ニューヨーク 1990年 8月~ ③
緊張していたはずなのに…
バスが走り出して間もなく、眞子は眠りにおちた。
小さな頃から寝つきは決して良くないほうなのに、乗り物に揺られると決まってすぐに眠ってしまう。
「もうすぐ着くよ」
と声をかけられて目を覚まし、よだれなど垂らしていないかとこっそり確認しているところに
「疲れた?ごめんね、こんな所まで来させて」
とノエルに瞳をのぞき込まれて、眞子は内心どぎまぎする。
バスを降りると目の前に広がっていたのは、アメリカ映画のセットのようなメインストリートだった。
薬局やブティックやダイナーやコーヒーショップが、なんとも言えずフレンドリーな佇まいで連なっている。
メインストリートをそれた道を少し入ると、ノーマンロックウェルの絵に描かれていそうな家々が並んでいる。
マンハッタンほど大都会ではなく、山田の住んでいるようなゲートに囲まれた高級住宅地より気安い雰囲気で、初めて来たのにほっとできる。
「ここだよ」
とノエルに促され、ベンチの置かれたポーチへと階段を数段上がる。
ベルを鳴らす暇もなくドアが勢いよく中から開き、びっくりして目を丸くする眞子にノエルは笑いかけてから、
「リアム」
と男の子に声をかけ、
「ヘイリー」
と呼びかけながら女の子を抱き上げる。
リアムは11歳ときいているが、小柄でもっと幼く見える。
“Come on in!”
と、中へ入るように促す明るい声の持ち主を、叔母のナタリーだとノエルが眞子に紹介する。
「彼女は日本から来たんだよ」
とノエルが子供たちに眞子を紹介すると、抱っこされているヘイリーは両腕をノエルの首に回したまま、眞子を透視するかのようにじっと見つめてからはじける笑顔で、リアムはなぜか驚いたような顔で少し頬を高潮させて、それぞれ「ハロー」とあいさつをした。
奥の部屋から足を引きずって現れた男性が、ナタリーの夫のダレンだ。
今夜は彼が勤めているジュエリー工房のパーティーに夫婦で出かけるのだが、帰りが遅くなるかもしれないので子供たちと家にいてほしいという事情らしい。
ナタリーは、
「キッチンにラザニアあるから。冷蔵庫にサラダも入ってるわよ。子供たちは8時になったら寝室にいかせていいから」
とノエルに伝え、
「そうよね」
と子供たちにも確認する。
11歳のリアムを8時に寝室へと追いやるのは早すぎる気がするが、本人は異議を唱えるそぶりを見せず、
「見せたいものがあるんじゃなかった?」
と母親に言われて素早く2階へかけあがっていく。
その後にヘイリーが続くのを見送ってからナタリーは、
「冷凍庫にアイスクリームも入ってるから」
と言って、ノエルと眞子にウィンクした。
リアムが2階の部屋から大事に抱えてきたものは、バードハウスだった。
学校の課題で作ったものが作品展で展示され、ようやく手元に戻ってきたのだと得意げに話す。
ノエルがきたら裏庭に吊るすのを手伝ってもらおうと楽しみにしていたらしい。
さっそく裏口へとキッチンを走りぬけ、ノエルの助けを借りてバードハウスを木の枝にくくり付けている。
「リアムは鳥が大好きだけど、カゴに閉じ込めたくないから飼わないんだって。バードハウスには果物を置いておくの。野鳥はあのバードハウスで自由に食べたり眠ったりしてもいいし、自由に飛んでいってもいいの」
リアムとノエルのようすを見守りながら、ヘイリーは物語を語るような口調で眞子に伝える。
親が、仕事だけでなく、映画に食事にパーティーに、と自分たちを置いて出かけていくことに、この国の子供たちはすっかり慣れている。当たり前のように
「じゃあね」
「いい子でね」
「行ってらっしゃい」
と挨拶がとびかい、4歳児のヘイリーさえも平然と両親を見送る。
「日本から来たんだね」
とリアムは少し恥ずかしそうに、眞子に話しかける。
まったく恥ずかしがらずにヘイリーが、
「わたしは外国のこともセサミストリートを見て知っているわよ」
と宣言し、日本について思いをめぐらせたが何も思いつかなかったので、かわりに、
「アフリカでは木の細い枝みたいな棒切れで、歯と歯の間をそうじするのよ。歯ブラシじゃなくて枝みたいな棒を使って日本では歯を磨くの」
と言ってから、
「アフリカでは」
と言いなおす。
「なんの話だよ」
と軽くリアムがつっこみ、曲選びのために持参したCDやカセットテープをステレオの前に並べていたノエルが、笑いを含んだ目で眞子と視線を合わせる。
「そんなことより!」
言いたいことがとぎれることのないヘイリーが今度は、
「わたしは今年のクリスマスにセーマイをたのもうかと思っているのよ」
と続けるが、眞子が理解していないのを見て取り、
「セーマイが何かと言うと」
と、画用紙に赤や青のクレヨンで、これはもしかして、いやきっとトラックであろうと思われる絵を描いてくれた。
「マコはアメリカで何が好きなの?」
と言うヘイリーの質問にすぐさま眞子は答えられず、え、やっぱりダンス?と生真面目に口ごもる。
ヘイリーは完成した絵を見せながら、
「これがセーマイよ。これが、わたしがアメリカで好きなものね。運転ができるようになったらサンタクロースにセーマイをお願いするつもりよ」
と言った。
隣で噴き出すリアムを無視してヘイリーは、
「マコは去年のクリスマスに何をもらった?」
と問う。
「え、なにも…サンタクロースがプレゼントをくれるのは子供だけでしょ?」
と言ってしまってから、ヘイリーが運転免許を取れる歳になってもサンタクロースにプレゼントを発注し続けるつもりでいるのなら、夢をこわすべきではないと、口をつぐむ。
するとヘイリーは、
「うそっ。わたしのママには指輪が来たのに」
と眉をひそめる。
アメリカではサンタクロースが大人にもプレゼントをくれることになっているのか、それともこの子たちの父親がジュエリー職人だからか、と眞子が用心深く考えをめぐらせていると、
「プレゼントちゃんとたのんだ? 英語でたのむといいわよ」
と、ヘイリーは神妙な顔でアドバイスするが、すぐに目が踊りだし、
「セーマイをたのむといいわよ!アハハハッ」
と笑いとばした。




