大阪 2004年
「葵ちゃん、いっつも人の輪の中心にいるんですよっ」
キャピキャピした幼稚園教諭にそう言われるたびに、眞子はうれしく誇らしく思いながらも不思議な気分を味わう。
葵は、仲良しの子がくるまで教室の入り口に心細い気持ちで突っ立っていた自分とは、全然ちがう。
幼稚園も2年めになり、泣くことこそなくなった美優ちゃんだが、最近は、
「ママー、今日は自転車で幼稚園まで送ってってー」とか、逆に、
「ママー、今日遊んで帰りたいから、たぬきクラブ(延長保育の呼び名だ)にして~」
などと、頻繁に何かしら要求をだしている。
それに比べて葵はさっぱりしていて、こちらを試すようなわがままを言うことなど皆無だ。
それなのにある朝、珍しく幼稚園に行く前に、
「ママ!」
と、せっぱつまった声で呼びかけられ、眞子はびっくりして、どうしたの?と尋ねる。
「ママ!あのほら!骨のついた鶏肉!コショウふってグリルしたやつ」
「え、手羽?」
「そうっ、それ食べたい!ママ、手羽買うといて」
と言う葵に、ああ、はいはい、そんな要件?と眞子は心の中で苦笑しながら、
「うん、わかった」
と答える。
やったあ!と言って元気に幼稚園バスを待つ列に向かいながら、葵はふりかえり、
「ママ、葵が幼稚園にいってる間に買うといてな!アップルマートで!」
と店まで指定する。
葵はもう、関西弁しか話さない。
入園後あらゆる菌やウィルスの洗礼を受けて耐性ができたのか、年中になってからは葵が病気をしなくなったこともあり、眞子は午前中のわずかな自由時間を利用して週2回、今日子のバレエスタジオに通っている。
バレエのある月曜と木曜の朝はスイッチが入ったように気分がオンになる。
朝食と弁当を作り、夫を送り出したあと葵を幼稚園バスに乗せ、掃除洗濯をいつもより手早くすませてスタジオへ向かうときにはすでに、異様な解放感と高揚感にあおられている。
もうこのまま家には戻れなくなりそうな、そんなばかげた不安に胸がざわざわする。




