大阪 2003年 ①
母親と離れるのを不安がり、泣きじゃくったり行きたくないと駄々をこねる子供もいるなか、葵は毎朝意気揚々とすくすく園のバスに乗り込む。
葵の座席はバスの右前方、入園以来一日も欠かさず窓越しに母親の顔を見つけては涙にくれる美優ちゃんの真後ろだった。
子供たちをバスの左前方から乗せた後、眞子は美優ちゃんの母親と共に車体の右側にまわり
「いってらっしゃーい」
とバスが出発するまで我が子たちに手を振る。
痩せた初老の運転手が必ず毎回眞子に視線を送り、
「だ~いじょうぶ、すぐ慣れるから」
と熱心に呟くのが窓越しに見て取れる。
最初は何のことだが理解できなかったがどうやら、美優ちゃんの母親だと勘違いされているのだと気づいた。
葵は生まれたときほど健一と瓜二つではないが、未だに眞子とは似ていない。
顔や性格だけではなく体質も似ていないようで、アレルギーがあるとはいえ、眞子の幼少期とは比べものにならないくらいの健康優良児だ。
それなのに幼稚園に通い始めたとたん、たびたび体調を崩すようになり、眞子は心配でならない。
そのことを小学校に通う長女をもつ美憂ちゃんの母親に話してみると、
「あ~、一人っ子とか初めての子はそうなのかもぉ」
と、涼やかな声で言う。
「美優なんて、赤ちゃんのときはお姉ちゃんが幼稚園でもらってくる病気に次々かかってかわいそうなぐらいだったけど、今はそう言えばぜんぜん平気かもぉ」
すると、砂場の砂を一心にプラスチックのプリンカップに入れていた美優ちゃんが、
「葵ちゃん、お姉ちゃんはー?」
と、幼稚園児にしては野太い声で問う。
美優ちゃんの母親は逆に、鈴を鳴らすようなかわいらしい声で、
「これからよねぇー」
と、ぽかんとした顔で手を止めた葵に言うが、眞子にとって、もう一人子供を作ることも育てることも考えられない。
妊娠中のつわりと貧血を乗り切り、出産時には大量出血、退院すれば家事も育児もたよれるのは自分だけ。
寝不足と産後の体調不良のなか次々に乳児検診や予防接種を消化し、幼稚園に入れば役員選出のプレッシャー。
これらすべてを、すでにいる子供のスケジュールをこなしつつもう一度…
と考えただけで気が遠くなる。
多くの人が2回3回とやっていることとはいえ、眞子には真似のできない芸当に思える。
特にとほうにくれるのは、子供や自分が病気のときだ。
元気なときでさえ、子連れで実家に帰る自分を夢想することがあるが、具合の悪いときに支えてくれる親姉妹がいたらどんなに心強いだろう…
とりわけ、この間のゴールデンウィーク前後に葵の高熱が続いたときには原因もわからず、このまま弱っていくのではないかと、眞子は不安でたまらなかった。
「また熱が上がりましたかぁ…う~ん」
と考え込む耳鼻科医に、
「もし様子が急変したら、この辺では○○が救急指定病院ですから」
と、病院の案内パンフレットまで手渡された眞子は、万が一転院することがあっても速やかに病状やこれまでの経緯を伝えられるようにと、葵の体温の推移や服用薬などをくわしく記録した。
一旦は下がった葵の熱が憲法記念日に再び38度まで上がったため、休日の朝を寝て過ごしていた健一を起こして運転してもらい、耳鼻科医に案内を受けていた救急指定病院につれていった。
健一と同年代に見える、人の良さそうな医者が診察にあたったが、眞子が葵の病状を書きとめた紙を目にしたとたん、
「お母さん!これはまたえらく立派な、レポート提出できそうなくわしい記録ですなあ」
とちゃかすように言って、ちらっと健一を見た。
眞子には、医師と夫が視線を交わして鼻で笑ったように見えた。
結局、諸悪の根源は溶連菌だと判明し、葵は回復に向かったが、眞子が看病と心労で疲弊しても、健一は通常通り就寝時間になればぐっすり眠り、朝になればもりもりと朝食を平らげて出勤した。
「明日も仕事だから」一晩として看病を替わろうと申し出ないことよりも、娘の病状に興味も示さなければ、妻にいたわりの言葉もかけない夫の無関心さに、眞子はまた、絶望した。
「愛の反対は憎しみではなく無関心です」
と言ったマザーテレサの言葉が、説得力をもって胸に落ちる。




