第十一話
銀座の街角に、高級家具店が立っている。
そこの主人であろう若い黒髪の男は、ハタキで家具に積もった埃を丁寧に落とす。
「今日は店じまいだな」
最近は物騒だから…という続きは言葉に出なかった。
「…6時半か、そろそろ時間だ」
外はすでに日が翳り、橙色の空となっていた。
若い男は店のシャッターを閉め、中に消えていく。
チャットルーム
―下風〜情報屋の集い―
―Seadevilさんが入室しました―
風:…よぉ、来たか
Seadevil:あぁ、来たぜ
風:ここはな、俺が認めた情報屋しか入れないようにしてあるんだ
Seadevil:そうらしいな。一度個別端末でハックしてみたが…流石としか言えないな
風:俺より機械に強い情報屋がこの世に存在するのか?
Seadevil:俺の知る限りでは、いない。影椿でもアンタの領域に踏み込めるか怪しいくらいだ
風:影椿、か
Seadevil:どうした?微妙な反応だな
風:あいつには俺の持てる技術ほぼ全てを伝授した。いわば弟子だな
Seadevil:へぇ…そうだったのか
風:だからわざと俺のとっておきは教えないでおいた
風:未完が完成し、俺を越える可能性が出てくる。それほど楽しいものはない
Seadevil:究極の師弟対決も、いつか見られるかもしれないな
風:お
風:千草がもうすぐ来るらしい
Seadevil:千草か。最近動きがなかったから失踪したかと思っていたが、そうじゃなかったらしいな
風:親戚の不幸でしばらくご無沙汰してたって、連絡がさっき入ってた
Seadevil:ん、こっちにはAIからだ。接続が完了次第来るらしい
―千草さんが入室しました―
風:噂をすればなんとやら、って奴だな
千草:…何、私の噂してたの…?
Seadevil:あぁ、まぁな
風:千草ちゃんが可愛いって話だよ。ウソだけど
千草:…は?
Seadevil:最近お前を見なかったって話だ
千草:…で?
Seadevil:別に?生きてて何よりだってだけさ
千草:…気持ち悪いんだけど
風:千草も刺激すんな、美人が台無しだぞ
Seadevil:おぉ、怖い怖い…
―AIさんが入室しました―
千草:…久しぶり…
AI:久しぶり
風:そっちも元気そうでよかったよ
千草:…無事って知ってたんでしょ?
千草:この中ではあんたが最高の情報屋だから
風:知らなかった、と言ったら嘘になるな
AI:迷惑メール記録に幾つか痕跡があった
風:迷惑メールって…安否メールといいたまえ
Seadevil:迷惑…
千草:ストーカーだね、人のこと調べ上げて
風:お前らもだろ!俺一人の責任にすんなっ!
Seadevil:俺は組織専属だから違うっての
AI:俺も専属だ
風:みんな寄ってたかって俺いじめてんの?そうなの?
―サファイアさんが入室しました―
サファイア:あれ、なんだみんないたの?
Seadevil:お、サファイアも来たんだな
千草:…なんとか厄介ごとを撒いてきたから
AI:俺はSeadevilに呼ばれた
AI:あと迷惑メール記録に風から連絡が入っていた
風:だから安否メールだっての
AI:宛先不明は全て迷惑メールに設定している
風:ひでぇ…つっても固定のアドレスないからさ
風:それにそこから足跡辿られても面倒じゃん?
Seadevil:それだと普通返答できねぇだろ
サファイア:でもここには来てるし、いいんじゃない?
千草:…ここで話すとか?
―bishopさんが入室しました―
Seadevil:お、bishopも来たな
風:よぅ
bishop:珍しく揃っていますね
風:ようやく始められそうだ
Seadevil:そうだな
風:てなわけで、情報屋による情報の共有会をする
AI:了解した
サファイア:…お題は?
風:何でもいい
千草:…そうだね、最近の妖の行動に対し棺が動き出したらしい
Seadevil:そうらしいな。少しだけこっちの耳にも入ってる
AI:棺か。それなら妖刀を持ったフードの男を追っているのを目撃した
サファイア:何番かわかる?
千草:情報じゃ8番と10番らしいよ
AI:俺が見たのも8番と10番だ
サファイア:…捕まったら死ぬね、というか、逃げ切れないだろうね、特に8番が一緒じゃ
風:棺か…
bishop:なんだ?
風:いや、確か棺が駆り出されたのって、神法第37条の『妖刀を人体実験に用いるべからず』に抵触してたからだよなって
サファイア:え?神法第9条の『妖刀を用い、創造神を害すべからず』じゃないの?鴻章の本に載ってたアレ
千草:裏で人体実験してるんじゃないの?
Seadevil:いや、妖たちがやってるんじゃねぇと思う
bishop:…人外の者共の大部分は人体実験を『人族の穢れ』として嫌う傾向にある
千草:…それじゃ、この食い違いは何?
bishop:となると、妖たちはそれを知らずに利用されているということになるな
千草:利用してる方は誰かって問題が出てくる
Seadevil:そこが重要だな
AI:違法実験施設に幾つかの心当たりがある。今からハッキングしてみる
サファイア:わかった
Seadevil:俺も、組織の管轄で気になる資料がねぇか一通り洗い出してくる
千草:でもそんなの、風じゃなきゃ絶対分からなかっただろうね…
bishop:お前を敵に回したくないな
風:今回のはたまたまだっての
bishop:こちらも、今情報が手に入った
サファイア:どんな?
bishop:例のギルドを襲撃した妖…そいつを含んだ又従兄弟が今回の妖騒動の中心らしい
千草:身元はわかってるの?
bishop:あぁ、割れてる
サファイア:よければ聞きたいな
bishop:まず、襲撃した奴はユミルという妖狐の血族の妖だ
サファイア:…妖狐の血統はわかる?
bishop:勿論。血統は有名どころの九尾だ
風:よく捕まえたね、九尾の血統の妖狐なんて
bishop:バアルなら余裕だろう
サファイア:バアル…実力者とは聞いていたけど…
bishop:普段の様子からは想像がつかないだろうが、あいつの腕は確かだ
千草:…こっちもとっておきが一つ
千草:…魔界の保管庫からたった今、天使たちの遺体が盗まれたらしいよ
bishop:今回の件と関係がありそうだな
サファイア:…妖刀、人体実験、妖、天使…
サファイア:…繋がりが読めない
bishop:こっちから新しい情報だ
bishop:天使の遺体が盗まれたことで、七魔と八王子に招集がかかった
風:あぁ、魔神か
bishop:とくに、傲慢はもう動いているらしい
サファイア:悪魔たちの筆頭格だね、流石に行動が速い
bishop:仕事が忙しくなってきた。すまないが、今日はこれで切り上げる
千草:お疲れ様
―bishop:さんが退室しました―
サファイア:それにしても、妖たちの裏に存在する者が気になるね
千草:…そろそろあの二人が戻ってくると思う…
サファイア:スキャンにそう時間はかからないだろうし
サファイア:有益な情報がなかったか聞こう
―風さんが退室しました―
サファイア:あれ、風さん?
―風さんが入室しました―
風:すまん、卵のセール調べてたら自動退室してた
千草:…意外と主婦臭がする
風:え、まさかの中年女性疑惑?ww
千草:…違うの?
風:それは言えないねー、身元バレちゃうかもだし?
サファイア:あんたは裏では世界の敵じゃないかって噂されてる。それも違うの?
風:ノーコメントで!
千草:…怪しい…
サファイア:情報屋でもあんたほど徹底的に個人情報を隠してる奴はいない
風:情報屋っていうのは、身元がバレれば殺されるんだよ?金払えば誰にも情報売るってのは恨みを買いやすい
Seadevil:確かにそうだな
Seadevil:専属じゃないと余計に身の保身はねぇし
サファイア:…まぁね…
千草:でも、世界の敵って本当なの?
AI:現在のデータでは、その可能性は30%だ
風:そうだよ!世界の敵がこんなとこで情報屋してるとかおかしいじゃん
風:それにそんな実力があれば身元を隠す必要もないしね
Seadevil:それも一興…ってやつかもしれねぇけどな
サファイア:…あり得る
AI:決定的な情報があれば、可能性も高まる
千草:…探し出してやる
風:ちょ、怖いこと言わないで!
Seadevil:まぁ、それは置いとくとしてだな
サファイア:有益な情報あった?
Seadevil:あぁ、あったぜ
千草:…へぇ
Seadevil:ここ最近違法実験施設の構成員が妖と接触してるって情報がな
サファイア:最近騒いでる妖たちで間違いなさそう?
Seadevil:あぁ。さっきのログ見てから更に調べてみたが、例のギルドを襲撃した奴の又従兄弟らしき人物がそこと繋がってるらしい
サファイア:…なるほどね…
AI:俺の方も、てがかりがあった
AI:妖刀を複数持ち込んだ形跡のある違法実験施設を発見した
Seadevil:妖刀をか
千草:…その施設の情報を教えて
AI:分かった
千草:…今から施設にウイルスを流す
千草:人体実験…穢らわしい
風:クラッキングは千草ちゃんが一番できるもんね
Seadevil:あぁ、俺も吐き気を覚える
AI:××××-69***@###--
AI:これが違法実験施設の中枢部アドレスだ
千草:…ありがとう
AI:構わない
Seadevil:今、うちの組織のやつらも現地に向かってる。向こうはパニックになるだろうな
千草:…あれ?
Seadevil:どうした?
千草:…検索しても出てこない
AI:少し待て
AI:アドレスを変えられたらしい
千草:…くそっ
AI:今度は電波と周波からやってみてくれ
AI:******-******が電波、######-######が周波だ
千草:…わかった
風:…俺たちのような情報の使い手が向こうにもいるということだな
Seadevil:そうらしいな
千草:…ダメ、ブロックされてて侵入できない
AI:そちらで駄目なら、俺が直接ウイルスを送りこもうか?
風:…いや、迂闊に動かないほうがいい
Seadevil:嫌な予感がする…か?
風:…あぁ
Seadevil:アンタが言うと大抵あたるからな
風:こっちの動きを察してアドレスを変えられる腕の持ち主が向こうにいることになる
サファイア:返り討ちってこと?
風:…ないとは言えないな
AI:上から出動命令が出た。現地へ向かう
風:…そうか
Seadevil:気をつけろよ
AI:問題ない
サファイア:…気をつけてね
Seadevil:こっちの班のやつらは向こうに着いたらしい
サファイア:どうだった?
Seadevil:もぬけの殻だそうだ。察知されたらしい
千草:…やることはクズのくせに、頭は回るみたいだね…
Seadevil:そうらしいな
風:…他に取り上げたいことはあるか?
AI:俺は特にはない。そろそろ出る
風:わかった。今夜はこれで解散しよう
―Seadevilさんが退室しました―
―AIさんが退室しました―
千草:…それじゃ、私もこれで…
―千草さんが退室しました―
風:…お前はどうするつもりだ?
サファイア:…どういう意味?
風:利用されてでも戦いたいのか?
サファイア:僕は僕の好きにさせてもらうだけさ。兄さんを騙すクズも、人族も、全て消せばいい
風:それで、兄さんとやらを助ける気は?
サファイア:ないね
風:お前ほどの悪鬼羅刹もそうそう見ないな
サファイア:あんたが言えること?
風:じゃ、俺は豚バラのセールに行ってくるから、今日はサヨナラだ
―風さんが退室しました―
サファイア:…チッ
―サファイアさんが退室しました―
「さて、どこまで掴んでるのかな」
世界の敵と呼ばれ恐れられた男は、ノートパソコンをシャットダウンし閉じる。
「おっと、急がなきゃセールが終わっちまう」
男は慌ただしくカバンを掴み、部屋を後にした。
―十二話に続く―




