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結局、俺は青春ラブコメなんかしたくない

 梅雨入りが宣言され、雨が続きがちになった列島。

 外はどんよりとした雲が空を覆い、しとしとと雨が降り続けていました。

 道端には紫陽花が咲き、雨音はまるで音楽のよう。

 そのとある都市のとある学校の教室で、並んで補習を受けている人影が二つ。

 うち一人は、ただでさえ目つきが良くない上に、まとわりつく湿気と眠気が合わさって、ふてぶてしい雰囲気はより一層際立っています。

 その、さっぱりわからない物理の補習プリントとにらめっこしている男子学生は誰か。


 そう、私です。


「……はぁ」


 先日読んでいた本の真似をしていても、物理はさっぱりわからなかった。垂直抗力ってなに?止まってても反発されんの?生きてるだけで罪な感じ?何兆年と何夜物語なんだよ。


「先生、何もわかりません」

「これは一学期の頭に説明したばかりよ?」

「……ははぁ」

 ご覧の通り、俺は宣告されていた物理の補習を受けている。


 現実逃避も兼ねて、少しだけ後片付けの日の顛末を話そう。


 あの後教室から出ると、待ち構えていたかのように欅田が立っていた。

 あの話、聞かれたら不味いんでねぇか?と思っていたのだが、北条と欅田は、始めからグルだったのだそうだ。欅田がちらちら俺の方を見ていたのは、単純にどんな人間か気になっていなかったわけじゃないけど九割は監視目的。


 なにそれ、変に意識しちゃった俺が恥ずかしすぎる……。


 というか、そもそも俺の感じていた二人にハブられているという認識も、あながち間違っていなかったということになる。悲しい。


 曰く、欅田は万人に通ずるような「普遍」を探し出して、それを書き出したくて文芸部に入ったんだと。あの時の「おめでとう」は、多分北条に対してのものだったんじゃなかろうか。


 こうして、ここに晴れて「不変」と「普遍」と「必然」を探すわけのわからないズッコケ三人組が、部活を結成する運びとなってしまった。

 ちなみに、部活に必要な四人を未だに満たしていないのに、体育祭の功績が認められて視聴覚準備室が使えるようになった。職権乱用だよな?それ。


 ……というかそんな変人三人が一堂に会してしまうなんてうまい話、あります?まだ欅田が実は情報統合思念体で、北条のせいで今後、謎の転校生とロリ巨乳の先輩が入部する方が現実味を持つ。


 けれど非常に残念なことに、俺はこうしてここで生きているわけだから、こっちが現実というわけだ。事実は小説より奇なり、とはよく言ったもんだ。


 あ、ちなみに帰ってから恥ずかしいことをした自覚が芽生えてきてめちゃくちゃ叫んでたら、千春に蹴られました。惚れ惚れするくらい綺麗なタイキックでした。サッカー部さん、せめて手にして。痛いから。


 と、ほんの数日前にあったことを思い出しながら、くぁとあくびを一つ。

「あんた眠そうね……。もう体育祭は終わったんでしょ?」

 黒板の前の教卓に頬杖をつき、気だるげにしている鳥居先生は、呆れたような目つきで俺を見ていた。あんたも人のこと言えんだろ。


「今回は、普通に深夜ゲームしてたらこの有様です」

「何のゲーム?」

「スマホのウイイレですね」

 強い相手に勝てなくて、むしゃくしゃして連戦してたら空が白んでいた。

「ときに木下君」

「またかよ。好きなサッカー選手は小学生の頃からズラタン・イブラヒモヴィッチですよ」

「素敵なくらい期待を裏切らないわねぇ……」

 だって超カッコいいじゃん。俺もあれくらい大口を叩いて結果出す人間になりてえ。

「逆に先生は好きなサッカー選手いないんですか?」

「んー……オリバー・カーンかしら」

「ばb……渋っ」

 最盛期、二十年前だろそれ。俺まだ生まれてねぇよ。先生は俺の方を見て、めらめらと怒りの炎で身を焼きだした。怒髪冠を衝く。

「いま、ババ臭いって言おうとしなかった……?」

「ははは。まさかそんな。言うわけないじゃないですか。万人受けする素晴らしいチョイスだなと思っただけですよ」

「お上手な言い訳だこと……」


 などとよもやま話をしていると、隣で同じように課題をやっていた藤見が立ち上がり、プリントを鳥居先生に渡した。

「センセ、これで大丈夫っすか」

「……ん、はいおっけー。藤見君は理数科目はやればできるんだから、真面目にやりなさいよ」

「それだと文系科目は見込みなしという風に聞こえますけど」

「その辺は今後の努力に期待ね。というか、夏は忙しくなるんでしょう?補習でつぶさないように、期末は頑張りなさいね」

「へーい……」

 藤見は苦笑いしながら、いそいそとペンケースを鞄にしまい込み、ドアへと向かう。


「じゃ、俺部活行くから。木下がんばれー」

 藤見は夏の大会が近いらしく、日々頑張っている。今日は雨だから、室内でトレーニングだろう。がんばれーと心の中で言いつつ、軽く手を振っておく。

「さて……それじゃ、私と二人っきりの特別補習しましょ♡」

 先生は妖艶な微笑みを浮かべて言った。うわー、全然嬉しくねー。これが本心なら話は別なんですがね‼


「トージここー?あ、いた」

 藤見が教室から出ようとした瞬間、がらがらと勢いよく扉が開いて、揺れるサイドテールが目に映った。北条のご登場である。次いで、欅田も顔を出す。

 先生と藤見が、不思議そうな顔で俺と北条と欅田の顔を交互に見ている。


 ……まぁ、よくわからん組み合わせだよな。


「……なんすか」

「いや……」

「なんか変わったな、と……」

 バカ言え。根本は変わってなんかいない。ちょっと視点を変えてみようかなと思っただけだ。

「ま、なんでもいいや。きみが選ぶんなら、きっとしっかりとした理由があるんでしょ。あ、日曜部活ないからラーメン食いにいこうよ。きみの奢りで」


 そう言って藤見は、ひらひらと手を振りながら教室から出ていった。

 あーそんな約束もしてたな。俺が返事をする前に出ていっちゃったけど、後でメール送ってやろう。どうせ俺は暇だ。

「今の、野球部の藤見くんだよね?友達なの?」

 言いながら北条は教室に入り、俺の座っているそばの机に腰かけた。

 じめじめした季節になり、俺達はすっかり夏服を着るようになっている。半袖のブラウスとスカートから伸びた手足が眩い。

 俺の方を向いているせいでそれが間近にあって大変目の保養……違った、目に毒だ。椅子に座れ椅子に……と思っていると、その椅子には欅田が座った。

「まぁ一応」


 友達ってことにしておこう。


 ほーん、とさして興味もなさそうに言った北条は、俺のプリントを見ると目を眇めてにやりと笑った。

「あ、それ物理?あたしが教えてあげよっか」

 こいつ、学年一位だったわ。腹立たしいなぁ。

 こういう演技じみたギャルっぽい言動には未だ慣れないが、「必然」たらいう意味不明なものを追いかけるための装備だと考えれば、ギリギリ可愛げがあるというものだ。


 ……やっぱり、オタクに優しいギャルは存在しねぇ。俺は正しかったんだ。


 とりあえずこいつに教わるのは嫌だ。なんかこう、対等じゃない感じがする。

「いらん。一人で解く。……そもそもなんで俺を探しに来たんだよ」

「……?なんでだっけ」

 北条は、欅田を見て首を傾げた。


 こいつ……これは流石に素だと思うんだよな。演技だったら逆に怖い。どうなんだろ。

「生徒会長が、木下君に文集出せって」

「あーそうそう。それだ」

 文集?なんだっけそれ。

「騎馬戦のルールを改定したことをまとめて欲しいそうです」

 俺の疑問をくみ取ってくれた欅田が補足してくれた。あーあれか、図書館にあるやつ。あれに俺の名前が刻まれるのか。……まぁ、ああいうやつの名前は誰も覚えちゃいない。現に俺も自分が読んだのは誰が書いたものだったか、さっぱり覚えていない。


 きっとこうして、過去は忘れ去られていく。誰かの歌にあったように、思い出の小箱のスミで忘れ去られていく。忘れ去られずに大事に保管していたとしても、それはただ風化していくだけだ。


 二度と戻れないから、懐古厨は過去に憧憬を抱く。


 先生のその言葉は、どこまでも正しい。けれど、それはとても素敵なことだと思うのだ。


 だから、俺はしばらくの間はこのままでいい。不変を目標に生きていこう。そのためにほんの少しだけ立ち位置を変えてみようと思った。ただそれだけのことだ。


 そう思えてから、この前よりは自分のことが嫌いじゃなくなった。

 俺は変わっていない。変わらないために、変わらないままで視点を動かし始めただけだ。


 今なら、保健室の時の先生の質問にも答えることができる。

「先生。俺、しばらくは懐古厨で逆張りのままでいます」

 ふとそんな言葉が口をついた。先生は少しだけ笑う。

「それは結構。でもまずは目の前の課題に集中なさい」

「……へい」


 そんな俺と先生のやり取りを、二人は楽しそうに眺めていた。

「やることないんなら、別に待ってなくてもいいんだが」

「ううん、待ってるよ。早くしてよね。トージが文集書き終わり次第部活始めるから」

「あれ、結局認可されてないんじゃねえの」

「部室貰えればこっちのもんよ」

 そんなことを言いながら、北条は足をぷらぷらさせて鼻歌を歌い始めた。


 ……これからこいつに振り回されるのかもしれないと思ったら、やっぱりめんどくさくなってきた。やっぱこの部活辞めちゃダメ?

「なんかこの雰囲気、ラブコメっぽいわね。あんたも変われるんじゃない?」

 傍から眺めていた先生が、冗談めかして笑った。いつかの職員室で聞いた言葉だ。


「御冗談を」


 思わず引きつった笑みがこぼれてしまう。


 あーあ、ほんとにどうしよう。選択肢、どこかで間違えたかなぁ……。

 当事者以外からすれば、ラブコメチックに見えるのかもしれんが、ここの三人をつなぎとめているのは各々の命題の探求などという意味不明な理由だ。


 だから、ラブコメなんかあるはずもない。

 だいたい、こんな頭がどうにかなっている部活すら青春ラブコメなんて名前でまとめられるなら、やっぱり俺は青春ラブコメなんてしたくない。

 普通の青春ラブコメが現実には存在しないからって、こんな変化球あんまりだぜ、神様。


 低気圧に雨のダブルパンチをうけて、俺の気分もより一層どんよりしてきた気がする。今回は窓の外もしっかりと灰色をしている。

 ちなみに、今年の梅雨は長いらしい。この陰鬱とした気分はもうしばらく続きそうだ。


 仕方なくプリントとにらめっこを再開する。現実逃避が勉強しかないってなんだよ……。

 相変わらず一問も進まないプリントを見ながら困っていると、横から小声で声が降りかかってきた。

「ね、一回くらい、ラブコメっぽいやつもやってみる?少なくとも実験してみないとわかんなくない?もしかしたらそこに「不変」があるかもよ?」

「ふざけんな。絶対やらねぇ」

「えー」

 北条はつまらなさそうに言いながら、脚をばたつかせた。こいつ絶対楽しんでやがる。


 言いながら思い出した。これだけは、絶対に変わらない。例え俺は何を見たって、俺の中でこれだけは変わらないに違いないのだ。他にあるかもしれない「不変」を探す前に、これだけは確実だと俺は確信している。

 だから、何回でも叫んでやろう。


俺は青春ラブコメなんかしたくない。

ということで、この作品はひとまずここで終了となります。最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。またお会いする機会があれば、その時はまた、よろしくお願い致します。

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