第七章 青い宝玉(四)
路地裏――
そこに、ジェイムズ・ライダーはいた。
路地は狭く、壁は湿っている。風が通らず、雪の匂いだけが沈んでいた。
レストレードは迷いなく声をかける。
「ジェイムズ・ライダーだな」
振り返ったライダーは、なぜか観念したように小さく笑った。
「……宝玉のことだろ」
「そうよ」
シャーロットが短く答える。
その返答に、ライダーはほんの少し肩を落とした。意図が伝わったことへの諦め――あるいは、安堵に近い。
「まずは、俺の身分から話す」
「身分?」
レストレードの声が低くなる。距離が、半歩だけ詰まった。
「ああ。俺は――魔法省・内部調査室の職員だ」
一瞬、空気が止まった。
内部調査室。
魔法省の内側を捜査する組織。
「……証明は?」
レストレードが即座に問う。職務としての反射だ。
ライダーは懐から、擦れた小さな札を見せた。
ライダーは短く息を吐き、次の段へ進んだ。
「半年前、《ミラージュ・ペン》が行方不明になった」
その名を聞いた瞬間、レストレードの目の色が変わる。
《ミラージュ・ペン》。
観測の履歴を写し取り、改竄すら可能にする危険な魔法具。
「……あれは本来、絶対に外へ出してはいけない」
「だから調べた。保管庫の管理も、持ち出しも」
ライダーは歯を食いしばるように言った。
シャーロットが、先に結論へ触れる。
「管理者はセントクレア」
「ああ」
ライダーは悔しげに目を伏せた。
「だが――そこで本当は、止められた」
「止められた?」
レストレードが問い返す。
「外務調査局だ」
ライダーの声が硬くなる。
「“セントクレアは国外と繋がっている。泳がせて二重スパイにする”――そういう指示が、上から降りた」
第六局外務調査局。国外を中心に諜報活動をする魔法省組織。
レストレードは、吐き捨てるようには言わない。ただ、口角が僅かに沈んだ。
「……それで、内部調査は手を引いた」
「手を引いたんじゃない」
ライダーは短く否定した。
「引かされた。触れた瞬間、俺の報告書は全部“未処理”になった。見なかったことにされた」
シャーロットが小さく頷く。
「……だから、保管庫そのものを調べ直した」
声が、少しだけ震える。
「そこで気付いた。宝玉が――入れ替わっていた」
「蒼玉が?」
レストレードが詰める。
「蒼玉だけじゃない」
ライダーは、そこで初めて顔を上げた。
「六つ全部だ。殻だけが残って、本物はもう無い」
言葉が落ちた瞬間、路地の空気が冷えた。
雪の匂いが、急に濃くなる。
レストレードは何も言わない。
シャーロットだけが、淡々と受け取った。
「……偽物が守られて、本物が消えた」
ライダーは頷く。
「上は秘匿するつもりだった。魔法省の威信に関わるからな」
「それで、お前は外へ音を出した」
レストレードの声は低い。責める言葉ではない。
「ああ」
ライダーは苦しそうに笑った。
「内部告発は潰される。だから、正面じゃなく、横から届く手段を選んだ」
「帽子」
シャーロットが短く言う。
ライダーは頷いた。
「ヘンリー・ベーカーの帽子に、蒼玉を“残した”。わかる奴が拾えば、必ず騒ぎになる。監視局へ届く。――そう思った」
「……だが犬が介入した」
シャーロットが淡々と言う。
ライダーは顔を歪める。
「想定外が続いた。だが結果的に、あんたの所へ行った。――それだけが救いだ」
シャーロットは淡々と受け止める。
「――結果として、あなたのところまで辿り着いたわけね」
「その通りだ」
ライダーは力なく笑った。
その笑みは、半分諦め、半分はどこか救われたようでもあった。
レストレードは、視線を外し、短く言う。
「……告発者が、犯人扱いされる状況か」
「仕方がない」
ライダーは小さく肩をすくめる。
「俺は“盗んだ”ように見せなければ、外に届かなかった。この組織は、静かな異常を“なかったこと”にできる。だから」
シャーロットは、そこで初めて、少しだけ目を細めた。
「黙っていれば、確実にもっと大きな被害が出る。……選択の問題ね」
ライダーは何も言わず、ただ頷いた。
「どうする?」
レストレードが横目でシャーロットを見る。
“逮捕するか否か”―― 監査官としての問いだ。だが同時に、“この件をどう扱うか”という、組織への問いでもある。
シャーロットは淡々と答えた。
「宝石は偽物。犯人も偽物。――本物は別にいる。――じゃあ、捕まえる意味わ」
「そうか」
レストレードは思わず答えるが、すぐに「そうか?」と顔をしかめる。
「ええ。それよりも――本物がどこへ行ったのか、調査してもらったほうがいいわ」
「え?」
ライダーが本気で驚いた顔をした。
自分が“捕まるために”ここに立っていると思っていたのかもしれない。
レストレードが苦笑する。
「……君は意外に適当なんだな」
「そうよ」
シャーロットは平然と言う。
「私は“観測して、結果がわかれば”それで十分なの。正義とか、罰とか――それは監視局の担当。私は、原因と構造が見えれば満足よ」
ライダーは唇を開きかけ、閉じた。
責められる覚悟はしていた。だが、責められないのは、もっと怖い。
シャーロットは続ける。
「あなたは“本物の所在”を追うための鍵になる。追われる側ではなく、追う側に戻りなさい。――ただし、レストレードの監督下で」
「……監督下、か」
ライダーは苦笑する。
レストレードは短く頷く。
「当然だ。お前が正しくても、制度はお前を潰す。なら、こちらで守る。守らないと、蒼玉の行方が永遠に闇に沈む」
窓の外では、静かに雪が降り始めていた。
ふわりふわりと。
「……まあ、クリスマスだからな」
レストレードは肩をすくめ、白い吐息を漏らした。
冗談の形を借りた、現実逃避だ。
シャーロットは雪を見上げた。
雪は降り続ける。
街は静かで、魔法省は何事もなかったように稼働している。
だが、深層で“六つの宝玉”が空になった事実だけが、確かにそこに残っていた。




