ニューヨーク 1993年 ① 21st Birthday
「今夜はお祝いしよう」
ノエルが明るい声を出す。
土曜日の夕方、ふたりはスタジオからアパートに帰るところだった。
「まこもやっと、正々堂々とアメリカでも飲めるもんね」
と、ひとあし早く21歳になったノエルは言うけれど、特別な機会をのぞけば2人ともアルコールなどほとんど口にしない。
クラッセンの生徒は皆、喫煙やドラッグ、過ぎた飲酒の弊害を、洗脳のごとくたたき込まれている。
それなのに眞子は、クリスマス休暇に訪れたヨーロッパで飲んだ白ワインがあまりにおいしく感じられたものだから、自分は父親と同じく酒好きなのだろうかと密かに危惧している。
それでも、
「記念すべき21歳の誕生日なんだから」
「そうだけど…やっとレッスンに復活したんだから体調整えとかないと」
「体調って、どんだけ飲む気? ちょっとぐらい平気だよ。明日はクラスもないし」
「じゃあ少しだけ?」
などと話しているうちに気分が華やいでいき、
「何がいい?」
と訊かれて、
「シャンパンと苺!」
と眞子は答え、
「《プリティウーマン》見たでしょ」
とノエルが笑う。
しかし立ち寄った店で手の出る価格のシャンパンが見つからず、
「スパークリングワインと味のちがいわかる?」
「わからない自信ある」
ということで同意し、
「ダンサーとして成功してから高いシャンパンを飲んでやろうじゃないの」
と誓う。
スペイン産のスパークリングワインが入った黒ボトルはポンッとおめでたい音を立て、
「まこがアメリカでも堂々と飲める年齢になった記念に」
と、ノエルがワインといっしょに買ってくれたフルートグラスに注ぐと、細やかな泡が立ち上った。
クリスマス休暇にフランスで飲んで以来のアルコールはあっという間に体中をまわり、眞子をふわふわと気持ちよくさせた。
ヘタを取った苺を口移しで食べさせあっていると、わけもなくくすくすと笑いがこみあげてくる。
こうしていると、すべての問題が大したことではないように思えてくる。
足首のことも、クリスマスコンサートに出られなかったことも、雑誌のことも…
アメリカに来てからも、写真やレポートを送るという形で続けていたモデルの依頼がなくなって、もう数ヶ月たつ。
20歳を過ぎた自分が、ティーン向け雑誌の読者モデルとしてふさわしくないと見なされても仕方のないことだと、気に病まないよう努めていたところに、冬休みをニューヨークで過ごしていた日本でのバレエ仲間からの電話で、こんな話を聞かされた。
「3つ年下のエリカちゃんて覚えてる? よく猪熊先生に泣かされてた… あの子ロイヤルに留学したんやけど、眞子がやってたあのぉ、なんやったっけ? なんとか… スワンたち? のコーナーに最近よく出てるよ」
と。
なるほど、思ったとおり、ティーン向けバレエ雑誌の読者には、アメリカの大学に通うティーンですらない自分よりも、イギリスの名門バレエ学校に通う十代女子の暮らしに興味をもって当然だ。
ただそれだけのことなのに、
「あれ、眞子もまだあのコーナーって出てたっけ?」
と言った昔のバレエ仲間の声が、残酷なほど意地悪に耳に響いた。
「まこ、気分大丈夫?」
ぼんやりと考えに耽っている眞子の頬にノエルの長い指が触れる。
その指に眞子は自分の手を重ね、
「お風呂に入ろうよ」
と誘う。
浴槽に湯をためている間に、されるがままになっているノエルの服を脱がせ、
「見事な筋肉だけど」
と、お腹や腕の筋肉を指でなぞりながら、
「あなたもしかして格闘家かなにか?」
と、すっとぼけたことを言ってみる。
ノエルは、
「この筋肉は、こうやって使うのです」
と、いきなり眞子を床からすくい上げて浴室へと運ぶ。
笑い声を上げながら、チュッチュッとわざと音を立ててノエルの、唇以外のあらゆる場所にキスをする眞子の服を、ノエルが一枚一枚はぎ取りながら、同じようにキスを浴びせる。
「バブルバスになるやつ買っとけばよかった」
「シャンプーでがまんする?」
「シャンプーでがまんしない!」
「せめてボディーソープか」
「いま切らしてるから固形石鹸しかないっ」
浅いバスタブに足を入れたふたりはケラケラ笑いながら、バブルバスをあきらめて硬い新湯に身を沈める。
笑いが静まり、今度はゆっくりと唇を重ねる。
グラス3杯のアルコールでこんなに気持ちよくなれるのに、ドラッグまで必要な人―――わたしたちのバスに追突した男の子とか―――はどれだけ辛つらい現実を生きているのだろう、と眞子はぼんやり考えている。




