表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ずっとおぼえてる   作者: ことり あきこ
PR
65/114

京都⇔大阪 1997年 ⑤

 発表会前日。

 ゲネプロ。


 衣装をまとったリアムが舞台上で頭をたれてひざまずき、ポアントで細かくパを踏む眞子が近づくのを待つ。


 観客席で見学している他の出演者や子供たちの母親から、

 は~~~っ、

 とため息がもれる。


「ほんまもんの恋人同士みたいやん」

 と言う声まできこえ、冗談でも無責任なことを言わないでもらいたい、と眞子は内心狼狽する。


 やましいことは何もない。


 眞子はリアムに恋愛感情を抱いていない。


 リアムの自分に対する想いもきっとあこがれ、自分にではなくむしろ、幼い頃からしたってきたノエルに対するあこがれの延長のようなものにちがいない、と誰にともなく正当化してみる。


 まだ若いリアムはそれを別のものと勘ちがいしているかもしれないが、自分さえ正気を保っていれば、まちがいは起きない。ぜったいに。


 それでも、差し出されるリアムの、ノエルとそっくりな手を握るとき、眞子の胸はときめいてしまう。

 



 発表会当日。

 開幕前。


「インフルエンザの流行ってこんな早いんだっけ? 次から発表会はぜっったい冬にはやらない」 

 本番前に欠席者が続出し、めずらしく今日子はピリピリしていたが、なんとか全員そろって本番を迎えることができた。


 今回の発表会で今日子は踊らないが、気が張っているのか寝不足が続いていると言っていた。

 そんな今日子の体調を心配して、前日のゲネプロから様子を見に会場に立ち寄っていた旦那さんの職業は救急救命士らしい。

 背が高くて俊敏そうで、非常時には速やかに駆けつけてくれそうだ。


 そんな家族がいたら、どんなに心強いだろう。




 実は… 舞台本番のメイクを自分でやったことがない…

 と不安そうに打ち明けたリアムの正面に座り、手を動かすことだけに集中しようと眞子は試みるのだが、

 目はちがう、

 鼻もちがう、

 と顔のパーツの一つひとつを、なんのためにか頭の中でノエルと照らし合わせている。


 顔は似ていないとの結論はとっくに出ているのに、紅をとった筆で唇をなぞる瞬間、口元は似ているのではないか、だから笑い方も似ているのか、と見入ってしまい、なかなか描き終えられない。

 

 ようやくリアムのメイクを終えて自分の楽屋に戻ると、早くも見事な真紅のバラが―――眞子は真紅のバラが苦手なのだが―――健一から届いていた。

 まだ開場の時間ですらないのに、事前に手配してあったのだろうか。



 第一部、小品集の幕が上がる。


 まだバレエというよりお遊戯、といったものを披露しつつもほとばしる愛らしさで惜しみない拍手を集める年少の子供たちから始まり、年長になるにつれバレエと呼べるものになっていき、眞子も指導したことのある成人クラスの生徒の中にはフェッテを成功させたにもかかわらずまさかそこで尻もち!と会場をあっと驚かせる者などもいたりして、あれよこれよと言う間に過ぎていき、早くも眞子とリアムの番がやってきた。


 眞子が着ているヴィリジアンブルーのチュニックは、裾に向かってグラデーションのかかったジョーゼットがすとんと膝に落ちるシルエットで、5年前に《海賊》のために着るはずだったターコイズのチュチュとは似ても似つかない衣装だ。


 眞子はトゥシューズカバーをはずし、舞台袖でリアムの隣に立つ。


 緊張してお腹でも痛いのか腹部に手をあてているリアムをリラックスさせようと笑いかけてみるが、眞子は自分の顔が緊張でこわばっていることに気づく。

 悟られないよう余裕のある表情をよそおい、リアムをステージに送り出す。


 前奏のハープの音に、眞子は一瞬目を伏せる。


 あの日、客席でこの旋律を聴きながら、自分ではないパートナーに向かってノエルが両手を胸にあてるのを見ていた…


 眞子は息を深く吐き、彼の元へと、パを刻む。

 


 幕が閉まると同時に眞子は脱力感に襲われて、リアムに声をかけるのも心半分に楽屋へと引き上げる。


 連続のグランジュッテも気持ちよく跳べたしフェッテも成功した、とソロの部分は振り返ることができるのだが、2人で踊った部分はよく思い出せない。


 ただ一つはっきりしたのは、リアムと今日踊ったのはノエルと踊れなかった《海賊》ではないという当たり前のこと。


 この先、誰と何をどれだけ踊っても、あの日を取り戻せない。


 過ぎたことはやりなおせない。


 出番を待つ出演者―――小学生以下は別室なので中学生以上―――でごった返す楽屋でトゥシューズと衣装を脱いでレオタードとスエットに着替えた眞子は、生徒の親から「皆さんで」と差し入れられたキリンハイパーの中からピーチを選んで一気に飲み干した。

 血糖値を上げなくては、もうひとつパ・ド・ドゥを踊れる気がしない。



 第2部が始まり、《眠れる森~》のオープニングに出るために楽屋から人がいなくなる。

 1幕と2幕では生徒がオーロラを踊るので、眞子は3幕まで出番がない。


 一息ついてから軽くストレッチをしていると、楽屋裏を手伝っている生徒―――眞子は教えたことがないが今回は発表会に出ない成人クラスの女性だ―――が困り顔で楽屋に現れた。

「眞子先生、リアムくんが具合悪いみたいなんですけど」


 驚いて眞子はパーカーを羽織り、男性出演者(といってもリアムと翔だけだが)の小さな控え室に急ぐ。


 2幕にも出番のある翔はすでに楽屋を出た後だ。


 腹部に手を当てているリアムの顔色はなるほど蒼白いが、心配をかけまいとの配慮からか、

「緊張してお腹が痛くなったり気持ち悪くなったりしたことなんてないんだけど…っていうか、もうぼくの踊る番終わったんだけど」

 と、冗談めかして言う。


 本番前からリアムがお腹に手をあてていたのを眞子は思い出し、

「ヘアメイクはまたフィナーレの前に整えればいいから」

 と、横になるように勧める。


 温めたほうが楽になるかもしれない、と言い残して、眞子は自分の楽屋へカイロを取りに行く。

 



 横になって腹部にカイロをあてがわれ、リアムは以前にもこんなことがあったことを思い出している。

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ