京都 1985年4月~ ②
クラッセンの舞踏科はコンテンポラリーダンサーの育成に力を入れているため、東京で開催される1週間の特別レッスンでもクラシックバレエは午前中のみで、午後はモダンバレエ、ジャズ、コンテンポラリー、即興などの多様なカリキュラムが用意されていた。
クラッセンからやってきたスキナー先生は大柄な中年女性だったが、そのふくよかな体型からは想像もできないほど自らよく動き、生徒一人ひとりを丁寧に指導した。
眞子を含むほとんどの生徒はクラシック以外の経験に乏しいため、午後のクラスでは慣れない動きにもたつき、ふだんは使っていない部位の筋肉が痛んだ。
しかし、本場ニューヨークで毎夏開催されている3週間のサマープログラムでは、更に夜まで振り付けやリハーサルを行い、毎週末にステージでそれらを発表するのだとスキナー先生から聞いた眞子は、このレッスンも本場のサマープログラムと同じカリキュラムならいいのに、と考えている。
現実逃避していられるこの時間が、永遠に続いてほしい。
「怒りを表現する」
というテーマの即興ではとまどう生徒が多い中、
“Be angry! More! More angry!”
と叫ぶスキナー先生の声と激しく鳴り響くピアノのリズムに煽られるように眞子は、自分の中から沸々とわき上がる怒りを感じ、その怒りをフロアにぶちまけた。
その感覚は、小学校のときに仲間はずれの原因となった、あの日の尻相撲と似ていた。
クラシックのクラスでも、
「正確なのはいいけど、小さくまとめないで」
と指摘され、長年受けている依子の指導で動きを制御しすぎる癖がついていることを自覚した眞子は、
「音楽をよく聴いて、感じて、表現して」
とくり返すスキナー先生の言葉で、より軽やかに、より伸びやかに、より自由に舞う気持ちよさを体感する。
濃密な1週間は瞬く間に過ぎた。
最終日にはクラッセンの資料が配布され、簡単にだが、学校のカリキュラムや本校入学に関する説明があった。
音楽科に比べると歴史も浅く、海外での知名度もやや劣る舞踏科に、アメリカ国内からだけではなく世界中から才能を発掘したいという目算もあっての、この海外向け特別レッスンなのである。
初日にも話が出た、ニューヨークでのサマープログラムに参加できるのは、書類とビデオ審査で世界中から選ばれた15歳から18歳の男女それぞれ20名ずつ。高校卒業後に応募資格のある本科は更に狭き門で、書類とビデオ審査を経たのちアメリカ各地で開催されるオーディションを受け、入学できるのは毎年男女わずか12名ずつ。
その12名の一人に選ばれたい!
と、雷に打たれたような唐突さで、眞子の脳内を熱い想いがかけめぐる。
そして同時に、留学すれば家を出られる、家から遠く遠く離れられる、と考えていた。
クラッセンを目指すのであれば、クラシックだけでなくモダンの訓練も受ける必要があり、英語も勉強しなくてはならない。
依子のスタジオにモダンのクラスはないし、英語はもっとも苦手な教科だが、これまで留学どころかなんの夢も目標もないまま、ただ日常から逃避する手段として、その日その日を生きのびるために続けてきたバレエが、クラッセンへの留学を思い描くことで、初めて自分の未来につながる気がした。
「特別レッスンどうだった?」
依子に尋ねられた眞子は、濃密で刺激的だった1週間のダイジェストを話した。
へ~え、
と機嫌よく聞いていた依子の表情が曇りだしたのは、眞子が今後はモダンのレッスンも受けたいと話したあたりからだった。
「眞子ちゃん、コンクールはもう出ないつもり?この夏も特別レッスンがあるからってコンクールやめたんやから、冬休みには入賞めざしてがんばらんと」
そう言われて、眞子は言葉につまる。
中一の夏休みに初めて出たコンクールでは予選を通過しながらも、脛骨の疲労骨折で本選に出られなかった眞子は、入賞を目指してまた挑戦しようと依子に常々言われていた。
しかし眞子は、自分がコンクールに出る意味がよくわからない。
プロのダンサーとして生計を立てられる環境が整っていない日本とはちがい、国立のバレエ団まであるという海外の著名なバレエ学校などに留学できるとか、そのための奨学金が出るような規模のコンクールならまた話は別だが、このスタジオからはそのようなコンクールに入賞どころか、出場した生徒すらいない。
大きなコンクールで入賞するためにも様々なコンクールに出て経験を積むべきなのかもしれないが、そんなことをするのには、どのぐらいお金がかかるのだろう。
これまでも、年に何度もあちこちのコンクールに出場したり、バレエ団の公演に参加するためにチケットを大量に買い取らされたりといった話を《コッペリア》のモデル仲間から耳にするたびに、自分とは別世界の話だと感じていた。
それに比べ、留学生へのローンこそ用意されていないということだが、奨学金やキャンパス内での就労制度を利用して8割もの生徒がなんらかの経済的支援を受けながら学んでいるというクラッセンでは、資質を認められさえすれば道が開けるという希望が持てる。
そのクラッセンへの進学を視野に入れた今、眞子のコンクールに対する気持ちはますます消極的になっている。
しかし依子のバレエ道とは別の道を歩もうとしている眞子に対して、依子は手のひらをかえしたように無関心な態度をとり始めた。
依子が特定の生徒に対して一時的に声をかけなくなるということはめずらしくないが、自分が標的になるのは初めてだった。
眞子にとって、バレエスタジオにさえ居場所がないという状態は耐えがたかった。
褒められることも叱られることもなくなって1週間が過ぎ、眞子はスタジオを移ることを考え始めた。




