第四十四話 神の降臨
五大領域が激しく戦火に呑まれている様をその目で見届けたことで、パーリセウスの創世の瞳からは、もはや一片の迷いも消えていた。守護神の力が制衡されている今、この眼前の災厄の根源を一刻も早く断つほかに道はない、彼はそう理解していた。
胸中を巡る感情は、もはや焦燥でも羞恥でもなかった。そこに残っていたのは、ほとんど氷のように冷えきった決意だけである。
もし塵世が、本当に世界の一部を切り捨てなければ全体を守れぬところまで追い詰められているのだとしたら、少なくともその前に、目の前に立ちはだかる逆世守護神どもと、奴らが切り裂いた裂隙のすべてを、まとめて打ち砕かなければならない。そうしてこそ、彼が愛するこの世界を、そして彼の女神――トリヤ・スペースを、少しでも守り抜くことができる。
パーリセウスはゆっくりと顔を上げた。全身から光が溢れ出し、その体躯は次第にソロムネスと同等の大きさへと拡大していく。
次の瞬間、十二本の剣が彼の背から胸を貫いて現れた。だがそれは、単なる剣というよりも、むしろ螺旋状の杖に近い異形だった。花弁が開くように刃がゆるやかに展開し、一振りごとに巨大な剣の姿を成していく。いずれもパーリセウスの胸を貫くように顕現していた。それはただの金属剣ではない。十二元素が彼の肉体と魔力回路に完全接続し、強制的に外へ顕れた形態そのものだった。
「剣心・十二元素の螺旋剣」
【炎】【水】【木】【雷】【氷】【風】【土】【光】【闇】【龍】【無】【幻】
十二種の力が、それぞれ剣を軸として同時に展開される。そして、ゆっくりとパーリセウスの肉体から離れていくと、彼の両側に浮遊し、まるで剣と元素によって構成された十二枚の翼が生えたかのような姿を形作った。
その瞬間、すでに逆世の気配によって乱されていた宇宙そのものが、この魔力の顕現に息を呑んだかのように静止した。宇宙を荒れ狂う魔力の奔流、空間に砕けた裂隙の縁、四方へ漂う滅びの黒霧――そのすべてが、十二本の螺旋剣の放つ威圧のもと、一瞬だけ凝り固まる。これこそが、パーリセウスが一度に解き放てる最大出力の魔力だった。
パーリセウスは創造と幻想の双剣を胸前で交差させる。紅き六芒星を宿す創世の瞳は、次の刹那、烈光を帯びて一気に輝度を増した。直後、背後に十二の元素剣翼を従えたまま、彼は戦場へと突入する。その一つ一つの力は、いずれも虹神の【轟天】に比肩する威力を帯びていた。
ソロムネスが毀滅の剣を振るい、それらの元素攻撃を撃ち砕こうとした時には、すでに遅かった。パーリセウスはもう彼の懐へ踏み込んでいたのである。傍らの氷の剣と光の剣が同時に輝きを放つ。ソロムネスは毀滅の剣ごと、その周囲の空間を丸ごと凍結させられた。無論、ソロムネスはすぐさま毀滅の剣の力で氷の拘束を破る。だがその直後、氷塊の中から光の鎖が突き出し、その肉体を貫いて再び彼の動きを封じた。
その一瞬で、パーリセウスはすでに双剣を携えて間合いに入り込んでいる。そしてソロムネスを、再び三つに断ち割った。
次の瞬間、パーリセウスの背後に浮かぶ、膨大な魔力を宿した元素剣がすべて一斉に射出される。正面から、迫り来る逆世守護神アロデロスと、残る三体の怪物へ向かって叩き込まれた。
刹那、【轟天】十二発分に匹敵する元素爆発が、逆世守護神たちのいる空間を呑み込んだ。爆轟の衝撃波は、かつて暗の領域であったこの空間の内部へと収束し、空間構造そのものを完全に狂わせる乱流へと変貌する。だが、その破滅的な余波が他の領域へまで及ばなかったのは、トリヤの制御が働いていたからにほかならない。
爆発が生じるその最中にも、パーリセウスの背後では再び十二色の光が瞬き始めていた。放たれた元素剣は、彼が新たな魔力を注ぎ込むことで、再びゆっくりと完全な姿へ修復されていく。
無論、戦争はこれで終わりではない。だが、今の元素攻撃は逆世守護神どもに対する明確な先制打となった。そして同時に、トリヤが開いていた七つの巨大な白門も、この瞬間ついにすべて完全に開かれる。
塵世を支えている守護神は、目の前にいる数柱だけではない。トリヤ・スペース、ガリシュ・タイム、フルガ、卍グラス、プルドリセのほかにも、なお七柱がこの宇宙の秩序を支えている。
そして白門から現れたのは、その残る七柱――いずれも巨大なる塵世守護神たちであった。
構造の神・セウロ。
巨大な一対の翼を背に持ち、上半身を露わにした白髪の男性神。手にした武器は、二つの三日月が環状の刃を挟み込んだかのような異形の剣であった。
魂魔の神・無・ゼラルセウス。
半透明の人型神。その肉体は煙と光を編み合わせたように揺らぎ、青い双眸が前方の逆世守護神を鋭く見据えている。
平和の神・ヘルガティラ。
銀河と星辰を織り上げた礼装をまとった女性神。手には惑星核のような光を放つ宝石の杖を握り、その杖先を静かに敵へ向けていた。
贖罪の神・ケンデルー。
左手に巨大な法杖、右手に短剣を持つ男性神。赤い長髪は宇宙の中をたなびき、一条の星雲のように流れている。
生命の神・クイター。
緑衣をまとい、巨大な法杖を携えた老神。指先でそっと触れるだけで、虹神の傷を完全に癒やし、失われた魔力さえも最盛の状態へ戻してみせた。
幻想の神・ベンヌオ。
青白のローブをまとった男性神。顔立ちは若々しいのに、長い白髪だけが老いを思わせる。周囲には青い小妖精と無数の氷の短剣が舞っていた。
定則の神・アレサ。
灰のローブをまとい、全身から幻の力を漂わせる長髪の女神。深く被ったフードは顔立ちの大半を隠していたが、そのローブの内から滲み出る光は、見る者に母にも似た庇護を思わせた。
逆世守護神の主神――あの黒衣の少女を除けば、他の四柱の逆世守護神は壁のように立ち塞がり、パーリセウスの攻撃を防ぎ切っていた。両世界の主神だけが、この場にいる誰よりも小柄である。その体躯の差はあまりにも大きい。だが、世界そのものの意志にとって、その程度の大小など意味を持たない。そこにいるすべての者は、結局のところ彼女たちの“身体”の内に生きているのだから。
黒い長い衣をまとったその少女は、何一つ動かなかった。ただ、その裾だけがかすかに揺れ、そこから黒霧が零れ落ちていた。まるで裾の断片が宇宙へ漂い、それがそのまま滅びの黒霧へ変わっていくかのように。
そして、その黒霧はパーリセウスの攻撃を打ち消した。
煙が晴れた後、逆世守護神たちには傷一つなかった。たとえそれが塵世最高峰の魔法攻撃であったとしても、法則そのものに立つ守護神級の存在とは比較にならない。パーリセウスの一撃は紛れもなく全力だった。だが、この光景を前にした彼は、自らの無力を心の中で罵るほかなかった。
だが守護神たちは、その間にパーリセウスが逆世守護神の攻勢を十分に牽制したと判断した。そして、ここでついに自ら手を貸したのである。
「時の権能・時界固定」
ガリシュが両手を差し伸べた。
そこには魔力の震えもない。派手な光もない。時間の守護神は、自らの呼吸を操るのと同じ自然さで、神としてのオーソリティを行使した。逆世守護神たちのいる領域そのものが、凝固したかのように静止する。
だが、数秒も経たぬうちに、その空間には乱れが生じ始めた。逆世守護神たちのいる領域ごと、空間そのものが全体として震動している。まるでいつ爆ぜてもおかしくないほど、不穏な膨張を孕んでいた。
「パーリセウス、半歩下がりなさい」
ガリシュの時間固定に合わせてアロデロスたちへ追撃を加えようとしたその瞬間、トリヤの柔らかく澄んだ声が届いた。その声は決して大きくない。だが、その一言だけでパーリセウスの意識は一気に静まり返る。
純白の少年神と少女神は歩み寄ることすらしなかった。ただ、そのままパーリセウスの両肩の脇に現れていた。
高位の神々が、彼と肩を並べて戦おうとしている。
その事実だけで、パーリセウスの胸には、恐れと同時に言いようのない栄光が満ちた。
トリヤとガリシュは、一人を挟む左右に並んだまま、戦場の最前線に静かに浮かぶ。そしてそこで、塵世における彼らの絶対的な力を解放し始めた。二柱の力が作動した瞬間、その周囲の空間と時間はたちまち秩序を失う。神のオーソリティが一点に顕現したことによって、世界の法則そのものが過負荷を起こしていたのである。しかも、これはなお彼らが自ら制御した結果にすぎない。
守護神は、戦端からいきなり絶技を放つつもりなのか――
パーリセウスは緊張と期待が入り混じった眼差しで、その一見すればあまりにも小さな二つの影を見つめた。広大な星河の中では、彼らはあまりにも取るに足らぬ存在に見える。ほとんど塵のようですらあった。だが、二柱から立ち上る力の波動は、彼に世界そのものが震えていると錯覚させるほどであり、その究極の力を前にして、さすがのパーリセウスも畏怖を覚えずにはいられなかった。
宇宙全体が、目に見えぬ巨大な手に操られているかのようだった。裂隙の拡大速度さえ、この瞬間、目に見えて鈍っていく。
次の瞬間、時空を司る二柱の守護神が同時に両手を掲げた。
その背後では、無数の金色の刻印が幾重にも広がり、やがて途方もなく巨大な金色の六芒星法陣を形成する。その法陣は、パーリセウスと他の塵世守護神たちを完全に反対側へ隔てた。
戦場すべてを窒息させるような静寂の中で、パーリセウスは生まれて初めて、神々の本当の戦意から“裁き”というものの正体を感じ取った。
――空の審判
――時の審判
守護神による至高にして絶対なる審判が、今まさにこの場へ降りようとしていた。




