第5話 解体
「おい」
パドの声に、はっと意識が引き戻された。いけない。物思いにふけっている暇はないのだった。
「大丈夫か? 姉ちゃん」
「姉ちゃんではなく、ディアよ」
そう言うとパドは髪を片手で掻きながらなんとなくほっとしたような表情を見せた。長く伸びた前髪と無精ひげでほとんど隠れてはいたけれど。
「そうだった、そうだった。いや。手が止まっていたから血の匂いに気持ち悪くなったかと思ってな」
「ちょっと考えごとをしていただけ。でも、これだけ大きいと、二人で背負っても運ぶのは無理じゃないの?」
「ああ、魔導収納がある。ただ、このまま丸ごとは入らないんだ」
魔導収納。
高価なそれを持っていて、こんな巨大な魔物、キマイラを単独討伐。
相当高ランクな冒険者ね。
一体どうやって吹っ飛ばしたのかしら?
まさか素手とか、蹴り?
「わかったわ。必要ない部分というのはどこかしら。高ランクの魔物は血でも内臓でも、色々と素材に出来るのだけど」
「そうか。いやーギルドの依頼書の討伐証明は魔石だ。素材があれば買い取るとは書いてあったな」
錬金素材でも、血や内臓は価値がある。
「魔導収納に時間停止機能はあるかしら?」
「お? あるぞ」
「では、そうね。魔法を使った方が早いわね」
手の内を見せるのは気が進まないけれど、大型トラック3台分はあるこの大きさを二人で日が暮れるまでというのは難しい。
出来れば騎士を葬ってあげたい。馬車や襲撃者も始末しなければ。
「その魔導収納を貸してもらえる? 血の入れ物とかはあるかしら?」
「お? これだ。中に水筒や、ガラス瓶とかあるはずだ」
パドが魔導収納を差し出してくる。腰に括りつけられていた、一見ただの麻袋に見えるそれ。
「使用者限定じゃないの?」
「ああ。大丈夫だ」
「不用心ね」
「それはギルドの貸し出しだからな。無くせば俺が罰金払うだけだ」
「そういうことね」
では高ランクは決定ね。ギルドに相当の信用があるし、魔導収納を買い戻せるくらいの財産はあるということ。
今の彼は泥だらけで、草の汁や何やらで汚れていて、さらに何とも言えない匂いもするけれど。
「出来れば、このことは黙っていて欲しいわ。『液体操作』」
魔導収納から取り出した一抱えほどのガラス瓶を両手に持ち、魔法を発動する。
すると、勢い良くキマイラの体から血が噴き出して、それが一つのうねりとなり、手に持ったガラス瓶へ入っていく。
8分目ほど入ったところで蓋をし、もう一つあった同じくらいのガラス瓶へ残りの血液を入れる。
それから革の水袋の中へ。
そこで容れ物はなくなったので、穴を魔法で開け、そこへ流した。
これで血抜きは終わり。瓶と革袋は魔導収納へ戻す。
次は内臓ね。
「解体」
解体の魔法だ。
スキルに解体というのがある。
料理人や肉屋、冒険者がよく持っているスキル。
それを魔法で再現し、ブラッシュアップした。
逃亡生活には狩りは必須。時間がかかる解体は一瞬で済ませたい。
皮と肉、骨、内臓に分かれる。肉は部位ごと。内臓はそれぞれ器官ごと。
その状態で空中に浮かんでいる。
「これ、そのまま仕舞うわよ」
「……」
「パド?」
「あ、ああ。そのままでいい」
魔導収納へ、そのまま入れる。
私の念じる部位ごとに、吸い込まれていく。
ため息が大きく聞こえた。
「すんげえ特技持ちだったよ。俺の運がいいのか、これ」
そういえば彼は目をひん剥いて大口開けて見てたわね。
「感謝してるなら、あっちの始末を手伝ってほしいのだけれど、いいかしら?」
「もちろん」
私の視線の先には私が乗っていた壊れた馬車と、襲撃者の死体、騎士の亡骸があった。
「そういえば馬はどうした?」
馬の亡骸がないのに不審に思ったのかパドが訊いてきた。
ちらりとさほど離れていない木々の間で、草を食んでいる馬をパドが見た。
あれは騎士が乗ってきていた軍馬。馬車を牽いていた馬ではない。
「横転するときに綱が切れたようよ。こういう時は逃げてしまうものでしょう? あそこにいる馬は騎士たちが乗っていた軍馬よ」
「乗せてくれっかな」
「知らない人を乗せるのは難しいのではないかしら」
「まあ、そうだな。乗せてくれるのを願うとするか」
彼はそう言って彼は襲撃者の死体を集め始めた。
残骸に等しいが、持ち物などを剥ぎ取っている。
私は騎士の亡骸を布に包み、魔導収納へ収めた。
いつかは、故郷へ帰してあげたい。
守ってくれてありがとう。
神の御許へ、安らかな眠りがあらんことを。
「ダメだな。身元を証明するものはなかった」
「ありがとう。馬車とそいつらは燃やすわ」
「煙はまずいんじゃないか」
「大丈夫よ」
結界で閉じ込めて高温で燃やす。中の空気がなくなったら炎も消える。
「ディアは大魔導士か何かなのか」
残った灰は土に埋める。跡形も残らないように。
「乙女の秘密よ」
「それを言われちゃあ、何も言えねえな。騎馬で移動になるが、大丈夫か」
彼は二頭の馬を手懐けていた。一頭は体格が大きくがっしりした全体的に黒色。
もう一頭は全体的に茶色で額に白いダイア型のワンポイント。茶色の馬の方が小さい。残念ながら名前まではわからない。
馬の扱いに慣れているようだ。私も乗馬の訓練を貴族の嗜みとしてさせられていたから騎乗はできる。私の乗る馬は茶色の方。栗毛というのかしら。
他の子たちは残念ながら置いていくことにした。無事に生きて、公爵領まで帰れることを願う。
「ありがとう。大丈夫よ」
私は馬の背に乗る。鞍や手綱を確かめた。
「じゃ、行くか」
パドはひらりと馬の背に乗った。慣れている。
彼が馬を歩かせて私を促す。
「わかったわ」
馬に足で合図を出して、彼の背を追いかけた。
そして私とパドの旅が始まったのだ。
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