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拾・秋良と…… 中



 雀蓮(じゃくれん)は器具の横に付けられた歯車を回した。丸底実験瓶の位置が上がり、火から遠ざかる。


「さて……」


 改めてはるかに向き直り、組んだ両手を膝の上に乗せて話し始めた。


「里夢(りむ)から、彼女の身体は僕が作ったと聞いたかな?」

「はい」

「里夢本来の身体から、『心』だけを移したのが、今の里夢だ。もともと異なるもの同士がひとつになるには、時間が掛かるものなんだよ。逆に時間さえあれば、お互いがお互いに歩み寄るような形で次第にひとつになっていく」

「今の里夢ちゃんは、ひとつになっているっていうこと?」

「大体ね。不思議なのは君だ」


 雀蓮の瞳に深刻な色が差し、はるかは思わず膝上に置いた両手を握った。


「今、君の身体の中でも昔の里夢と同じ現象が見られるんだ」

「それが、心と身体がちぐはぐ……?」

「そう。これは僕の見解だけども、珠織人(たまおりびと)は結晶石が源だから、心もそこに宿っているはずなんだ」


 珠織人は、長である聖(ひじり)が結晶石に珠織の儀を施すことにより生まれる。結晶石が核となって肉体が形成されていくのだ。


「核が肉体を離れて、彩波動流を通してのみ繋がっているという状況が過去に例を見ないものだし。心と身体を残して核だけ身体を離れることだって、可能性としては否定できない。核と心が離れてしまっているからこそ、本来は繋がるべきである身体と反発しているという可能性もあるしね」


 なんとなく難しい話だったが、はるかは一生懸命脳内で咀嚼し、思い至ったところを尋ねてみる。


「あの、うまく説明できないかもしれないけど……」


 はるかはそう前置いて、白昼夢のことについて雀蓮に説明した。

 話を聞くうちに、雀蓮の表情は次第に厳しいものになっていく。それに不安を覚え、はるかは雀蓮に尋ねる。


「でもきっと、核を取り戻したら元通りになるんですよね?」


 見るとほっとする優しい笑顔で頷いてくれることを期待していた。が、雀蓮はすぐに返事を返さなかった。

 眼を閉じ、しばらく沈黙を守る。ほんの少しの間だったが、はるかはずいぶん長く待たされたように思えた。

 開かれた雀蓮の紅い双眸が真摯な光を湛えて、はるかをまっすぐに見つめる。


「白昼夢に関することは、少し答えを保留にしておいても良いかな? 自分の所見に確固たる自信を持って伝えられるまで……時間が掛かるかもしれないけれど」


 不安げに頷くはるかに、雀蓮はようやく待っていた笑顔を見せてくれた。


「君の言うとおり、核を見つけることができたらその場ですぐに解決するかもしれない。もしそうでなかったときは、僕のところへおいで。出来得る限り最善を尽くして対処させてもらうから」

「……やっぱり、雀蓮さんってすごいなぁ」


 尊敬の眼差しを送るはるかに、雀蓮は首を横に振って見せた。再び装置の歯車を動かしながら、蓋付実験瓶に視線を落とす。その横顔は少し寂しげにも見えた。


「いいや、確かなことを言えなくてすまないね。僕に分かることは皆が思うよりも少ないものだよ」

「ううん。雀蓮さんと話していると、これからどうするべきか、進む道や答えが自分の中に見つけられるんだ」


 そういうはるかの笑顔につられたのか、雀蓮も少し微笑んだ。


「そう言ってくれると嬉しいね。傷ついた者を癒し導くのが、僕に与えられた役目だから」


 彼の言葉が……いや、彼の声と瞳が、はるかの心に穏やかな風を吹かせるのだ。

 柔らかく響く低い声と、見るものを優しく包み込むような眼差しだけで、心を塞ぐ不安を取り除くことができる。


 最初に見たときは、彼の紅い――血の泉を宿した双眸を怖いと思った。

 それは間違いだったと、今は知っている。

 彼の瞳に宿る紅は血の色ではない。迷える闇の中を行く者を導き、凍える身体を温めてくれる炎の色だ。


 はるかは居住まいを正して、雀蓮と向かい合った。


「翠(みどり)くんたちと相談したんですけど、やっぱりいつまでもここで待つことはできないって……何日かしたら出発しなくちゃ」


 秋良ひとりと双月界の命運。ふたつを天秤にかけることはできない。

 理屈は理解できる。理解できるが、それでも――


「それまでの間に秋良ちゃんに眼を覚ましてもらえるように、私、がんばろうと思って!」


 秋良と共に行くことも、双月界を守ることも。あきらめたくないと、はるかは思う。


 これまで秋良には何度となく助けてもらった。

 沙流(さる)砂漠で出会ったその時から、頼る者のいないはるかを見捨てることなく傍に置いてくれた。

 だから、ここを発つときは秋良も共に――。

 はるかだけではなく、翠や冴空(さすけ)も同じ思いでいるはずだから。


「強く願えばきっと叶う……秋良ちゃんにも、きっと届くと思うから」


 意志の力を宿した紫水晶の瞳を正面から受け止めて、雀蓮は頷いた。


「そうだね、きっと届くと思うよ」


 雀蓮の視線を追って、はるかは秋良のいる水籠に視線を送る。水籠は布で仕切られた奥にあり、青く白い光の揺らめきだけが白い布に映し出されて見えた。


「義眼と義腕は反発しない程度に馴染んだみたいだから、彩波水から出そうと思う。その後は二階の部屋に移すから、たまに話しかけてあげるといい」


 雀蓮の言葉は、秋良が順調に回復していることを表している。はるかはそれを伝えるために、急いで翠と冴空の元へ向かった。


次回で本章最終話・年内更新も次回最終の予定です。(次回正式にご案内いたします)


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