難詰
母娘丼の時間は、思ったよりも短く終わった。
ウスキは初めてで、タイラはすでにかなり体力を消耗していたため、二人ともすぐに疲れ果ててしまったからだ。
その合間に、ウスキの主導でタイラとも奴隷契約を結んだ。
狂乱の時間が終わり、疲れ切っているはずの母娘がむしろ強く言い張るものだから、その場で済ませてしまった。
『すっかりへとへとになっても、最後まで付き合ってくれたな』
タイラは行為が終わるなり、再び倒れるように眠ってしまった。
『まあ、ぐっすり眠っていたところを最悪な形で無理やり起こしたのに、怒りもせず付き合ってくれただけでありがたいよな』
タイラがどれほど心から私に服従しているのか、それがよくわかる一幕だった。
「えへへ。ご主人様♥」
ウスキはこの上なく幸せそうな顔でにへらと笑い、これ以上ないほど私に甘えてきた。
『私はろくでもない動機でやったことなのに、ウスキにとっては、かえって幸せを感じる出来事になったのか』
これが間違った幸せだということは、わかっている。
よくない。私にとっても、ウスキにとっても。それでも、今の私には止められなかった。
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疲れ果てた母娘を並べて寝かせ、私は再びギルド本部へ向かった。
ファインギルドで私と面識のある女性のうち、唯一まだ会っていないセラに会うためだった。
『セラ先輩なら、いきなり言い寄ったらどう反応するだろう。平手打ちくらいじゃ済まないかもしれないな』
そんなことを考えながらギルドへ入ると、誰かが近づいてきた。
「本当に帰ってたんだね。どうして最初に報告に来なかったの?」
腕を組み、不機嫌そうな声で文句を言う、快活な印象の美しい貴族令嬢。
ちょうど探そうとしていたセラだった。
「セラ先ぱ……」
「ちょうどよかった。今、あんたを探しに行こうとしてたんだ。お客さんが来てるの。ちょっと……偉い人みたいでさ。聞きたいことはいっぱいあるけど、とりあえず行こ」
私が下手なちょっかいを出す間もなく、セラは自分の用件だけを言うと、くるりと背を向けて歩き出した。
『偉い人?』
私は首をかしげながらも、素直についていった。
そして、そこで対面したのは――
「ゴゴ!」
「まさか……ゴゴゴンちゃん?」
ガーゴイルだった。
『まずい……!』
「本当にいらしたのね。ようやく見つけましたわ」
一瞬、逃げようかとさえ思ったが、教養を感じさせる女性の声に引き止められた。
「お会いできて、本当にうれしいわ。マサカオ」
ドー・シェパーチだった。
「じゃあ、ごゆっくり」
セラは私たち二人を黙って交互に見てから、席を外してくれた。
「ええ、ありがとう」
その短い間にもうセラを気に入ったのか、ドーは飾り気のない言葉と笑顔でセラを見送った。
私はしばらくためらった末、気の進まない足取りでドーの向かいに腰を下ろした。
テーブルには、すでに私の分まで二杯のお茶が用意されていた。
「どういったご用件で……いえ、どうやってここまで来られたんですか?」
「マサカオらしくもない、わかりきったことをお聞きになるのね。ゴゴゴンちゃんに乗って、手当たり次第に飛び回りましたの。ファトゥム村は、お別れした日から四日で見つけましたわ」
「ファトゥム村ですか?」
「ええ。あなたが暮らしていた孤児院のある村。あのとき、お話ししてくださったでしょう?」
『どうして、わざわざそっちへ行ったんだ?』
「私たちが出会った森に近い領地といっても、バザール、シュク、シャルシの三つだけです。この三か所を順に回ったほうが早かったのでは?」
「……」
「?」
疑問を口にすると、ドーは答えず、私をじっと観察するような視線を向けてきた。
「どうかされましたか?」
「何かあったの?」
「はい?」
『そんなに態度に出ていたか? いや、表情も口調も、うまく隠せていたと思うんだが』
いくら自暴自棄になっているとはいえ、死ぬのは嫌だった。そしてドーは、初めて会ったときもそうだったように、自分の基準に合わず、気に入らない人間はためらいなく殺す。
ドーの前では、できる限り気を配っていた。
「あなたはもともと、お話の途中で相手の言葉に疑問を抱いても、まずはご自分なりに推測してから返事をする方でしょう? それなのに今日は、考えもせず、そのままお尋ねになる。何か別のことで頭がいっぱいなのね」
「……は」
思わず、乾いた笑いが漏れた。
何かあればまず暴力で解決しようとする人間は、たいてい他人の性格や習慣を把握できない。特に、争いの役に立たない情報については、知ろうとする努力すらしない。
そもそもそうした空気を読めないからこそ、暴力で相手を支配しようとするのだ。
ドーは初めて会ったとき、もちろん多少の言葉は交わしたものの、かなり性急に暴力で私を抑え込もうとしてきた。
だから正直、侮っていた。ドー・シェパーチの、人の機微を読む力を。
ところが、この腐っても貴族のご令嬢は、わずか三度のやり取りで私の異常に気づいたのだ。
「私のことを、思った以上によくご存じなんですね」
「わたくしの家臣となる方ですもの。気にかけておりますわ」
「まだそのお話ですか……」
そういえば、この女性はあの京都風ぽいの言い回しを使わず、率直に話していた。それは、私をこれから殺す相手か、連れていく相手として見ているということだった。
「それで、何があったの?」
「……実はですね」
私はためらった末、正直に打ち明けた。
そう長くもない話を、ドーは真剣に聞いてくれた。
「そんなことで落ち込んでいらしたのね。お気の毒に」
最後まで聞き終えると、ドーはあまり感情の感じられない声で同情の言葉を口にした。
「仇を討って差し上げましょうか?」
そして、唐突にそう尋ねてきた。
「……仇、ですか?」
「ええ。アゴラもマーケットも、わたくしがまとめて叩き潰して差し上げますわ。そうすれば、あなたは気力と聡明さを取り戻して、わたくしの家臣になってくださるかしら?」
「……」
誘うような笑みを浮かべて提案するドーを、私は呆然と見つめた。
「それはおやめください」
そして、断った。
「暴力はいけません。暴力で問題を解決したところで、何の意味もありません」
「ふうん。前にも似たようなことをおっしゃっていたわね。もっともらしい理由も挙げられず、ただ駄目、駄目と。まるで駄々をこねる幼子のようですわ」
『それが、私が日本で受けた平和の教育なんだ』
それに、なぜ暴力による問題解決が間違っているのかは、説明が長く、難しくなるだけであって、決して根拠のない話ではなかった。
国単位で見ても、平和を謳歌している国では、たいてい国民も豊かに暮らしている。一方、暴力による強制で統治されている国や内戦の続く国は、極度の貧困にあえいでいる。
「暴力は、すでに振るわれているのよ。それを最も早く止める方法は、さらに大きな、圧倒的な暴力で双方を屈服させることですわ」
ところが、まるで私の考えを読んで反論するかのように、ドーは理想論よりも、すでに起きている現実に目を向け、自分なりの解決策を示した。
「それでも、平和的に解決する方法はあるはずです。そもそも、喧嘩も戦争も、互いに欲しいものがあるから起こるんです。資源でも、領土でも、復讐でも、生存でも。その望むものを第三者が保証できれば、交渉を仲介できるのではありませんか」
「あの戦争の当事者たちは、馬鹿ではありませんわ。あなたのおっしゃるとおり、欲しいものがある。戦争以外の方法でそれを手に入れられるかどうかなんて、すでに数え切れないほど考えてきたはずよ」
そこまで言うと、ドーはティーカップを持ち上げ、少しだけ唇を湿らせた。
「もちろん、アルバス・アゴラが本当に、ほかに道があるのに思い至らず、無謀な戦争を選んだ愚か者という可能性もありますけれど」
お茶が気に入ったのか、ドーはカップを持ったまま、しばらくその中を眺め、独り言のようにつぶやいた。
やがてカップをソーサーへ戻すと、私を見下ろしながら口を開いた。
「けれど、その別の道をご存じないのは、あなたも同じではなくて? もし知っていたのなら、あなたのことですもの、敗北などせず、双方の望むものを手に入れて意気揚々と帰ってきたでしょう。少なくとも、今ここでこんなふうに、惨めったらしくしてはいなかったはずですわ」
非難するように、彼女の指が私へ向けられた。
「もう一度申し上げますけれど、わたくしが最善だと思う方法は、あの二人の愚か者を武力で圧倒することですわ。争いは速やかに終わり、双方に対して、わたくしの発言を何より優先させられる。対価を払わずとも、欲しいものはすべて手に入りますの。こんなに簡単で合理的な方法を諦めさせて、ご自分の意地を通したいのなら、ご自身で方法を見つけていらっしゃい。実現できるものをね。方法も示せず、他人のすることにいちいち横槍を入れるだけの、役立たずの理想論者など、死んで当然ですわ」
『……この女性は本当に殺しそうだから怖いな』
そう思いながらも、私はなお、気力のないまま意地を張った。
「それでも、暴力はいけません。ほかの方法は……私が、何とか……」
だが、その意地すら最後まで言葉にできなかった。まさしく、死を受け入れてしまったような有り様だった。
「見苦しいわね」
いつの間にかうなだれていた私の顔をのぞき込み、ドーがぽつりと言った。
「……好きなだけ、責めてください」
冷たくなった表情を見て、私は陰鬱な声で答えた。
「よろしいわ。ご本人のお許しもいただけたことですし、最後まで責めて差し上げましょう」
本当に殺しにかかるのではないかと内心身構えた、そのとき。ドーは思いもよらないことを口にした。
「陰気な方ね。あなたは最初から最後まで、嘘ばかりついていらっしゃる。わたくしにも、ご自分にも」
「何を……?」
「敗北して、ご自分の過ちで人が死んだから、失意のあまり何もできなくなった、と? それが嘘だと申し上げているのよ」
彼女の眼差しが私を射抜いた。何もかも見抜かれたような気がした。
「あなたはただ、遊んでいたかっただけ。何もかもから逃げ出して、何もしたくなかったのよ」
「……」
その言葉を聞いた瞬間、頭に浮かんだのは、会社から逃げ出し、家に引きこもってゲームばかりしていた自分の姿だった。
将来のために貯めていた金を、むなしく食いつぶし、自分自身を駄目にしていく生活。
もちろん、数日でこの世界へ引っ張り込まれ、偶然うやむやになった。だが、もしあのまま暮らしていたら、貯金が底をついたとき、私は別の仕事を見つけて、生きていけただろうか。
自分でも、そう言い切ることはできなかった。
「何を根拠に、そんなことを……」
だが、この女性がそんな私の事情を知っているはずがない。
「すでに一度、逃げ出していらっしゃるでしょう?」
しかし、続く彼女の言葉に、手が震え始めた。
『まさか、本当に知っているのか? 私の過去を? 私の正体を? この女性はいったい何者だ? まさか、ソチエ……』
「ナパズ帝国から」
パニックに陥り、荒唐無稽な飛躍を始めた私の思考を断ち切るように、ドーは言い添えた。
「冷酷な後継者争いから尻尾を巻いて、ここケイナンへ渡り、エンジェル孤児院で成人するまで何もせずに過ごした。そうして成人した途端、追い出されるようにファインギルドへ就職したら、一日もたたないうちにオウガが領地を襲撃。それを見事に解決したかと思えば、今度は復旧のための激務に次ぐ激務、そして一か月の出張。あら、逃げ出したくなるのも無理はありませんわね」
「……」
振り返れば、本当にそのとおりだった。
私がこの体に憑依する前の作り話は関係ないとしても、この世界へ来てからは、アゴラ領を少し見て回ったとき以外、まともに休んだことがなかった。
『ブラック企業の激務に耐えられなくて会社を辞めたのに、異世界へ来ても、休む暇なく働いていたんだな……』
ここまでくると、私は社畜になる運命なのだろうか。
「けれど」
けれど。
「それでも、あなたは逃げてはいけないでしょう?」
私は逃げた。敗北を言い訳に、自分でも気づいていなかった、引きこもりたいという欲望に従って。
パソコンのないこの世界で、部屋にこもってすることといえば女を抱くくらいしかないからと、あの女性、この女性にちょっかいを出しながら。
『違う! 私には今だって見えるんだ。あの幻が! オークが作って、私が売りさばいた、あの忌々しい斧が!』
大事なのは、何を求めて逃げたのかではなく、何から逃げたのかではないだろうか。
平和を愛すると自負する国の出身でありながら、たかが金に目がくらみ、平和を壊す選択をしてしまった絶望。私は、そこから逃げたはずだった。
「いいえ、人である以上、誰であろうと逃げてはいけないのよ」
しかし、私の思考とは関係なく続いたドー・シェパーチの言葉が、まるでその考えを否定するかのようだった。
考えそのものが間違っているのではなく、向いている方向が違うと告げられたような気がした。
私は何を考え違いしていたのか。
人は何から逃げてはいけないのか。
彼女は間を置かず、言葉を続けた。
「責任からは」
ドーの答えは、最初から最後まで、容赦なく私に現実を突きつけていた。




