勿体無いねぇ」


 グッ! と紅茶を吹きこぼしそうになり、ミーアは慌てて唇を引き結び、気合で紅茶を飲み下します。


 高級住宅街にあって。

 周りから隠されるように建てられていて。

 白薔薇に囲まれている。

 その場所、心当たりしかないんですけど……!


 でも、もしかしたら違うかも知れないし。最後の悪足掻きとして、ミーアはダメ元で聞いてみます。


「ちなみにその物置小屋って、外壁も真っ白です? それと、空き家の筈なのに、妙に手入れがされている、とか……?」

「おや。よく知っているね? 確かにミーアさんが言っている通り、外壁は白亜色の美しい造りだそうですよ。長年誰も来てはいないのに、荒らされていない箇所はほとんど痛みがなかったらしいから、きっと、人を雇って定期的に手入れをしていたんだろうね」


 その事実が示すことは———間違いありません。ミーアは深く思いました。ああ……それ、マリー様の隠れ家だ、と。


「あ、ははは……わぁ〜不思議だなぁ。なんで分かったんでしょう私」


 不思議そうに見つめ返してくるレジーとアランの視線を避けて明後日の方向を見ながら、ミーアは苦しい言い訳をしては乾いた笑いをしました。


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