緊急対策会議
会議室は地下三層。
窓はない。
時間も、ここでは表示されない。
中央の円卓を囲むのは、役職名で呼ばれる者だけだった。
スクリーンに表示された数値が、波のように揺れている。
《第三位相、臨界継続》
《優先世界、未確定》
《観測干渉:双方向》
室内の空調音だけが、規則正しく響く。
「説明を」
議長席の声は低い。
位相解析主任が立ち上がる。
「従来の第三位相とは挙動が異なります。過去の事故例――識別番号K-071――と波形が一致」
数秒の沈黙。
そして最後の記録。
――まだ、向こう側に人がいる。
そこで記録は途切れる。
以後、K-071は発見されていない。
「再発か」
「いいえ」
主任は首を振った。
「継続です」
スクリーンに二つの座標が浮かぶ。
片方は消失区域中心部。
もう片方は、通常都市座標。
二つは、重なっている。
「第三位相が、観測に反応している」
「違う」
別の声が割り込む。
「観測ではない」
そこで、言葉が一度止まる。
「……選択に近い」
室内の空気が止まった。
その語は管理局の辞書には存在しない。
世界は選ぶものではない。
観測し、管理し、確定させるものだ。
少なくとも、そういうことになっている。
室内の空気がわずかに変わる。
その言葉は、禁忌に近い。
世界は意志であってはならない。
「対象は何名だ」
「二名」
即答だった。
「男性管理局職員、識別コード一致。および、未登録存在一名」
未登録。
管理局において、それは存在しないことと同義だった。
記録されていないものは、いないものとして扱われる。
「排除は可能か。即時だ」
「現在は困難です。接触が固定化しています。片方のみを除去した場合、位相崩壊が発生する可能性」
「確率」
「六十七パーセント以上」
この場では、感情はコストだ。
「安定化処理を段階的に実施。境界厚度を増強。
対象二名を分離」
「失敗した場合」
沈黙。
「世界の優先順位が再定義される可能性があります」
議長がゆっくりと言う。
「判断不能という語は存在しない」
存在しないことになっている。
数値が跳ね上がる。
《干渉強度、上昇》
《第三位相、形状固定化傾向》
「形状?」
「はい。従来は拡散型でしたが、今回は――」
主任の声が一瞬だけ止まる。
「――中心を持っています」
「固定点が存在します」
「中心?」
「人為的なパターンと一致」
誰も口にしない。
接触は事故ではない。
選択だ。
K-071が止めようとした処理。
却下された判断。
それと同じ波形。
「対象の識別コードを」
表示される。
柳端の番号。
K-071の識別コードと、連番だった。
偶然として処理するには、近すぎた。
管理局は、偶然という語を採用しない。
数秒、沈黙。
「内部職員か」
「はい」
「観測対象へ暫定指定」
数秒の沈黙。
「承認」
「追跡班、準備」
決定は、速い。
迷いは、記録に残らない。
「なお」
主任が最後に付け加える。
「第三位相は、災害ではありません」
誰も反応しない。
主任は続けた。
「拒絶でもありません」
沈黙。
そして、ほとんど独り言のように付け加える。
「応答です」
室内の空調音だけが響く。
「何だ」
「応答の可能性が高い」
静まり返る。
「誰に対する」
答えは、誰も言わない。
だが全員が理解している。
向こう側。
待っている時間。
議長が結論を告げる。
「安定化処理を段階的に実施。対象二名を分離」
「必要であれば、存在座標の封鎖も許可する」
「これは逸脱ではない」
誰かが、確認するように言った。
「世界の保全だ」
会議は終了する。
だがスクリーンの波形は、消えない。
数値の奥で、第三位相は揺れ続けている。
会議は終了する。
だがスクリーンの波形は消えなかった。
数値の奥で、第三位相だけが静かに揺れ続けている。
管理局は決定した。
それでも、世界はまだ答えを出していなかった。




