29話
「グギャギャ!」
「ギャギャ!」
「ギャギャァ!」
三体のゴブリンにミツキはスッと背後から近づく。
ゴブリンはミツキに気づいた様子もなく、未だに楽しそうにわめいていて、ミツキからしてみればこのままあっさりと殺してしまうことが出来そうなくらい無防備だった。
(……というかこいつらうるさいな)
ゴブリンの言葉は相手に不快感を与えるデバフ効果を持っているのかもしれないと思いながら、無造作に二体の首を『朧霞』で刈り取る。
「ギャギャギャギャ!?」
ポーンポーンと首が飛んでいったことに驚いたゴブリンは立ち上がって逃げ出した。
(即撤退か、まあこの状況なら妥当だろうな)
ゴブリンからしてみれば、理由も分からずに仲間の首がなくなってしまったのだから、逃げ出すのも当然だろう。ミツキの暗殺は殺す瞬間さえも認識することができないため、本当の意味で怪奇現象なのだ、実に恐ろしきはその存在の希薄さ。本人は真逆の目標を打ち立てているために、まるで嬉しくないだろうが。
ともあれ、ミツキ自身も自らの能力自体は役に立つと認めているため、パパッと殺したゴブリンの耳と、冒険者ギルドで買い取ってくれる魔石を回収すると、いつものように気配を空間になじませながら、ゴブリンを追跡する。そのミツキの脳内にはある情報が入っていた。
──ゴブリンを一体見つけたら、あと百体はいると思え。
まるで台所にいるお母さんの宿敵のような存在に対する教訓のような言葉だが、これは正しく事実だ。
というのも、ゴブリンは繁殖力が強いということ以外に特に特性がない。ファンタジー小説では最近だとゴブリンさんがものすごく強くなる時もあったりするが、この世界では少なくともそのようなことは全く起きていいない。
そのため、ゴブリンは自分の特性である繫殖力を活かした戦術をとるしかないのだ。つまり、──数の暴力で圧倒する。
この考え自体も本能的な部分でしか理解していないため、数だけやたらと多いという特色しかないからゴブリンは最弱の種族なのだが、つまりはあそこに三体いるならどう考えてもどこかに群れがあるということである。
そしてやはり人間たちが生みだした教訓というものは侮れないもので、ゴブリンが逃げて行った洞窟の中にはいくつもの気配を感知することが出来た。
(一、二……十……五十ってところか。あの言葉は少々盛ってたみたいだね。まあそれはいいとして、どうするかな……)
ミツキは〝気配感知〟で洞窟の外からゴブリンの数を確認すると、少々考える。
(一応アイリスからアイテムボックスをもらっているから特に気にすることなくぶっ倒せばいいんだろうけど……)
ゴブリン討伐の常時依頼でもオーク討伐の時と同様にゴブリンの巣を発見すると追加報酬を得ることが可能なため、一度戻ってゴブリンの巣を見つけたということが意外と得だったりする部分もあるのだ。特にゴブリンの場合は倒しても魔石くらいしか売れるものがないし、その魔石自体もそこまで高く売れるわけではないからあまり実入りがいいとも言えないため、とれる金策を取っておくのは大事な事だったりする。
(一度戻ってから、もう一度ここに来るか?)
現状アイリスのヒモ状態であるミツキからしてみればお金は切実な問題だ。早めに解決しておきたいところである。だからこそ、今回は少しでもお金を欲しているために一度ミツキは戻ろうとするが……
「あれ? こいつなんだか気配が大きくなってないか?」
帰ろうとした瞬間に、一匹の、奥の方にいるゴブリンの気配がどんどんと凶悪なものに変化して行っているように感じられた。突然発生した異常事態にミツキは帰ろうとしていた足を止める。
ミツキがいったい何がと思っている間にもだんだんと気配は大きくなっていき──
「────────ァァァ!」
「!?」
何と洞窟の奥から大きな咆哮の様なものが聞こえてきた、しかも〝気配感知〟や〝魔力感知〟に大きな反応を示していて、さらに〝第六感〟の影響によるものか、早急に対処すべき事柄だと直下のようなものがミツキの身体を駆け巡った。
「ははっ、まさかいきなりイベント発生とはね」
苦笑しながらもミツキは〝調和〟を除いた自分の出来る最大の隠形を行って洞窟の中へと入る。
すぐ近くにもゴブリンがいるが、ミツキの脚を止める要因になることはなく、ただ淡々と小太刀で首を吹き飛ばされ、銃で頭を認識外から吹き飛ばされるという事態が続いていく。今回の現象はおそらく緊急事態だろうということで、基本的には圧倒的なチート装備である拳銃『朧月』を使うことにしたのだ。
銃の扱いも小太刀の扱いも、現段階では自分が不意打ちによる暗殺を行っているからか、身体の扱い方が自然とわかるため、まるで無駄なく行動を起こすことが出来ていた。もちろん洞窟内は真っ暗なのだが、ミツキは魔力サーモグラフィーを使っているために問題なく暗闇の中でも行動できている。
そのままの流れでミツキが進んでいくと、だんだんと強大な気配に近づいていることがわかる。
(というか、なんかあのデカいやつの周りにいるやつらも気配が大きくなってないか?)
ここまでは迷路のようになっている洞窟をゴブリンを出来る限り倒しながら進んでいるためにやや時間がかかり、そのことに意識が向いていたために気がつかなかったが、明らかに周りもおかしいとミツキは思った。
そして、その違和感は見事に的中するように、
「う、わっ」
ついに大きな気配のある場所までやってきたミツキは目の前の光景に驚いた。
そこにいたのは二メートルくらいの大きさのゴブリンが三体と、
「ゴアアァァアア!」
その倍くらいの大きさの、いかにも王様のようなゴブリンが存在していたのだった。




