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ずっとおぼえてる   作者: ことり あきこ
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京都⇔大阪 1997年 ⑦

 涼子が息をひきとったのは発表会の4日後だった。


 脳梗塞が再発したのだと、舞鶴で暮らす涼子の姪、祥子が電話で知らせてくれた。


 健一の顔がうかんだが、東京へ出張中だと思い出す。



 仕事を休んで翌日の葬儀に参列した眞子は、代講の講師は見つかっただろうかなどとぼんやりと考えながら、一人で帰りの電車に揺られていた。


 発表会の準備に追われていた眞子が最後に涼子を訪ねたのは8月だったと思い返す。


 あのときも健一の車で行ったので、舞鶴と大阪を電車で往復するのはこれが最初で最後だと思うと、止まっていた涙がまたじわじわとにじみ出る。




 父親が死んだときに比べれば少しは参列者の数が多かったが、それでも簡素でさびしい葬儀だった。


 涼子がこの一年余りを過ごしたアパートを所有している姪夫婦やその息子夫婦などの姿はあったが、眞子が一番よく話を聞いていた国際色豊かな一家は世界中に散らばっているためか、フランスに暮らしている聡を含め、誰もかけつけてこなかった。


 料亭の宴会に女の人を手配していた頃の涼子の家には人の出入りが多く、中元や歳暮もたくさん送られてきていたが、その方面での知人や関係者の顔は一つも見当たらなかった。


 仕事がら顔が広かった涼子は京都で一緒に暮らしていた頃、畳の上に広げた新聞のお悔やみ欄に知人の名を見つけるたびに、

「ひやっ!また人死なはった」

「いややわ~」

「なんでこんなようさん人死なはんにゃろ」

 などと言いながらも、手際よく着物を着付けて弔問に足を運んでいた。


 それなのに涼子の葬儀に手を合わせにくる人は誰もいないのかと、眞子はさびしく思わずにはいられなかった。


 しかし、

「涼子おばさん、いつも眞子さんの話をされてたんですよ」

 と話してくれた、祥子の息子のお嫁さん(確か千夏と呼ばれていた)の頬を濡らす涙に救われ、自分同様、涼子とはなんの血の繋がりもない、そしてたぶん二度と会うこともない、千夏と向かい合ったまま静かに泣いた。

 



 涼子の死を他の誰と悼めるだろう。


 姉の朱実にも電話で知らせたが、

「そうかー。まー、こんな言い方アレやけど、寝たきりにならんでよかったやん」

 で始まり、知ったような口調で御託ごたくをならべた。

 ついでに、話したくてうずうずしていた様子で自分の子供のわんぱくぶりや名言の数々や運動神経の良さなどを自慢した。


 それに比べれば、神妙な声で

「そうでしたか」

 と相槌をうってくれた健一のほうが、まだよかった。

 それなのにどう話が転んだのか途中から、2年ほど前、90歳を超えたお祖母ちゃんが死にかけたときにあわてて駆けつけたところ、

「ケンちゃん?ケン坊か」

 と言って息を吹き返したという笑い話になり、眞子は鼻白んだ。



 眞子は一人で悶々と思い起こす。


 死ぬ前の数ヶ月間、夏以来、会いに行っていなかったこと。

 母親にも姉にも教われなかった料理を電話で教えてもらったこと。

 そのとき涼子はとても元気でしっかりしていたこと。

 祖父母も田舎も持ったことがない眞子にとって涼子がそれらに近い存在だったこと。

 涼子の家ですごしたたくさんの休暇や正月…


 せまりくるこの年末年始はどうすごせばよいのだろう。


 涼子が舞鶴の姪一家とすごしていた昨年末から今年の正月にかけては、オカメインコの先輩とプーケットにいた。


 あの旅では、バレエに日焼けは天敵だという子供のときからの刷り込みに突き動かされるように、

「何回塗るねん」

 とオカメインコに突っ込まれるほど頻繁に日焼け止めを塗りなおしていたのに、足の甲には塗るのを忘れたため、まるでアイロンをジュッと当てたようにビーチサンダルのストラップに沿った形で足の甲だけ茶色く焦げたのだった。


 しぶとく残っていたあの日焼けの跡が、いつの間にか消えていたことに今気づき、眞子は自分の白い足の甲を指でなぞった。


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