ニューヨーク 1992年 ②
《ロミオとジュリエット》で注目された頃からだろうか。
まっさらだった入学当時にはなかった重圧を感じるようになっていた。
がんばればがんばるほど、うまくいけばうまくいくほど、求められるものもプレッシャーも雪だるま式に大きくなっていく。
いくら学んでも練習してもじゅうぶんではない。
がんばってもがんばっても足りない。
終わりがない。
教師や観客をがっかりさせてはならない。
奨学金を維持しなくてはならない。
なにより、ノエルにふさわしいパートナーでいなくてはならない。
どんなにしんどくても立ち止まれない。
ちょっとだけ休みたくても、決して休めない。
クラシックバレエのチャフキン先生のように眞子に目をかけてくれる教師もいたが、コンテンポラリーのギビンズ先生には嫌われているとしか思えなかった。
周囲から常に高く評価されているノエルとのパートナーシップさえもギビンズ先生からは、
「マコはノエルに躍らせてもらってるだけにしか見えないわ。自分でもちゃんと踊りなさい」
などと酷評されることがあった。
自分でちゃんと踊ってます、と反発する気持ちもあったが、
「マコ。あなたは自分に自信がないでしょう。それが踊りにも出ているわよ」
と言われると、その通りかもしれない、と思わずにはいられなかった。
性格も肉体もタフでパワフルなギビンズ先生は生徒全員に厳しかったが、眞子には格別に厳しかった。
「もっと地に足を下ろして力強く!」
「全身で!」
「そのふにゃふにゃした体を持ち上げる方の身(それはいつもノエルだった。そしてギビンズ先生はノエルを気に入っていた)にもなってみなさい!」
と厳しい指導の声が次々に放たれる矢の如く飛んだ。
いっそのこと、ギビンズ先生が気に入る相手をノエルのパートナーに選んではどうかと眞子は開き直った心境になることもあったが、ノエルと一緒でなくては持ちこたえられないという不安(もはや恐怖)もあり、ギビンズ先生に「もっと強くっ」と指摘される背筋の強化に勤しんだ。
ギビンズ先生の振りつけはとにかく激しかった。
アクロバティックな動きが多く、やたらと危険なリフトをもりこむ。
失敗したときのことが一瞬でも頭をよぎると、動きも表情もほんのわずかにだが勢いを失う。
ノエルが眞子を落とすわけはないと信じているのに、信じ切れないのは自分のことなのかもしれなかった。
そのほんのわずかな迷いを決して見逃さないのが、ギビンズ先生だった。
後ろ向きに背中から飛びこんでキャッチされるというリフトで、
「スピードが足りない」
「踏切が弱い」
「もっと高く跳んで!」
「もう1回‼」
「もう1度!!!」
と言われ続け、眞子の体は痣だらけになった。
そんな眞子を気遣い、慎重に上げ下ろしするノエルに対してまでギビンズ先生は苛立ち、
「貴重品じゃあるまいし!そんな丁寧に取り扱う必要ない!」
と声を荒げたりするので、眞子はますますいたたまれない。
夜、ベッドでうとうとした脳裏に、
「スピードにのったまま!」
と叫ぶギビンズ先生の声がよみがえり、はっとして目が覚める。
完璧をめざして夜遅くまで練習して、週にたった1日しかない休みの日にも、スタジオにいないと落ちつかなくなっていった。
「今日も練習するの?」
信じられない、という表情で、ノエルは眞子を引きとめる。
休日の朝、ベッドの上でノエルはコーヒーを、眞子は紅茶を、ナタリーにもらったカフェオレボウルで飲み終えた後、
「スタジオいってこようかな」
と言う眞子に、ノエルは目を丸くしている。
呆れているのかもしれないし、心配しているのかもしれない。
国民性のちがいかそれとも潜在能力のちがいか、ノエルだけでなく、やるときは全力でやるけど休むときは潔く休み、息抜きをするのがうまいクラスメイトが多いなか、眞子はどうしても休めない。
しかし、このように引きとめようとするノエルを振り切ってさっさとスタジオに行ってしまうことも、眞子にはできない。
ベッドに腰かけている眞子の太ももに、頭をのせて甘えてくるノエルの、やわらかい髪に触れずにはいられない。
「いま外すごくきれいだよ。まこのすきな秋があっという間にすぎていくよ」
そう誘われて、気持ちはスタジオに向いたままノエルと手をつないで外に出てみれば、秋色のセントラルパークは確かにきれいだ。不安になるほど。
胸の奥までさわさわと風に吹かれて、あんなこともこんなことも口をついて出る。
たとえば、ロシア人のチャフキン先生が
「アメリカ人の生徒には私の言うことが伝わらない」
と嘆くことがあるが、アメリカ人の生徒は陰で、
「英語が訛りすぎていてわからないんだってば」
と言っていること。
眞子も実は、チャフキン先生が何を言っているのかわからないことがあること。
眞子たちが入学してすぐに病気で休養することになったスキナー先生は、中学生のときに日本で受けた特別レッスンを担当した先生で、そのレッスンがきっかけで眞子はクラッセンをめざしたので、早く元気になって戻ってきてほしいと願っていること。
日本ではほとんど会話もなかった父親は気まぐれに国際電話をかけてくるが、手紙は一通しかくれたことがないこと。
そのたった一通の、ついでに言うとたった一枚の手紙には、
「今年の夏は50年ぶりの猛暑だったがお父さんは元気だ」とか、
「暑さのため琵琶湖で鮎が五十万尾死に鶏が三万羽死にました」とか
「台風の当たり年でもう四個ほど来たが隣の滋賀県では満水になったダムからの放水で下流の町が大洪水なり大変でした」
などの気象情報が詳細に記載されており、最初はあまりのつまらない内容に当惑したのだが、くり返し読むうちに、静かなおもしろみにはまってしまったこと(書いた本人におもしろがらせるつもりはなかったであろうが)。
寮からアパートに移る際、父親に電話番号の変更は知らせたが、ボーイフレンドと住んでいるとは思っていないだろうということ。
しかし勘づいたとしても、今の父親はもう自分に対して何も言わないのかもしれないということ。
ノエルはいい加減な相槌を打ったりせずに、きちんと耳を傾けてくれる。
自分の言葉が迷子にならずまっすぐノエルに届く手ごたえを感じるたびに、眞子はもっともっとぜんぶ話したくなる。
一度にぜんぶは無理でも、少しずつでも、いつかは自分のことをぜんぶ知ってもらいたいと思ってしまう。
ノエルも、他の人には話したいと思ったことすらなかったあれこれを、気づけば眞子に話している。
幼い頃は、アメリカとヨーロッパを行ったり来たりの生活だったこと。
父親はアメリカ生活も長かったのだけど、話し方も振る舞いも絵に描いたようなイギリス人紳士だということ。
あらゆる民族の血が混ざっているはずの母親だが、そのわりには平凡な白人の外見をしているので(そしてそれはナタリーも同じだ)、自分だけが国籍不明に見えるということ。
小さい頃はよく、自分とそっくりな兄弟がいたら、と空想していたこと。
両親が今はドイツで暮らしているせいか、それともナタリーの人柄のせいか、近頃はナタリーの家がほとんど自分の実家のように感じられるということ。
ナタリーの夫、ダレンが徐々に体の自由をうばわれていく難病を患っていて、最近杖を使い始めたようすに胸を痛めていること。
リアムやヘイリーを弟や妹のように大切に思っていること。
眞子をとても大切に思っていること。
木漏れ日の下でふたりは唇を重ねる。
立ち止まって、あるいはベンチに腰かけて、芝生で足を投げ出して、風に髪をなびかせて、小鳥の囀りを聴きながら、落ち葉を踏みしめて、これまでにもふたりはここでたくさんのキスをした。
ずっと、こうしていられたらーーーでも、こうしてはいられない。
誰もいないスタジオで、眞子の頭の中をやるべきことが次々に浮かんでは乱れ散る。
「これはクラシックバレエとはちがうのよ。地に足をつけて!」
と昨日ギビンズ先生に厳しく注意されたステップは、足さえ痛くなければもっと力強く踏めるはずだが、足が痛くない日などない。
足が痛くても力強く踏めなくてはいけない。
前回のレパートリークラスでは、気分が悪くなって途中から見学していたのだから、覚えている部分だけでも次のクラスまでに通しておきたい。
その前に新しいトゥシューズを足になじませておかなくては、と、シューズを履くためにうつむいた拍子に、涙がはらはらと零れて止まらなくなった。




