世界統合開始
強制統合が、実行された。
最初に、音が消えた。
街は昼だったはずなのに、車も信号も人の声も、一拍遅れて届く。
遅れて、そして――途切れる。
空に、細い光が走った。
雷ではない。
亀裂でもない。
直線だ。
幾何学的な、正確すぎる線。
それが空を横断し、雲を二つに分ける。
遅れて、街の影が揺れた。
人々の足元の影が、一つではない。
二重に、三重に、重なっている。
立ち止まった少年の影が、別の方向へ歩き出す。
だが本体は動かない。
影だけが分岐している。
柳端は少年を見ていた。
影だけが歩いていく。
本体は動かない。
誰も気付かない。
母親も。
通行人も。
少年自身も。
気付いたのは柳端だけだった。
世界は壊れている。
だが壊れていることを認識できる者は、ほとんどいない。
これは、選別だ。
どちらかを残す処理。
柳端は立ち尽くす。
空の光線が、さらに増える。
縦に。横に。
都市が方眼紙の上に置かれたように区切られる。
区画ごとに、色が変わる。
青。赤。灰。
灰色が広がる。
そこは、第三位相の色だった。
呼称未定義領域。
起動条件、成立。
彼女の呼吸と同じ速度で、灰色が脈打っている。
未定義。
削除不能。
だが今、統合の中心へ引き寄せられている。
そこだけ、光が吸い込まれる。
まるで、何かが内部から呼吸しているように。
音も、影も、数式も届かない。
人が一人、消える。
爆発もない。
悲鳴もない。
ただ、そこにいたはずの人間が、
一行削除されるように消えた。
周囲は気付かない。
隣を歩いていた男も。
信号待ちの女も。
誰も振り返らない。
まるで最初から存在しなかったかのように。
気付いたのは柳端だけだった。
見てしまった。
観測してしまった。
そして柳端は知っている。
観測した瞬間、それは確定へ近づく。
存在確率がゼロへ落ちる瞬間。
数字が確定する瞬間。
世界が「選んだ」瞬間。
そして、空の中央が、完全に裂ける。
裂け目の向こうは、光でも闇でもない。
無色。
そこに吸い込まれる世界。
統合処理の中心点。
確率収束の核。
柳端の視界に、承認ウィンドウが浮かぶ。
統合最終段階
優先世界を確定せよ
指先が震える。
街が崩れる。
影が消える。
分岐が折り重なり、一つに潰れようとしている。
世界は悲鳴を上げない。
ただ、薄くなる。
静かに。
正確に。
容赦なく。
灰色の領域が、拡大する。
そこだけが、確率計算に含まれない。
そこだけが、処理されない。
観測できない。
干渉できない。
未観測。
世界の崩壊は、破壊ではない。
削除だ。
優先世界を選べ。
一つを残し、他を無効化せよ。
未選択の世界は、存在確率を永久に失う。
世界は、彼に決断を委ねたのではない。
責任だけを押しつけている。
指先が、承認ボタンの上で止まる。
彼が押せば、世界は安定する。
押さなければ、世界は崩れる。
だが――
安定とは、誰のための安定だ。
失われる側の声は、計算に含まれていない。
世界は沈黙している。
答える代わりに、確定を迫る。
観測すれば、終わる。
それでも世界は、柳端に押させようとする。
承認ボタンが、脈打つ。
柳端の心拍と同期する。




