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夜中の会話

「え、ええと、それを君がどうして……知ってるの?」


ケンサマが私の言葉に反応して問い返してきた。


彼女は依然としてお腹を押さえたままだ。


『だったら最初からそんな格好するなよ……』


心の中でツッコミつつも、私はとりあえず質問に答えることにした。


「孤児院にいた頃、いろんな話を耳にしました。外から来たお客さんと母が話しているのをよく盗み聞きしてたんですよ」


『もちろん、全部でっちあげだけど』


ゲームで得た情報だなんて言えるわけがない。さっき警備隊長から聞いた養母の正体をうまく利用した嘘だった。


「ふむふむ、そういうことですか」


「は? ちょっと待って。君の出身地の孤児院長が、まさか情報屋か何かってこと?」


「え?」


警備隊長は納得した様子だったが、ケンサマの反応は見当違いだった。


『それって公然のじゃなかったのか?』


私は困惑して警備隊長に視線を送ると、彼は少し咳払いをしてから口を開いた。


「コホン……マサカオーガさん、先ほどお話ししたあなたの母君に関する件は、本来口外禁止となっております。あなたに隠さなかったのは、あなたがアンジェラ様の養子であるからこそ。先に申し上げなかったのは、私の不手際です」


『なるほど、そういう事情だったのか……』


警備隊長が語ったアンジェラの人物像は、彼女を尊敬する者の口から出た言葉だったからこそ、私は素直に受け入れることができた。


だが、バザール男爵の視点ではどうだろうか?


セラに政略結婚を強要するような男が、駆け落ち同然で平民と結婚した妹をどう思っているのか……想像に難くない。


「ま、とにかくこの件についてはまた後で機会を設けて話すとして、今は続きをお願いします」


警備隊長が好奇心いっぱいのケンサマをなんとか宥めながら話を戻そうとした。


「承知しました。実は、そのスパイがマヤギルドの独断で派遣されたと考える根拠は、他にもいくつかあるんです」


私は話に興味を持ってくれそうな二人に向かって、そう切り出した。


「ほう、それは何ですかな?」


「まず一つ目は、スパイを送った目的です。つまり、利害をきちんと計算してみようって話ですね」


私は少し喉を鳴らし、説明を始めた。


「現在、バザールとシュクはお二人もおっしゃったように、和解ムードにありましたよね。では、もし何も起こらずその状態が続いた場合、シュク領が得るものは何でしょうか?」


「この辺り一帯に広がる広大な森に一番近いのは、実はバザールよ。シュク領からじゃ、一日多く野宿しないと森に辿り着けない。でも、バザールと和解すれば、バザール内に拠点を置ける。そうすれば、もっと楽に木材を採りに行けるようになるわけよ」


ケンサマは、いつの間にか私の話に完全に入り込んでいたのか、さっきまでのお腹ガードをすっかり忘れていた。


『フリーの冒険者は情勢に敏いけど、ギルドに所属するとむしろ疎くなるって言うよな……でもこの人はちゃんと分かってる。さすが〈領主の剣〉……助かった』


実を言うと、この時期にバザールとシュクの間で何があったのか、私はまったく知らなかった。ゲームには出てこなかったからだ。


だから一つ目の根拠として口にしたことも、実際は相手の反応から情報を引き出すためのハッタリだった。


「ご明察です。他にも得られるものはありますが、一番大きなポイントはそこでしょう」


私は平然と頷いてみせた。


「では、その結果として得られる利益をざっくりと数値化してみましょう。たとえばモンスターの襲撃による木材や人材の損失が五割以上減ったと仮定すると、その経済効果を金銭で換算してみてください」


「ええと……うん、大体は見積もったわ」


『もうできたの!?』


ケンサマは、意外にも金勘定が早かった。


「それなら、シュク男爵がバザール領主をスパイして得られる利益が、それを上回るかどうか、ですよね?」


私は、あくまで彼らに“気づかせる”という態度で問いかけを続けた。まるでソクラテスのよに。


「それはないわ。どう転んでも、シュクの損。仮に領主様の致命的な弱みを握れたとしても、それを利用して得られる利益は到底そこまではいかないもの」


その弱みを使って拠点を無理やり作っても意味がない、と思う人もいるかもしれない。


『それはこの世界を知らなすぎる証拠だ』


例えば、そんな拠点に集まったシュクの伐採隊を、冒険者を雇って皆殺しにして、後からしらを切る――そんなことだってできるのだ。


なお、それ以前に、本当に致命的な弱みを握られたとしたら、バザール男爵は捨て身でシュク男爵を暗殺しようとするかもしらない。いや、きっとする。


ケンサマは、その辺まで見越して発言していた。


「ふむ、確かに……話を聞く限り、シュク男爵にはスパイを送る動機がないですね」


警備隊長が納得した様子で頷いた。


「そうね。でも、他の根拠も気になるわ。教えてくれる?」


ケンサマはさらに詳しく聞きたそうに、私に話を促してきた。


『ていうか、いつからタメ口になってた?』


疑問に思いはしたが、わざわざ指摘する気にはなれなかった。なぜか彼女のタメ口が、嫌ではなかったからだ。


私は素直に、残りの根拠も一つひとつ説明していった。


推理したり、気づいたことを述べたりしているうちに、思っていたよりもずいぶん時間が経っていた。


「……以上です」


気づけば私は、上司に報告するような態度で話を終えていた。


「うん。君の挙げた根拠、どれも納得できるものばかりだったわ。ご苦労様」


「ありがとうございます」


『うわ、なんでこんなに自然なんだろう……』


彼女の労いの言葉に対して、ごく自然に礼を言った自分に、私は小さく首を傾げた。


「気づけばもう二時間ほど、休まずに話されていましたね。こちら、もう一杯どうぞ」


警備隊長が、空になった私のカップにお茶を注いでくれた。


「ありがとうございます……え? ちょ、ちょっと待ってください! 今、何時間って言いましたか?」


私は慌てて問い返した。


「ええ、ざっと二時間くらいでしょうか」


居酒屋に行ったのが九時、騒ぎの後にここへ連れてこられるまで約一時間。


そしてこの場でさらに二時間も座っていたというのか?


『やばい!』


私は勢いよく立ち上がった。


「お茶はありがたいんですが、先に失礼しますっ!」


「え? 何かあったの?」


ケンサマがすっかりリラックスした様子で訊いてきた。


「門限! 門限があるんです! 今すぐ帰らないと……!」


──コン、コン、コン。


そのとき、静かで丁寧なノック音が響いた。


気のせいだろうか? 音の出どころが少し低く感じた。


「どちら様……って、何かありましたか?」


「え、あ、や、う……っ!」


警備隊長は返事をしようとして、私の顔を見て凍りついた。


どうせ私は、今、恐怖で顔色が真っ青なんだろう。


「まさか……あんた、借金してるのか?」


「そですか。ファインギルドの有名なルールでしょね。借金した者は、夜明け前に帰還しなきゃいけないって……」


──ドン! ドン! ドン!


「ひぃっ!」


返答がないと分かると、ノック音が一気に荒々しくなった。


「チッ!ウスキさんと喧嘩はしたくないんだけど……」


そう言いながら、ケンサマはどこからともなく抜き身の剣を取り出していた。


「た、助けてくれるんですか?」


私は一縷の希望にすがるように、必死で声をかけた。


「まぁ、多少は私の責任でもあるし。ウスキ姉さんは私が引き受ける。君はその間に宿舎まで走って。とにかく形だけでも帰れば大丈夫だから」


「は、はいっ!!」


私は頭がもげそうなほど勢いよく頷いた。


ケンサマの話だけ聞けば、まるでウスキと一緒に仲良く帰るだけみたいに聞こえるかもしれない。


でも、そんな単純な話じゃない。


私がここまで怯えている理由。ケンサマが戦う前提で構えている理由。ウスキがこのルール違反を「鬼ごっこ」と呼ぶ理由。


「では、そろそろ開けますね。あの人の性格だと、そろそろドアをぶち壊すつもりでしょうし」


人権がない世界とはいえ、それが即ち万人が皆、互いに争う世界というわけではない。


この社会にも、それなりの法律とルールがある。


ただ、そのルールを破った時に、他人の対応が極端に変わるだけだ。


「それでも人にやりすぎじゃないか」という同情は、一切ない。


ルールを破った者は、殺されようが拷問されようが、ただの見世物に成り下がる。


そしてウスキは、ファインギルド寮の規則──すなわち借金者の外泊禁止を破った者には、容赦がない。


いや、むしろ楽しんでいる。


娯楽のない田舎の生活。病気の母を気にして遠出もできず、殺風景な建物で掃除ばかりの日常。


溢れる才能を持ちながら、それを自ら封じた人生。


ウスキは、そんな退屈な毎日に飽き飽きして、刺激を求めるOLのようなものだ。


違うのは、本物のOLは韓国ドラマみたいにイケメンで優しくて金持ちな相手との恋を夢見るけど、ウスキは規則を破って「いじめてもいい存在」になった者を死ぬ寸前まで追い詰めて楽しむタイプのサイコという点だ。


「今、開けます」


警備隊長がドアの前に立ち、向こう側へ声をかけた。


そして扉を開けた。


「警備隊長さん、こんばんは? 本当にお疲れ様です。いつも感謝してるんですよ? でもね、だからって――うちのルールを破った子をこうして隠してるのは、ちょっと見過ごせません。口頭で抗議しておきますね。マサカオーガ、さっさと引き渡してください。死にたくなければ」


開かれた扉の向こうには、心から楽しそうな顔でにっこり笑いながら、警備隊長に罵声を浴びせるウスキの姿があった。

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