表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/62

テロの犯人

「子爵様。率直に申し上げます。私たちはすでにアゴラ伯爵ともお会いしてきました」


「……そうか。それが本当なら、お前たちをここに拘束しておく必要はあるまい。本当なら、だがな」


案の定、マケット子爵は信じている様子ではなかった。


『それにしても、私の話を聞いてすぐに「拘束しておく必要はない」と言うあたり、わざわざアゴラ伯爵が私たちを生かしておく理由まで説明する必要はなさそうだな』


やはりマケット子爵は相当に有能な人物だった。


『なら、かえって話は早い』


「冒険者を使ってアゴラ領でテロを起こそうとしましたね? 上水道ではなく下水道に毒を流して、何を狙っていたのかは分かりませんが。その実行犯を捕まえたのが私です。今回の戦争は、それが原因で始まったんですよ」


私は昨日起きたばかりの出来事を、そのまま明かした。


まだ一日しか経っていない。現場にいた当事者でもなければ知り得ない事実だ。


ここまで話せば、有能な子爵なら、私がテロ犯を取り押さえた市民の英雄だという話までは信じなくとも、少なくとも私がアゴラと何らかの繋がりを持っていることくらいは推測できるはずだった。


だが、子爵の反応は意外なものだった。


「テロだと?  私が、いや、このマケット子爵領の誰かが、そのような愚かで恐ろしい真似をするというのか?」


「え? それは……」


私は思わず言葉を飲み込んだ。


一瞬、この子爵から、この世界の常識とはどこか異なる価値観を感じ取ったからだ。


「この近辺には我が領地とアゴラ領しかない。アゴラ領でテロが起これば、真っ先に疑われるのは我々だ。そうなればマケットは滅ぶ。お前の話では、実際そのせいで我々は危機に陥った。自ら進んで滅亡の危機を招くような真似を、なぜ我々がせねばならんのだ」


『……経済制裁への報復として、世界最強の国が領有する島を空襲した国があったけど。けともかく、結論としては……』


「つまり、アゴラ伯爵の自作自演だとおっしゃるのですか?」


「ふん、それは分からんさ。あのゴーレムのような冷血漢が、どこでまた別の恨みを買っていたとしても不思議ではあるまい」


『それは……確かに否定できないな』


政治というものは複雑だ。


近くに他の貴族がいないからといって、他勢力の関与を切り捨てることはできない。


『確かめる必要がある』


私はこの場を手早く切り上げ、隠された真実を探ることに決めた。


「ともかく、私たちは傭兵として来たんです。申し上げた通り、アゴラ伯爵とはすでに会っています。最初に子爵様へ提示した条件は、アゴラ伯爵が私たちに提示した条件より少し良い程度です。その条件を受け入れていただけるなら、今日中にアゴラ軍を撤退させてみせましょう」

「先ほども言ったが、武器については我々に利益が……」


「子爵様。武器というものは必要になってから買い集めるものではありません。普段から備蓄しておくものです。慌てて調達しようとした時には、もう敵軍は目の前まで来ているものですよ」


わざと話を遮って自分の主張に重みを持たせたが、子爵はやはり一筋縄ではいかなかった。


「そんなことは承知している。武器取引が我々に利益をもたらさぬというのは、すでに我々の武器は有り余っているからだ。これ以上は必要ない」


『まあ、いいか』


実のところ、武器取引は何としてでも成立させる必要のある交渉ではなかった。


ただ、ここへ来た目的そのものが利益の最大化だったから、少し欲を出してみただけだ。


この戦争の裏側に新たな局面が見えてきた今、それより重要なことがある。


今回は私が一歩引くことにした。


「分かりました。では武器の件はやめましょう。その代わり、木材をもう少し多く買ってください」


「その件なのだが」


武器取引を諦めた途端、子爵の口調は再び柔らかくなった。


『また何か気に入らないことでもあるのか。本当に手強いな』


ここまで来ると、小さな不満さえ湧いてきそうだった。


「木材ではなく、木そのものを持ってきてもらえないだろうか。生きたままの木を丸ごとだ。より難しい注文だということは承知している。同じ重さの木材より高く買おう」


だが今回は、それほど無茶な要求というわけでもなかった。


『いや、普通なら十分無茶な頼みだ。あの森の大木を丸ごと引き抜くなんて、並のC級実力者でも難しい』


子爵は私たちの実力を知っているからこそ、そんな依頼をしてきたのだろう。


『生きた木、か……』


私の脳裏に、死につつある山が浮かんだ。


「山を蘇らせるおつもりですか?」


「いや。あの巨大な水道橋が存続する限り、それは無駄な努力だ。そしてアゴラがあの水道橋を手放すことは決してあるまい。山を蘇らせるには、アゴラと決着をつけるしかない」


だが、マケットにはその力がない。


「でしたら……」


「平地に森を造るつもりだ」


私は頷いた。


「いい考えですね。分かりました。木は丸ごと引き抜いてお届けします。うまくいくことを願っています」


私は立ち上がり、子爵と視線を合わせた。


「これが鍵だ。状況が状況なのでな。私は先に行かせてもらう」


子爵は鉄格子の隙間から鍵束を差し出した。


「ありがとうございます」


戦場へと急ぐ子爵の背中に向かって、私は礼を述べた。


私たちは鍵で拘束具を外し、牢の扉を開けた。


「本当に良かったです。拘束具がB級以上のものだと分かった時は、さすがにひやひやしました」


私の用事が終わると、ウスキはすぐに嬉しそうに話し始めた。


「まあ、拘束具は壊せなくても、魔法を封じるだけで身体強化までは止められないからな。あれは体内でマナが流れるものだし。どうとでもなったさ」


「私はそうですけど、ご主人様は一般人じゃないですか。怖くなかったんですか?」


「子爵は誰が実力者か分かっていなかったからね。下手なことはしないだろうと思ってた」


もちろん最悪の事態にならないよう注意はしていた。


だが子爵の目的はあくまで、この戦争を生き延びることだった。だから何とかして私たちを味方につけようとするはずだった。


「やっぱりご主人様はすごいです!」


ウスキは目を輝かせながら私を褒めちぎった。


「会わないうちに、お世辞がずいぶん上手くなったな」


私は笑いながら、ウスキの頭を撫でた。


「さて、そろそろ行こうか」


「はい!」


これから、またあれをやるのか。もう二度とないと思っていたのに。


「……? ご主人様?」


行こうと言ったのに、自分ばかり見つめている私を、不思議そうに見上げるウスキ。


「スキちゃん……」


私は一度ためらい、それでも仕方なく口を開いた。


「おんぶしてくれ」


*


さっきはD級程度の速度しか出せなかったが、今度はウスキ自身が走ったため、アゴラ軍を避けて大きく迂回したにもかかわらず、およそ十分でアゴラ領へ戻ることができた。


ついでに言えば、帰りも水道橋の上へ登り、水路に沿って走ってきた。


城壁を素早く越えるためだ。


私たちは人目のない場所を選び、密かに降り立った。


「今回は誰にも見られなくて助かったな。お疲れ様、ウスキ」


「はい! ごちそうさまでした!」


にこにこと笑うウスキの顔は、つやつやと輝いていた。


『あんなに喜ぶなら、お尻くらいどうってことないか』


私がおんぶしてやる時と同じように、私を背負っている間、ウスキは熱心に私の尻を触って遊んでいたからだ。


「これからどちらへ行くんですか?」


まだ興奮冷めやらぬ様子のウスキは、まるで次のデート先を尋ねるように目的地を聞いてきた。


「フラヴィス商会だ。私たちと契約した商会なんだけど、そこで怪しい書類を見たんだ」


『カタカナがハングルに見える問題も直ったらしいし、もう一度読み直してみよう』


私たちはすぐにフラヴィス商会へ忍び込んだ。


商会の建物内に人影はほとんどない。


『徴兵の対象外だったとはいえ、私たちが去った後に戦場へ向かったみたいだな』


そう推測しながら、私たちは難なくフラヴィスの執務室へ忍び込んだ。


『確かこの辺に……あった!』


書類を見つけた私は、すぐにそれを開いた。


「水源地貯水量および河川流量測定のための資金援助申請


……


1,000,000ゴールド」


「測量結果:


導水路の流量は基準値未満。

基準を満たすためには水生成魔法が必要。


水道橋建設を強行した場合、マケット子爵領への直接的被害は必至」


「水道橋建設強行のための軍事力増強。


承認。


会主代理に命令:

必要な兵糧および武器を確保せよ」


『そういうことだったのか。やっぱり』


この戦争は、すべてアゴラ伯爵の強欲が招いた茶番だった。


そして――


『……下に、前にはなかった報告書が一枚増えているな』


「冒険者を利用したテロ自作自演作戦成功報告


……


バザール男爵領出身の傭兵マルコスによって、ついに発覚。


……


開戦の名分を確保」


『毒を上水道じゃなく下水道に流した時点で気づくべきだった』


私たちは利用されたのだ。


「ご主人様」


その時、黙って書類を見ていたウスキが静かに私を呼んだ。


「包囲されています。罠みたいです」


ウスキは、どこまでも落ち着いた表情でそう報告した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ