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27話 アワリティア


「山野君?」


 市ヶ谷が悲痛な声で叫ぶ。


「市ヶ谷さんッ! どうしてそんな男と一緒にいるんだよ!」


 山野と呼ばれた男は俺を睨みつけながらそう叫んだ。

 その目つきが明らかにおかしい。ぐるぐるとあちこち動いて落ち着きが無い。人間と言うよりカメレオンみたいな動作をしている。瞳からは光が失われ、それが益々気味悪い。まるで何かに取り憑かれているかのようで、その挙動は俺に古いホラー映画を思い起こさせた。

 以前学校で会った時の印象、線の細さから来る弱々しさは陰を潜め、今は逆に禍々しさすら感じる。

 次の瞬間、山野は獣のように俺に飛びかかってきた。

 俺はナイフに刺されないよう、ありったけの勇気を振り絞って山野の懐に潜り込むように前へでると、そのまま体当たりした。

 勢い余って、俺と山野は二人して地面にもんどり打つ様に倒れる。

 そんな状態でもナイフだけは躱そうとしたが、上手く行かずに腕を少し切ってしまう。だが、痛みに呻く暇も無い。悪いことに俺は山野を取り押さえる筈が、逆にマウントを取られてしまった。その直前に何かが俺を掴んだかのように身体を捻ることが出来なかったのは気のせいだろうか?


「いやああああああぁぁぁぁぁっ! 誰か! 誰か!!」


 叫ぶ市ヶ谷。

 木嶋も蒼白になって俺を見る。

 ネシャートはこの間も懸命に治療に取り組んでいるが、まだ終わっていないようだ。

 当然のように、市ヶ谷の声に駆け付ける人間は一人としていなかった。

 せめて市ヶ谷だけでも逃げて欲しいが、あの様子では逃げろと言っても無駄だろう。


「お前、お前、お前、し、し、ししししし死んじゃえよっ! 死んじゃえ、死んじゃえ、死んじゃえ。死ね、死ね、死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね、死ねねねねねねねねねねねねっ!」


 口角から泡を飛ばし、血走った眼を不規則にグルグル回しながら刃物を振り回そうとする山野の腕を、俺は下から掴んで必死に抑える。

 さっきから山野の姿がどんどん化け物じみてきている気がする。実際、その華奢な腕からは想像もつかないほど力が強く、このままでは程なくして胸のどこかにナイフを突き立てられるかもしれない。


「やだっ! やだっ! コウちゃんを殺さないでッ!」

「なんだよ……市ヶ谷さん、なんでコイツなんかをそんな親し気な呼び方するんだよ……」


 そう言うと山野は市ヶ谷をねめつけた。

 市ヶ谷がビクッと肩を震わす。

 山野の手から少しだけ力が緩み、俺はその隙を付いて山野の腕を捻り上げようとした。

 次の瞬間、俺のわき腹を誰かが蹴り入れ、その痛みに苦悶の声を上げた。


「何してんだ、お前……」


 ズンと鈍い感覚が最初に感じられ、その後鋭い痛みが胸から脳に伝わった。金属が無理矢理体内に入ってくる異物感に、嫌悪と吐き気をもよおす。


「がああああっ!」

「いやああああああぁっ!」

「笠羽君ッ!」

「ご主人様ッ!」


 堪えることも出来ず、苦痛の声を上げると、市ヶ谷達の叫び声が同時に上がる。

 次の瞬間、市ヶ谷と木嶋は何かに怯えたように黙り込んだ。

 刺された事実に困惑しながら、俺もその違和感に気付く。

 刺される直前に俺のすぐ脇に現れた存在。

 異質。

 あまりの異質さに山野に感じていたものとは別種の恐怖が沸き上がり、胸の痛みすら忘れてしまう。

 人ではない、言うなれば文字通りの《魔人》。

 外見こそネシャートと同じく、少女の外見をしているが、ネシャートよりも明らかに異質な気配を纏う存在。根源的な恐怖をその身に纏わりつかせた『魔人』がそこにいた。

 直感する。

 これが、マリシアス……


「初めまして。私の名前はアワリティア。以後よろしくお願いいたしますわ。ご主人さま♪」

「俺をご主人様と呼ぶんじゃねぇよ」


 なんとかそれだけを口にした。

 怖くて仕方ない癖に、こんな啖呵を切るなんて俺には自殺願望でもあるんだろうかと疑いたくなる。


「外見に、反して中身は相当な化物じゃねぇか……」

「黙れよ、お前ェッ!」


 俺の言葉に山野が怒りの声を上げ、刺したナイフを抜いてもう一度突き立てた。


「がはっ! ……ごふッ! ごふッ!」

「や、やめてぇえぇぇぇぇぇっ!」


 市ヶ谷の慟哭にも山野は気にかけず二度三度とナイフを突き立てる。

 喉から鉄臭いものがこみ上げ、俺はそれを吐き出す。途端に周囲が赤く染まる。


「あらあら、このままじゃ死んじゃうわねぇ……。どうしたのそこの《ジーニー》さん。ご主人様をお助けしないの?」

「………………」


 次第に狭くなりつつある視界を動かしネシャートを見る。

 ネシャートは動かず、木嶋の治療に専念している。ただ、憎々し気に《マリシアス》アワリティアを睨みつけたまま。

 ネシャートがあそこまで敵意を剝き出しにするのを俺は初めて見た。

 だが、それでもネシャートは俺を助けようとしない。


「無理よねぇ。ご主人さまの願いは『その娘を助けること』であって、『ご主人様を助けること』では無いものねぇ」


 そうだ。

 ネシャートは今、『俺の願い』に縛られている。

 木嶋を襲った理由がまさに今の状況を作るためだと悟る。

 勿論、俺が俺自身を助けるよう願えば、ネシャートはそう動くだろうが……。


「ご主人さまも、喉に血が詰まって思うように声が出ないでしょう?」


 恍惚とした表情でアワリティアは俺を見下ろす。

 怖い。

 恐ろしい。

 刃物が体に突き刺さるときの違和感。

 痛みが脳に響くたびに生を実感し、同時に血が流れる毎にそれが失われ、視界が霞む度に死の実感と入れ替わる。


「怖いでしょう? 恐ろしいでしょう? 本当は死にたくないんでしょう?」


 見透かしたようにアワリティアがそう問いかける。


「殺す……殺すよ。僕が確実に殺す」


 山野が半ばうわ言のようにブツブツと「殺す」と繰り返している。そしてその手に握られたナイフが、高々と山野の頭上にもちあげられ……。

 振り下ろされる瞬間、アワリティアがその手を掴んだ。


「な……何をするんだッ!」

「ダメよ、目的を違えないで。貴方が殺すのは、その男じゃないでしょう?」

「え?」


 山野が抗議の声を上げるのをアワリティアが宥める様にして制すると、何か感じたのか市ヶ谷が二人を見た。


「貴方がしなければならないことは何?」

「市ヶ谷さんを……殺すこと」

「ひッ!」


 アワリティアの静かな声に山野は虚ろな目で答える。

 そのままゆらりと立ち上がり、俺から離れ市ヶ谷に向き直る。

 その異様なやり取りに、市ヶ谷は小さな悲鳴を上げて後退った。


「……何故だ…………何故市ヶ谷を殺そうとする……」


 朦朧とした意識の中、俺の中にはある疑問が浮かぶ。山野は歪んでいるとは言え、市ヶ谷に好意を持っている筈だ。なのに何故殺そうとするんだ。


「市ヶ谷さんを殺せば、もうお前のことなんか見なくなるから……次は僕だけを見てくれるkら……アワリティアは市ヶ谷さんを生き返らして、僕だけを見る様にしてくれるって……」

「な……何を言っているんだ……君は……」

「無理ですッ! たとえ《マリシアス》と言っても死んだ人間まで生き返せませんッ! せいぜいが呪いをかけて動く死人(リビングデッド)にするくらいですッ!」


 妄言とも取れる山野の言葉を木嶋が疑問に思うのも当然だ。その木嶋の治療を続けるネシャートも死者を生き返らせることはできないと否定する。


「うるさいわねぇ……良いじゃないの死体でも。誰か他の男に気を取られるより」

「死んでしまったらその人は誰も見ないんですよッ! 例え貴方のことだってッ! それで良いんですか山野さんッ!」

「貴女、耳障りだわ」


 アワリティアがネシャートに向かって手を伸ばすと、ドンッ! と音がしてネシャートが吹き飛ばされた。


「かッ! ……ごほっ」


 廃墟の壁にネシャートはしこたま背中を打ち付け、呻きとともに咳込んだ。

 それでも治療を、俺の願いを叶えようと木嶋に近づく。

 アワリティアはそんなネシャートに近づき、下から蹴り上げた。


「あぐっ!」


 ネシャートは身体を九の字に折って三階くらいの高さまで蹴り上げられる。落ちてくるところをアワリティアは追い打ちのように回し蹴りを放つ。

 豪快な破砕音とともにネシャートの華奢な体がコンクリートの壁にめり込む。


「うふふふふふふふ、本当に《ジーニー》ってのは面倒よねぇ。何よりも契約者の願いを優先しなければならないんだから」

「それが……ご主人様の願いだから……です。貴女には分からないでしょうが……」


 ネシャートを嘲笑うアワリティアに、ボロボロになったネシャートがゆっくりと立ち上がって言い返す。


「確かに私には分からないわねぇ。まあ、分からなくて結構なんだけど。でも分かることが一つだけあるわ」

「な……何を……」

「《マリシアス》になって良かったってね!」


 そう言ってネシャートを殴りつける。


 ――ネシャートッ!


 そう叫びたかったが、喉からはゴボゴボと音がするだけで言葉にならない。

 その間にも山野は市ヶ谷に近づいていた。



アワリティア「展開に捻りが無いわね」


……ほっといて下さい

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