表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/28

スパイスの余韻

 魔導列車。

 ――それは蒸気の代わりに魔導機関を使用して走る、魔法都市ロンドンと地方とを結ぶ主要交通だ。


 魔力導管を通す特別製のレールの上を、青白い魔力光を尾に引きながら進む姿は、夜の空に一筋の線を描くようで、鉄道というよりひとつの魔法式に近かった。


 その列車の揺れに身を預けながら、シャーロットとワトソンはボスコム谷からの帰途についていた。窓の外には、淡い霧と丘の陰影が後ろへ流れていく。シャーロットは、久々の列車の規則正しい振動が、心地よく感じられていた。


「シャル」


 隣の席から、ワトソンが、こちらの袖をちょんと引いた。


「どうしたの、ワトソン」


「お腹すかない?」


「そう?」


「そうよ。さっきから、お腹が鳴ってるわ」


 そいうと、ワトソンのお腹がグーっと鳴る。


 ワトソンは事前に、車内の案内板に貼ってあった“沿線グルメ情報”をしっかり確認していた。ロンドンではあまり見ることのない、地方独特の料理があると知ってからというもの、彼女は、――そわそわしていたのだ。


「たしか、次の駅に――」


「知っていたの? 言ってくれてもいいのに」


「いえ。レストレードから『帰りに試してみるといい』って勧められただけよ」


「レストレード、……いや、あいつならあり得るわね」


「そうね。職務柄、地方にも行くみたいだし」


 そんな会話をしているうちに、列車が減速し始めた。車輪が線路と擦れる低い音が、車内に心地よく響く。


 駅に到着すると同時に、開いた扉からふわりと強い香りが流れ込んできた。


「……変わった匂いね」


「鼻が……しびれるわ……!」


 ワトソンは嗅覚がけっこう鋭い。刺激の強い香辛料の匂いに驚いている。

 駅のホームの端には屋台が並び、その一つから立ち上る湯気と共に、黄色とも赤とも形容しがたい香辛料の匂いが広がっていた。


 地方料理――カレー。


「これが、レストレードが言っていた名物料理……『カレー』だそうよ」


「か、辛い……にゃ……。刺激で鼻が逆立つわ……」


 しかし、ワトソンは匂いの強さに怯えながらも、食欲を抑えきれないらしく、結局シャーロットと並んで小さな皿を受け取った。


 ひとくち食べた途端――


「おいしいわね、これ。くせになりそう」


 シャーロットが淡々とそう言ったので、ワトソンは驚いた。

 “シャルはお子様舌だから、絶対辛いのは無理だろう”――そう思っていたのだ。


 ところが、シャーロットは辛さそのものより、別の点に意識を向けていた。


「これは、どんな香辛料を入れているのかしら。色が独特ね。植物の粉末かしら」


「味より、調合を観測している……」


「これ……穀物を加工して固めている? パンとは違うのかしら」


 完全に分析形態に入っている。

 熱々の料理を前にして、まず成分構造を分解しようとするあたり、いかにもシャーロットらしいとワトソンは苦笑する。


「どうだった、シャル?」


「ええ。変わった味ね。でも、悪くないわ。味の奥行は広いし、香りの層も複雑」


「じゃあ、また来る?」


「えっ……それは、どうかしらね」


 その微妙な返答を聞いた瞬間――

(あまり好きじゃないのね。そうよね、辛いのは苦手なはず……)

 と、ワトソンは完全に誤解していた。


 だが実際は、シャーロットが言い淀んだのは味の好き嫌いではなく、単に“観測するべき謎はもう十分”という意味だった。

 シャーロットにとって、味の記憶は記録であって感情ではない。


 ワトソンはそのことに気づかず、駅の売店のミルクティーへ視線を向ける。


「シャル、ミルクティー飲む?」


「ええ、いただくわ」


 列車の出発の警笛が澄んだ音を響かせ、二人は慌てて再び車内へと戻る。

 帰りの座席には、香辛料の余韻と少しの笑いが残っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ