京都 1993年 ②
体がだるくてふらつくのは、久しぶりに肩までつかった風呂で長湯したからだと思っていたが、翌朝になっても体があつく、熱を測ると38度近くあった。
最近ずっと、なんとなく頭が痛かったけど、今日は特にひどい。
もうしばらく日本にいることにしてよかったと呑気にかまえていたが、熱は翌日になっても翌々日になっても上がったり下がったりをくり返した。
するとなぜか、もう永遠に平熱に戻ることはないような気がした。
このままどんどん弱って死んでいく気がした。
それなら楽だと思った。
クラッセンでの怒涛の日々になどもう戻れないと、はっきりとわかった。
「戻らない」ということは「退学」ということだ。
正当な理由があれば休学することも可能だが、ただ弱っているとか疲れているとか、いつも体のどこかが痛いとか頭が痛いとか夜眠れないとか来学期以降の奨学金を受けられる自信がないとか奨学金なくしては授業料を払えないとか留学生が応募できる学生ローンがないとかあらゆる困難を乗り越えてこれ以上がんばれる気がしないとか、睡眠薬とアルコールの過剰摂取でおかしくなっていた父親が海に落ちて死んで、自分もいろんなことを思い出したり考えたりすると死にたくなるのだとか、そんなのはぜんぶ言い換えれば、
「心身ともに強さが足りない=ダンサーとしての適性を欠く」
ということではないか。
「退学する」という能動的な意思があるわけではないけれど、ただ、絶え間ない競争の中で息つぎもそこそこに卒業までのあと1年を泳ぎ続ける持久力が、今の眞子には残っていない。
クラッセンに入るためにすべてをささげてきたし、クラッセンでも全力でがんばってきたが、荒波の中に今再び身を投じれば、父親同様、自分も溺れ死ぬ。
しかしこの切実な危機感を、自分以外の人に理解してもらうのは不可能に近かった。
「ちょっと待って、なに言ってるの?」
ノエルは当然、納得しなかった。
納得どころか、わけがわからない、といった反応を示した。
電話で何度話しても、長々と手紙で言葉を尽くしても、理解してもらえなかった。
「そこまで苦しんでることに気づかなくてごめん」と謝られ、
「秋の学期が始まるまで休めば気持ちも変わるよ」と助言され、
「学校辞めてこれからどうするの?」と叱られ、
「途中で投げ出すってことになるんだよ」と非難され、
「なんでもする。助けになれるよう、眞子が大丈夫なようになんでもするから」
と何度も懇願された。
ノエルの一言ひとことが、申し訳なさと不甲斐なさともどかしさで眞子を満たし、すでに弱っていた眞子を更に疲弊させ、追いつめた。
今までどんなときにも相手をおもんばかり、お互いを思うぞんぶん甘やかしてきたふたりが、これほど譲らず言い合ったのは初めてだった。
伝わらない。
今まで通じていたはずの言葉が通じない。
わかってもらえない。
ノエルだけにはわかってもらいたいのに。
からみつく孤独の触手を、眞子は振り払うことができない。
「とりあえず、とにかく帰ってきてほしい」
と言われても、ダンサーとして彼のパートナーを務める自信のない自分はもう、彼と人生を共にするパートナーとしての価値もないのではないか。
そもそも、血のつながった父親や姉にさえも蹴鞠扱いされてきた自分のような人間が、really good looking で so hotで音楽的でクリエイティブで才能豊かで、つまり、かっこよくてみんなに好かれるノエルのような人に愛されるわけがないのではないか。
これまで必死になって、なんとか彼と同じレベルで彼と息を合わせて踊ることで、パートナーとしてかろうじて認められていたに過ぎない自分が今、どの面下げて、のこのことニューヨークに戻れよう?
「言えることもできることも、もう何もないんだね」
最後にノエルはそう言って、電話を切った。
それから2年近く、阪神大震災の朝まで、眞子がノエルの声を聞くことはなかった。
ずるずると涼子の家に住みつく形でいそうろう生活に突入した眞子は、朝なかなか起きられず、何もする気がしないまま、永遠にふとんにもぐっていたいと密かに願った。
あんなに夜も眠れなかった日々が嘘のように、泥のようにいくらでも眠れるし、いくら寝ても寝足りない。
眠い。
口を開けば散歩に誘う涼子にあらがうのも面倒で、のろのろと家の外に出てみれば、桜の舞い散る哲学の道は残酷なほど美しい。
髪をもてあそぶ心地よい風に、ノエルと手をつないで歩いたセントラルパークを思い出してしまう。
「ちょっと、あの洋館。前から気になってるねん」
涼子が指差すそのノスタルジックな雰囲気の洋館は、哲学の道から坂を少し下った所にあり、昼はランチ、午後はお茶ができて、夜は酒を飲める店だった。
店内に置かれたテーブルや椅子の大きさやデザインは一つひとつ異なるが、色はダークブラウンで統一され、アンティークなレコードプレーヤーにはジャズが流れていた。
聞いたこともない曲なのが眞子にはありがたい。
「おいしいやん。眞子ちゃん、ほらもっと食べ」
と涼子に言われて、ビーフシチューやソーセージの盛り合わせを口へ運ぶが、眞子はノエルのことを考えてしまうのを止められず、ビーフシチューもソーセージもおいしいのかまずいのかわからない。
トイレに立ったついでに何気なく手に取ったフリーペーパーで、眞子はこの店がアルバイトを募集していることを知る。
「英会話できる方」とある。
何もする気がしない眞子だが、今後一生寝てすごすわけにもいかないし、このまま涼子の家に住まわせてもらうにしても生活費ぐらい入れなくては、と、新聞の求人欄を見始めていたところだった。
しかし、どの仕事も意地悪く示し合わせたかのように「経験者募集」や「実務経験2年以上」を条件にあげており、なかでも「大卒以上」が眞子を落ち込ませた。
就職が無理なら、バイトでもするしかない。
眞子はフリーペーパーを手に、マスターらしき男性にバイトを探しているのかと聞いてみる。髭のマスターは、
「すぐ来れます?ここ外国人のお客さんも多いから、英語喋れる人いると助かるんですよ」
と眞子を品定めするように眺めた。
洋館でのバイトは気楽だった。
休日平日を問わず国内外からの観光客で混雑する日もあるが、近所の人がぽつりぽつりとやってくるだけの日もあり、暇なときはキッチンで仕込みを手伝ったり、床にモップ掛けをしてみたりするのだが、ほとんど接客することもないまま、髭のマスターが残りもので作ったポトフや、煮詰まったシチューにパスタを入れて焼いたグラタンなどのまかない飯を食べて帰るだけの日には、バイト代をもらうのを申し訳なく感じるくらいだ。
こんなにのんびりと生活するのは何年ぶりだろう。
簡単すぎる毎日のなかで唯一眞子の心が動くのは、一人で哲学の道を歩くときぐらいだ。
平日でも観光客が絶えないかと思えば、時間帯によっては人影がなくひっそりとしていることもあり、そよそよとひかえめに流れる小川や、木々の合間から差すきらきらとした光を独り占めしながらいつの間にか心は、ノエルと歩いたセントラルパークや、更にはフランスの海辺にまでワープしているのだった。




