51話
「……ここは?」
ミツキはふすまの先に映っていた光景に、混乱したままぽつりとつぶやく。
それに対して答えるのはもちろんモットー……ではなく、
「ふぅん、このふすま、〝空間渡り〟の効果が使われているのね。場所としては、仙霊山と言ったところかしら?」
アイリスだった。
「そうなの?」
「あ、ああ、そうだ……」
あっさりと言い当てられたことに対してがっくりするモットー。
だがそんなモットーなどお構いなしに話は進んでいく。
「それで、その仙霊山っていうのはいったいどんな場所なの? あとは〝空間渡り〟だっけ?」
「まず仙霊山だけれど、これはこの世界で三番目に標高が高い山ね。ここはマナを自然と奪っていく環境だから、私とは相性が悪い場所でもある。しかもここには強いモンスターもわんさかいるっていう話だから……確かに、ここなら武術の訓練にはなりそうな場所ね」
「その通り! マナの消費が激しいから魔法使いには相性が悪く、さらにモンスターも強いから並の人間では生きていけない。そんな環境で生きていくには己の身体を鍛えるしかないということだ」
モットーは言う。
生き物というのは案外、〝やればできる〟ものだ。
そしてそれは特に、多くの道具を用いて大いなる安全を得た人間こそ、その〝やればできる〟可能性が多いと言えるだろう。
なぜなら現在の人間にとって生きるということは当たり前であり、やれることとというのはそこまで多くなくてもよいのだ。
しかし命の危機に瀕する状況に陥ったとき、人間はその可能性を引き出すことができるのだ。
もちろんこの環境では人が死ぬことはないようにモットー自身も気を配ってはいるが、それも確実ではないので、モットーの門下生たちは真剣に取り組んでいる。
それが自分の教育方針であり、そこまで至ったものが、あの道場の場で戦うことを許されるということだった。
「なるほど……」
ミツキはモットーの説明に納得の表情を見せる。
なぜならミツキ自身もそのような体験があったからだ。
(俺も、あの時は必死だったからなぁ……)
必死に、殺意を込めて、自分に、そして自分が好いていた人物に振りかからとする殺意を打ち破るために行動したあの時、自分でも思わぬ形で、普通に生活していればありえないような動きを身に着けた。
正しく〝必死〟だったあの時を思い出せば、ミツキはモットーの言葉にうなずけるだけの根拠がわかる。
「まあ、本来の仙霊山はもっと上のことを指すんだがな……ここは山の麓で、この仙霊山の本性など欠片も露わになっていない環境だから、そこまで危険ではないさ」
「……ヘー、ソウナンデスネー」
「ん? どうしたんだ?」
なぜかミツキの言葉がカタコトになっている。
もちろんモットーは不思議そうな表情になるが、それに対して答えを明示したのは、先ほどまでずっと主であるミツキの後ろに控えていたリーフィアだ。
「あの……なぜ、先ほどから視界に映る方々はすべて筋骨隆々としていて、しかも上半身裸なのでしょうか? ……ハッ! す、すみません、つい……」
どうやらリーフィアは我慢できなくて言ってしまったらしいのだが、それにはミツキも同感だった。
なぜなら、モットーに先導されて森の中を歩くミツキの視界には、ちらちらと上半身裸の男たちが見えていたからだ。しかもところどころではそれぞれが抱き合って筋肉を愛で合うという奇行を行っているところも……
またしてもモットーが慌て始めた。
「い、いや、あれはだな? 別にいかがわしいことをしているわけではなくてだな?」
「もしかしてこの武術道場の門下生たちはみんなあんな感じになるんですか?」
「いや、みんなではないぞ? 本当だぞ?」
「つまり、大半がそうなると……」
「…………」
モットーは目をそらした。
「……はぁ、まあでも、ミツキ、彼らはみんな動きが洗練されているようだから、おそらくは大丈夫よ?」
「あ、ああ! 実際、彼らは俺が教えた武術を活かす過程でああなっただけだからな。ミツキの戦闘スタイルは全く違うし、俺の武術を取り入れたら、それを活かすように自分の身体で消化していけばいい。お前ならそれができるだろう」
「そうね、ミツキがあんな筋肉ゴリラになることはないわ」
「ご、ゴリラは酷くないだろうか?」
アイリスとモットーの言葉にミツキはうなずくが、よくわからない信頼を得ている気がして内心首を傾げるが、それでも二人の年長者にして【到達者】からの評価というものはおおむね正しいと思うので、素直に受け取ることにした。もっとも、アイリスとモットーの会話を聞いていてる限りでは、なんともいい加減な二人にも見えてくるのだが……
そんなことをミツキは考えていると、視界の先に開けた空間が見えてきた。
そこには何人かの、いわゆる普通の人たちがいるのが見える。
「あそこは?」
「ああ、あそこがミツキたちがこれから武術を教わる場所だな」
「へえ、外でやるんですね」
「まあ、こっちは実践を前提としているからな。これくらいは当然だろう」
そんなことを言いながら四人はその開けた空間。
さながら、青空教室(武術版)のような場所に足を踏み入れるのだった。




