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タイトル未定2025/07/18 16:11

「襲撃だ! ゴブリンの群れが来るぞ!!」


御者が、大声でモンスターの襲撃を知らせた。


馬車が急に方向を変え、速度が増していく。


視界の開けた馬車の後方には、ゴブリンたちの姿が現れた。


馬車はゴブリンとは反対の方向へ逃げている。


「ニンゲン! ニゲタ! ケケッ! オウ!」


三十体近くはいると思われるゴブリンたちが、獰猛な咆哮を上げながら追いかけてきた。


どの異世界ものでもそうだが、この『ギルドタイクーン』というゲームでもゴブリンは最も弱い部類のモンスターだった。


『それでも、モンスターはモンスターだな。二足歩行のくせに、全力疾走する馬に追いついてるし』


馬に走らせるだけで振り切れるなら、護衛を雇う必要なんてなかったはずだ。


『今すぐにでもあの商店を試したいところだけど……』


現状に役立ちそうな「ゴブリンの餌」というアイテムが売られていたが、ポイントが足りなかった。


『ちょっと面倒でも、交渉ガイドの言うとおりにしておけばよかったな』


ともかく、今は俺が出る幕じゃない。


「最近、バザール方面は特にひどいな」


マルコスが不満げに立ち上がった。


「まったくですね。モンスターの数が妙に増えています」


アルバスも同調しながら、剣を抜いた。


二人のほかにも、三人の武器を持った者が立ち上がる。


皆、この馬車に雇われた護衛たちだった。


ここからは、彼らの出番だった。


ただ、その会話の中で気になる点があった。


『確かに……田舎の領地と小さな町を往復する馬車にしては、護衛の数が多すぎる気がする。つまり、それだけモンスターの襲撃が増えてるってことだ』


もちろん、俺はその理由を知っている。


この『ギルドタイクーン』の全体的なストーリーは、「魔族の世界との通路、通称“魔王ゲート”がまもなく現れる」という神託から始まる。


その魔王ゲートが出現する場所こそが、バザール近くの森なのだ。


魔王ゲート出現の前兆として、バザール領周辺でモンスターの襲撃が急増しているというわけだ。


『とはいえ、モンスターが魔王の部下ってわけじゃない。ただ、地震の前に動物が異常行動を見せるように、本能的に不安を感じてるだけなんだ』


つまり、不安を感じたモンスターたちがより活発に繁殖し、より凶暴になって人間を襲っているのだった。


『まあ、でも今は少し安心しても大丈夫か』


ゴブリンの不気味な声に、人生初の襲撃という状況でビビってしまったが、今は落ち着いてきた。


『もしこれがギルドの依頼だったら、ゴブリン三十体程度に冒険者五人なら余裕だしな』


しかもマルコスもアルバスも、ベテラン感のある頼れる護衛だった。


「御者!準備はできている!速度を落とせ!」


マルコスが馬車から飛び降りる体勢を取りながら叫んだ。


「なんだよ?偉そうなことばかり言ってたくせに、こんなスピードで飛び降りられねぇのか?情けねぇ奴だな。」


マルコスのすぐ後ろから、別の傭兵が突然絡んできた。


おそらく、マルコスの粗野な言動に不満を抱いていたのだろう。傭兵としての仕事が始まる今になって、牽制を仕掛けてきたようだった。


その言葉に、マルコスは鋭く振り返った。


「俺が先に飛び降りてる間、お前はのうのうとサボるつもりか?ふざけた真似はやめとけ。」


マルコスの声は冷たく響いた。


「ニンゲンノ馬車!トマレ!ヤ!ハナテ!」


その時、ゴブリンが叫び声を上げた。


「ビビったのか?」


しかし、先ほどの傭兵は意に介さず、さらに挑発してきた。


しかも、マルコスさえゴブリンに背を向けたまま、まったく動こうとしなかった。


「マルコスさん!ゴブリンたちが矢を撃つって言ってますよ!早く避けてください!」


「は?何わけのわからねぇこと言ってんだ?」


俺の焦った声に、マルコスは不可解な顔をしながらゴブリンの方を見やった。


「プハッ!なんだよコレ、斬新なバカってやつか?ゴブリンが矢を撃つだと?二十年傭兵やってきて、そんなバカな話聞いたこともねぇわ。頭おかしいんじゃねぇのか?プハハハ!」


マルコスに絡んでいた傭兵は、露骨に俺を嘲笑った。


「いや、だって本当に……そう言ったのを……」


俺は他の人たちの同意を求めて顔を向けた。


『なにこの反応?』


向けられた視線は、さっきの傭兵と同じく冷ややかだった。


『あのゴブリンたち、確かにそう言ったじゃないか!』


その理不尽さに言い返そうとしたその時だった。


「伏せろ!!!」


マルコスが今までに見せたことのない真剣な表情で叫び、馬車の仕切りの裏へと飛び込んだ。


その直後、馬車の後方にある開いたキャノピーの隙間から、矢の雨が一斉に降り注いできた。


マルコスのすぐ後ろに立っていた傭兵は、体中に矢を受けてその場に崩れ落ちた。


「うわああっ!」

「な、なんだ!?」

「ほんとに撃ってきたぞ、ゴブリンが矢を放ったんだ!!!」


馬車の中は一気に混乱に陥った。


幸いにもキャノピーは予想以上に丈夫で、影にいた他の人々は無事だった。


「ど、どうします?! 速度はこのまま落とし続けますか?!」


混乱の中、御者が焦った声で叫んだ。


馬車の壁に身を隠していたマルコスが外を覗き込むと、大声で答えた。


「そのまま速度を落とせ!あいつらは単発のクロスボウだ!再装填に時間がかかる!今こそ攻撃するチャンスだ!」


そう叫ぶと、マルコスは戦斧をしっかりと握り直した。


そして、ためらうことなく馬車から飛び降りた。


人が死ぬという緊迫した状況でマルコスが先陣を切ると、他の者たちもようやく我に返ったようだった。


マルコスに続き、冒険者たちが次々と馬車から飛び降りていく。


最後に降りる前、アルバスが俺を一瞥し、短く告げた。


「矢がまた飛んでくるかもしれません。皆さんはできるだけ身を隠していてください。我々がすぐ片付けてきます。」


アルバスが飛び降りて間もなく、馬車は完全に停止した。


遠くない位置から、激しい戦闘の音が響いてきた。


戦闘に不参加の俺たちは、無残な遺体に手も出せず、ただ息を殺して待つしかなかった。


『……終わったのか?』


そう長くもかからず、戦闘の音が収まり始めた。


やがて、戦っていた者たちが次々に馬車へと戻ってきた。


予想通り、誰も深刻な怪我はしていないようだった。


『ゴブリンの血まみれになってるけど……』


少なくとも、重傷者はいなかった。


()()()()()()さん……で合ってますよね?お名前が印象的だったので……違っていたらすみません。」


アルバスが唐突に俺の名前を確認してきた。


『出発の時に名乗っただけなのに、よく覚えてたな』


「はい、そうですが……何か問題でも?」


その瞬間、アルバスの目つきが変わった。


「どうして、ゴブリンが矢を放つと分かったのですか?」


疑念に満ちた視線だった。


その問いに、馬車内の全員の目が俺に集中した。


「分かったも何も、ゴブリンがそう言ったからじゃないですか。」


俺の答えに、周囲の目がさらに疑いを強めていくのがわかった。


「念のためにもう一度確認させてください。私が()()()()()()さんの言葉を誤解した可能性もあるので。」


『フルネームで呼ばないでほしいんだけど……』


そんな心の中の不満が聞こえるはずもないアルバスは普段とは違い、真剣な口調で続けた。


「あなたは今、ゴブリン……つまりモンスターが人語を話したと言っているのですか?」


「……」

「……」


重苦しい沈黙が馬車を包んだ。


『人語を話さない?じゃあ、俺が聞いたあの声は一体何だったんだ?』


頭が混乱してきた。


『落ち着け。』


人は、疑っている相手が何も言い返さなければ、自分たちの勝手な推測で事実を決めつけてしまう。


しかも今は、人が一人死んでいる非常時だ。


どんな形で怒りの矛先が向けられるか分かったもんじゃない。


『何でもいい、何か言っておこう。』


「え……つまりですね……」


とにかく口を開こうとしたその時だった。


()()()()()()さん。」


アルバスが俺の名前を呼んだ。


「……は、はい?」


緊張で喉が詰まり、返事をするのも一苦労だった。


内心ビクビクしていたその時、アルバスは微笑を浮かべて言った。


「もしかして、女神様の恩恵を受けた方ですか?」


「……え?」


今度は人々の視線がアルバスへと移った。


「どういう意味だ?まさか、こいつが……いえ、この方が勇者様ってわけじゃないだろうな?」


マルコスはどこか焦った声で尋ねた。


つい敬称を使ってしまうあたり、万が一を警戒しているのがありありとわかった。


「いえ、それは違います。」


アルバスはマルコスの推測を即座に否定した。


「幸運にも、私は実際に勇者様にお会いしたことがあります。この方とは別人です。」


勇者を直に見たという事実に、周囲から羨望の眼差しが向けられた。


『今では勇者のイメージも崩れ気味だけど、この世界じゃまだ崇拝の対象なんだな。』


アルバスは構わず話を続けた。


「稀ではありますが、勇者でなくとも女神様の恩恵を授かる方がいらっしゃいます。その能力は勇者とはまた違った、不思議なものが多いのです。」


その説明に、冒険者や傭兵たちの興味が俺に集中した。


『そんな設定、初耳なんだけど?』


『ギルドタイクーン』はその名の通り経営シミュレーションゲームだったから、そんな要素は必要なかったはずだ。


『もしかして、隠し設定みたいなものか?』


女神の恩恵。そういうものが存在するなら、目の前に浮かぶホログラムのような画面も納得がいく。


まるで俺の考えを肯定するように、アルバスはさらに語った。


「女神様の恩恵はその形は一定ではありません。」


『ってことは……』


目の前に浮かぶインターフェースのような機能も、完全にあり得ないわけじゃない。


「外見上は似ていても、作動方式が違ったり、能力の優劣があったり、まったく異なる能力が一つに見えることもあります。」


『俺のはまさにそれだな。』


気づかぬうちに頷いていた。


「ただ、その中でも特に有名な恩恵の形があります。」


『まさか、ここでまたチート能力が!?』


「女神様の恩恵の中で、最も機能的には地味ですが、希少性が高く、大陸を旅する勇者様には必ず与えられるという、あの能力。」


俺を含め、皆の好奇心が最高潮に達していた。


「自動翻訳機能です。」


『……は? 翻訳!?』


密かにモンスターを仲間にするような能力を期待していた俺は、完全に予想外の答えに拍子抜けしてしまった。

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