東京 2012~2015年 ④
年月は眞子を置き去りにして過ぎていく。
自分はもうこんな年齢になったのかと驚き、その年齢にようやく慣れた頃にはもうひとつ年をとっている。
興味はどんどん狭くなり、交友関係は広がらず、年賀状を出す相手も年賀状に書く文句も毎年減っていく。
これまでは、
「子供が生まれました」に始まり、
「早いものでもう幼稚園」
「小学生」
ついには
「中学生」
と、他人にとってはどうでもよいかもしれない我が子の成長を報告したりもしてきたが、それ以外に何かないかと考えてみても、ここ何年かで思いつけた文句は
「久しぶりに文鳥を飼いました」と
「久しぶりに英語を教える仕事をしています」
ぐらいだ。
なんと味気ないのだろう。
いや、自分の青春はとっくに終わっているのだから、あとは自分がこの世に送り出した命に責任をもって娘の成長の助けとなり、その娘が幸せな人生を送れればそれでよし、と考えるべきかもしれない。
幸い今のところ、我が子の現状も前途も明るい。
現実から、そして更には自分からも逃れるかのように、踊りのなかの世界に逃避していた眞子とはちがい、葵は毎日を大切に生きている。
思い返せば幼稚園の頃から、様々なシチュエーションでクラスや学年の代表に選ばれてきた葵は、今度は中学校の卒業式で答辞を読むことが決まっている。
「教師全員一致で、深瀬さんが選ばれたんですよ」
担任の教師が電話でそう言うのを、光栄に感じながらも眞子はどこか他人事のように遠くで聞いていた。自分の中学校の卒業式をまったく思い出せないことにうろたえながら。
自分とはちがい、葵はきっと中学校の卒業式をずっと忘れないだろう。
卒業式だけでなく、思い出深い学校生活や友人や先生たちのことも。
葵のような人間をこの世に存在させられたことが、自分がこの世に存在した意味だと考えれば、健一との結婚は必然だったのだ。
クラッセンを辞めなくては健一の通う英会話学校で働くこともなかったし、ノエルと離れなければ健一となど出会わなかったのだ。
そう考えれば自分の人生に納得して、死ねるのだろうか?
死んでしまいたいと思いつめるほど孤独だった若い頃、踏みとどまらせてくれたものは、自覚さえないまま手のひらに握っていた未来への希望かもしれなかった。
逢うべき誰かと逢うための未来。
今の眞子には、この世に、この先、逢うべき人が存在するとは、もう希望も抱けない。
表面だけを取りつくろった自分の人生は、先細りする一方だ。
健一とわかり合い支え合いたいと願った時期は、何年も前に過ぎ去った。
踏みつけても翌日にはぴんぴんしている雑草のような健一に、古傷の痛みや心の機微など理解してもらおうと期待するほうがまちがっているのだ。
健一はよく言えば鈍感力が発達しており、悪く言えばただの鈍感で無粋な男だ。
どんなときにも家族の異変や問題に見事なほど気づかない。
内面的なこと、悩みがある云々のみならず、何年かぶりに髪を短くしようが、結膜下出血で白目がべったりとホラー映画のように赤く染まっていようが気づかない。
風邪をひいて喉がかれている眞子にむかって
「ねーねーたまには英会話教えてよー」
などと言って驚かせたりもする。
どれだけ鈍感なのだ?
それとも眞子のほうこそ、健一の視力や聴力を心配すべきか?
夫の無関心さには慣れているつもりでも、彼から何も期待していないつもりでも、眞子はいまだに傷ついてしまうことがある。
死んだらさすがに気づいてくれるだろうとそれぐらいは期待しているが、心を通わせたければペットの文鳥のほうがまだ見込みがある。
そうは言っても、このように無関心で無神経で無粋な、しかし大らかでさっぱりとした気質とも言える健一のような夫と、それなりに幸せにやっていける妻もいるはずだ。
うまくいかないのは健一のせいだけではない。
ただ、眞子と健一は不幸にも、組み誤ったパートナーなのだ。
組み誤ったパートナーと踊り続けることがいかに不幸で悲劇なことか、眞子は知っていたのに。
ペアを解消しなくてはいけない。
お互いの良さを完全に殺してしまう前に。




