C級たち
8/7 エピソード18の変更点
モンスターが襲来するまでの残り時間に誤りがありました。
3時間を4時間に変更いたします。
混乱を招いてしまい、申し訳ありません。
「とにかく、中へお入りください」
衛兵隊長は年の功を活かし、落ち着いた態度でウスキを迎え入れた。
「ありがとうございます」
ウスキは丁寧で優雅に礼を述べ、部屋の中へ入ってきた。
『交渉ガイド!』
私は恐怖を必死に抑えながら、ウスキに向けて交渉ガイドを起動した。
「交渉を開始します。
交渉当事者:政嘉男・宇賀、ウスキ
交渉タイプ:停戦協定
交渉目標:ウスキの撤退
交渉のヒント:
① 相手の戦闘目的は遊戯です。遊戯から得られる満足以上の精神的満足を与える貢物が必要です。
② あなたは現在、相手を満足させる貢物を所持していません。
③ 相手の精神的不満の決定的な原因が存在します。それを攻略してください。
④ ウスキの母親は長年『マナ回路過活性化の呪い』による慢性的な疲労に悩まされています。専用の解呪ポーションを用意してください。
※ 解呪ポーション・レシピ:
……
水:1kg
マナ草:30g
ゴブリンの血:4g
ホブゴブリンの心臓:1個
アイスフラワーの花粉:0.8g
C級魔術師のマナによる氷:100g
……
⑤ 推奨戦略は『貢物』です。」
『やっぱりな』
一応と思って交渉ガイドを開いてみたが、予想通りの内容だった。
『ウスキのお母さんの病気が関係するだろうとは思ってた、まさかポーションのレシピまで出てくるとはしらなかったけど…』
問題は、これをどうやって説明するかだ。
交渉ガイドを開くまでの私も含め、バザールの誰ひとりとしてウスキの母親の病が何なのか、どうすれば治るのかを知らなかった。
ここでいきなり「お母様の病を知っています、治せます」と言って、ウスキが素直に信じるだろうか?
今の私は、寮の規則を破った“いじめてもいい子”扱いだ。
一度でも規律を破って信用を失った相手が、相手の逆鱗に触れる発言をしたら、信じられるどころか、逆に怒りを買うに決まっている。
『それに、今すぐ揃えられる素材じゃないし』
マナ草やゴブリンの血みたいなものは比較的簡単に手に入るけど、アイスフラワーの花粉やホブゴブリンの心臓となると、希少素材の採取依頼でも難易度はB級並みだ。
バザールでは滅多に見かけないC級魔術師がウスキ本人というのが、せめてもの救いか。
『……待てよ。アイスフラワーの花粉とホブゴブリンの心臓……どこかで見た気がする。……あっ!』
妙な既視感に駆られて少し考えてみたところ、思い出した。交渉準備ショップに並んでいたアイテムだ。
慌ててショップを開いてみた。
「……
所持ポイント:1010pt
……
・[アイスフラワーの花粉]
万年雪の上に咲く氷の花の花粉です。壊れたマナ回路を修復する効果があります。
(150,000pt)
・[ホブゴブリンの心臓]
全大陸で500年に一度現れるホブゴブリンの心臓です。すべての呪いを浄化する力があります。
(1,000,000pt)
……」
「……」
たしかに両方ともショップにはあった。だが、目玉が飛び出るほど高い。希少素材とはまさにこのことだ。
「ウスキさん、こんにちは。お噂はかねがね伺っております。私はケンサマと申します。どうぞよろしくお願いします」
しばし呆然としていた私の前にケンサマが立ちはだかり、ウスキに丁寧に挨拶した。
「ええ、私もお噂はたくさん聞いています。“領主の剣”だなんて、素敵な呼び名ですね。こちらこそ、よろしくお願いします」
ウスキも礼儀正しく挨拶を返した。
「率直に申し上げます。マサカオウガさんが門限を破ったのは、私の責任です。ですので、彼を解放していただけませんか?」
「まあ〜義理堅い方ですね。では、私も率直にお答えします。イヤです」
二人の間にピリピリとした緊張が走る。
ケンサマは、何も持っていなかった腰に手をやり、剣を抜く仕草をした。
すると――本当に空間から剣が現れて抜かれた。
「本当はウスキさんと戦いたくないんです。もう一度お願いします。マサカオウガさんを解放してください」
「ふふふ、私は“領主の剣”と呼ばれる方の腕前、とても気になりますけど? 解放することはできますよ。どうせ逃がすつもりでしたから。10分くらい? そのくらいの方が鬼ごっこも楽しくなるでしょ?」
「はあ……それなら、せめて30分だけお時間をいただけませんか? それくらいあれば、一般人でもギルドまでたどり着けるでしょうし」
「ふふ! それはありがたい申し出ですね。C級の実力者と戦う機会なんて滅多にないですから、すごく楽しみです。20分、お渡しします」
「……それを自分勝手に決めるなんて、ちょっと傲慢じゃないですか?」
「あら、失礼」
二人の周囲には、いつの間にか何とも言えない空気が流れていた。
ケンサマは私をちらりと振り返って言った。
「聞いてたでしょ? ギルドまで一直線に走りなさい。絶対に立ち止まらないで。早く!」
彼女の言葉が終わると同時に、私は走り出した。
---
警備隊長は年配ではあったが、いまだにD級の中でも最上位に位置する実力者だった。
そんな彼の内臓がひっくり返るような感覚を覚えるほど、ウスキとケンサマ――セラの放つ圧力は凄まじかった。
「ふむ……」
しかし、そんな中で先に気迫を解いたのはウスキの方だった。
「せっかくだし、正式にやりましょうか? ここでそのままやり合ったら、警備隊長さんにご迷惑でしょうし。ちょうどここは警備隊本部ですしね。警備隊長さん、演習場をお借りしてもいいですか?」
「はっ、はぁっ、はい、よ、喜んで……」
警備隊長は詰まっていた呼吸をようやく吐き出し、苦しげにうなずいた。
「わかりました」
セラも大人しく頷いた。
三人が演習場へと場所を移すあいだに、警備隊内では噂が一気に広まっていった。
「C級同士のバトルだって!?」
「こんな見物、滅多にないぞ!」
「どっちが勝つかな?」
「そりゃケンサマに決まってるって。ウスキさんはずっとギルドの奥に引きこもって、戦闘とは無縁の管理係だったんだろ? 五千ゴルド賭けるぜ」
「おおっ、じゃあ俺は逆にウスキさんに五千ゴルド賭ける! ウスキさんって昔から天才だったらしいし、隠し玉があるかもだしな」
「賭けるのか? いいね! 久々に一儲けするか! おい、寝てる奴も全員起こせ! 賭けの規模広げようぜ! 全部ぶっこめ!」
そんな調子で、演習場へと観客が雪崩れ込んでいった。
「うふふ、こういう空気、王都のギルドアカデミー時代以来ですわ。ケンサマはどうです……の?」
騒がしさを増していく演習場を見渡しながら満足げに微笑んでいたウスキだったが、セラの姿に気づいた瞬間、言葉を止めた。
セラはしゃがみ込み、必死にお腹を隠していた。
「……なにしてるの?」
「いや、その……やっぱやめましょ! マサカオウガの奴を追いかけてください! 私はこれで!」
セラはなおもお腹を押さえたまま、へっぴり腰で逃げ出そうとした。
ウスキは小さくため息をつきながら、その前に立ちはだかった。
「なんだ? 見えなかったぞ!」
「まだ始まってもないのに……あれがC級か?」
ウスキがその場から消え、セラの目の前に現れるまでの過程は、周囲に集まっていた警備隊員たちだけでなく、間近で見ていた警備隊長の目にもまったく映らなかった。
「私、恥ずかしいから、お願い、行かせてください……マサカオウガの奴、殺すなり生かすなり、どうでもいいから……」
「このまま逃げたら、君の正体を全部バラすよ。セラ」
「……!?!?」
ウスキの囁きに、セラは驚いて反射的に背筋を伸ばした。腹部を隠さなきゃという意識は、一瞬で吹き飛んでいた。
「驚いた?」
「ウスキさん……!? そ、それをどうして……?」
「いつものように“好ちゃん”って呼んでくれないの? 悲しいよ……」
「あっ、ごめ……スキちゃ……じゃなくて! どうしてわかったのよ!?」
ウスキはおどけたように笑いながら、説明を始めた。
「精神干渉魔法。虚像を作り出す幻影魔法とは違って、文字通り相手の精神に干渉して幻覚を感じさせる魔法よ。知ってるでしょ?」
「……まさか」
セラはそれだけで察したようだったが、ウスキはあえて最後まで言葉を続けた。
「つまり、精神干渉魔法は、魔法の腕が良ければ良いほど、破るのも簡単なの。自分の精神さえ守ればいいだけだから。ケンサマがセラだってことは、前から知ってたわよ」
その言葉通り、セラは自分の体型をごまかすため、幻術ではなく精神干渉――幻視の魔法を使っていた。
それが、かえってウスキには正体を見抜かせる結果になったのだった。
「じゃあ、まさか出自まで……」
ケンサマがセラであることも秘密だが、セラがバザールの令嬢であるということもまた、今は明かせない秘密のひとつだった。
セラは、それもバレたのではと問おうとした。
「うん。今も私にはセラの本当の姿が見えてるよ」
「……え?」
ところが、ウスキはにやりと笑い、突拍子もないことを言った。
「可愛いなぁ、セラのおへそ」
「……へ?」
セラの思考が一瞬止まった。
「!?!?!?!!!?!?!!」
そして数秒後、仮面さえも赤く染まったのではと思うほど、全身で強烈な羞恥を体現しながら、セラは悶え始めた。
「本当に行かせてよ! 恥ずかしいの! 今日はもう外にいたくない!」
ふたたび腹を隠しながら絶叫するセラ。
「あはは、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに」
しかし、ふざけているように見えたウスキの発言は、実はセラの問いに対する一種の答えでもあった。
いや、むしろセラが自ら答えを差し出してしまったと言える。
「セラが平民だったら、そんなに恥ずかしがることはなかったはずよ」
だが、自身の正体がすでにバレていると半ば確信していたバザールの令嬢である彼女は、それを聞いてもさほど動揺はしなかった。
「秘密を守りたいなら、興を削がないでね。実はね、ずっと前から一度セラと戦ってみたかったの」
「ひぃん……わかったわよ……」
ウスキの脅しと説得に、セラは涙目で観念した。
そしてふたりは、再び適度な距離を取り、構えを取った。
「いよいよ始まるのか……?」
気迫を高めるふたりと、その裏で繰り広げられていた喜劇に満足したギャンブラーたちによって、演習場の熱気はさらに高まり始めた。
――オーガがバザールを襲うまで、あと30分。




