肆・真実の断罪 前
秋良は火の名『鬼灯』を授かってからも、埋火の下で仕事を続けた。
焔から返ってきた兄の小曲刀。それと対になるようあつらえたもう一振。それを両手で振るう双刀の立ち回りを、秋良は実戦の中で短期間に熟練させていく。
一年と数ヶ月が過ぎる頃。秋良――いや、鬼灯は名実共に埋火の片腕となっていた。
「そろそろ……ずっと温めていた計画を実行しようと思う」
埋火がそう切り出したのは、鬼灯とふたりきりでいる時だった。
「計画……」
「そ。鬼灯がいればきっと成功するはずなんだ」
「私が?」
「掟破りに対して、限られた時だけ焔様が直接動くのは知ってたかな?」
掟破り……火影は暗殺集団だが、焔が定めた規律がある。規律を破る者は、主に火の名を持つ者が適切に対処する。
もちろん鬼灯も掟破りを始末したことがあるが、焔が直接動くとなると……。
「幹部の、掟破り?」
「そう。その時ばかりは幹部に任せず自ら動く」
鬼灯は初めて焔と会った日のことを思い出す。あれは、幹部の掟破りを粛清していたのだ。
「近々、火柱が処分される。その時、俺達も動く」
「火柱の下についている者たちの対処のためか」
「表向きはね。今、火柱の下にいるのは全部俺の抱きこんだ奴らだから。焔様が火柱を片付ける時を狙う」
反乱を起こす気なのだ。おそらく火柱の掟破りも埋火が仕込んだものなのだろう。
鬼灯は表情ひとつ変えない。
その反応も、埋火にとって予想の範疇だった。口端に笑みを浮かべる。
「やっぱり気づいてた?」
「ええ。気づいてからは、ずっとこの時を待っていた」
「流石だね。俺が、火影を率いていく。これからも隣で助けてくれるね?」
鬼灯は返事の代わりに、埋火の首に両腕を回した。埋火も秋良の背に腕を回し、その耳にささやく。
「いい子だ」
計画の時は、ほんの数日後に訪れた。
なにも知らずに陥れられた火柱が仕留められたのを合図に、その場にいた全員が焔ヘ襲いかかる。
「埋火……貴様か」
焔もまた、埋火の決起を予想していたのか。表情を変えず埋火と鬼灯へ視線を送る。
埋火は細身刀を抜刀し地を蹴った。
「悪いけど、火影は俺たちがいただくよ」
幹部ではない構成員で太刀打ちできるとは元より思っていない。埋火にとって彼らは捨て駒だ。
盾にし、焔が彼らの攻撃をいなし受け止める隙を突いて埋火と鬼灯の攻撃を当てる。
構成員が全滅する頃、焔を崖端まで追い詰めていた。
埋火と鬼灯も無傷ではないが、対する焔の傷の中には浅からぬものが多数ある。
「俺たちを囲ってここまで育ててくれた貴方に感謝だね。お礼代わりに見て逝ってよ」
埋火は倒れている部下の腰刀を左手で拾った。
「それを超えて鍛え上げた俺たちの技を!」
埋火の二刀と鬼灯の対なる小曲刀。
鬼灯が焔の刀を払い流せば、その逆側から埋火が。焔は流された勢いを殺さず身体を回し埋火へ斬り上げる。
埋火は腰刀でそれを受け止め、右の細身刀を焔の身体へ斬り込ませた。
ふたりの攻防一体の波状攻撃は焔を追い詰めてはいる。
決定打に至らぬことに業を煮やした埋火は、焔の刺突に自ら踏み込んだ。
焔の刀を二の腕に刺し、その手で焔の上腕を掴む。互いに動けぬ決定的な隙。
「今だ、鬼灯!」
鬼灯は渾身の力を乗せて突き入れた。
前後の肋骨を抜け貫通する、一撃。
「な……」
埋火は見開いたその眼で、自らの胸に視線を落とす。
長刀の刀身が、自身の胸を抜け焔の胸へ突き刺さっていた。倒れている部下の刀、か。
震えながら埋火は振り向く。
十五足らずの年の割に大人びた、その美しい表情ひとつ動かさない。自身が育て上げた意のままに動く人形、のはずだった。
鬼灯は感慨ひとつ浮かべず、静かに言う。
「ここまで囲って育ててくれた、なんて感謝はしない。言った通り、私はこの時をずっと待っていたんだ」
言葉の最中に血飛沫が舞う。抜き放った両の小曲刀が、埋火の首を掻き斬っていた。
馬鹿な男だ。最初に教えてきたことは『自分以外の誰も信じるな』だったのに。
信頼を得るための献身を、愛情と信じたのだ。
焔は一歩退がる。倒れる埋火に引きずられる形で、胸に刺さった切っ先は抜けた。
全身に浅深無数の傷、胸の傷は致命傷ではないがさしもの焔も息が荒い。
だが倒れることはしない。
胸の傷を抑え、濃闇の鋭い瞳が鬼灯を見据える。
鬼灯は小曲刀を両手に提げたまま、自然体で焔の動きを待つ。焔は小さく、短く言った。
「行け」
真意を測りかね、鬼灯は眉根を寄せた。焔は視線を外さぬまま続ける。
「掟破りにより、埋火と鬼灯は粛清された」
このまま、見逃す……と?
「行け……お前は、まだ先がある。自ら終わりを定めず……生きたいと、願った気持ちを忘れるな」
なぜ……?
焔を見つめ返しても、闇の奥に潜むものを見いだすことはできなかった。
秋良は追撃に備え数歩後ずさり、一気に駆ける。
焔は追う気配もなく、最後にちらと振り返った時も。同じ姿のまま動く様子はなかった。
それから秋良は兄の行方を探した。そのために、かつて先生と呼んだあの男の手がかりも。
方々を点々とする間、火影から追手がかかる可能性に備え男に身をやつした。
実入りの良い危険な護衛や妖魔退治を率先して引き受け、路銀を稼ぐ。
手がかりを得られぬまま、秋良は十六歳を迎える前に陽昇国へと渡る。
戦いに身を置く間、あえて傷をいとわない無茶な戦い方をした。
火影にいるときは、殺しの武器として傷をつけず美しさを保持するよう命じられていた。
その白い肌は、沙流砂漠で運び屋をするうち日に焼け浅褐色になり。受けた傷は全身に及んだ。
そうして沙流砂漠の運び屋として、しばらく沙里に暮らす事に決めたのだった。
「思い出したか?」
そう問いかけたのは、まさしく『運び屋の秋良』だ。
気づけば再び闇の中にいた。
もうひとりの……本当の人生を知っている秋良は、自身の焼けた肌に白く残る傷跡を見る。
「この肌も、傷も。鬼灯という存在を打ち消すために必要なものだったんだろう?」
そう。身を隠すためでもあったが、男として暮らしていたのもそれが理由だ。
だが、髪は……まだ沙里にいた頃は、背中まである髪を後ろで束ねていた。
今目の前にいる秋良は、肩口で不自然に切られている。
「まだ思い出せないんだな? 意識を失う直前のこと。よほどの真実に、耐えられなかったってとこか」
「深い傷を負ったんじゃないかってことは、うっすらと……」
知ることに恐れがないわけではない。だが、村の暮らしが偽りならば。
「あたしは、その『真実』を知らなくては」
覚悟を決めた鳶色の瞳に、運び屋の秋良は頷く。それから村娘の秋良へ手を伸ばす。
ふたたび意識は、本来の過去へとさかのぼっていく。




