五の妹
俺のウッソやろはまだ終わらんかった。
半透明のヨリマサのおっさんの前で口開けとったら、後ろからぞぞぞって嫌な風が押してくる。玄関からや。振り向くと、そこらの影より黒い雲が庭飛んできよる。
ぬえ。
鵺が来て、吠えた!
「よりまさああぁっ!」
黒雲の真ん中にサル顔がゴアッて牙むいて、空に跳びあがる。あいつデカなっとる、柴犬から虎になりよったズルいわこんなん!
宙に浮いた鵺がスローモーションになる。めっちゃこっち見てる。これ走馬灯いくやん、って覚悟した時。
「むんっ!」
後ろでおっさんが気合い入れた。
次の瞬間、俺の身体が勝手に動き出した。
「いわああぁーっ!?」
って人生一番の大ジャンプで鵺に飛びかかってく俺。しかも手に何か生えとる、と思ったらカタナやし!
「何これ、刃ぁ透けてるやん斬れるん!?」
混乱しとったら腕がすごい勢いで斜めに振られた。届きはせんかったけど、鵺は凶悪な顔で俺をめっちゃ睨みながら後退した。
「うおっ危なっ!」
俺は庭の隅につんのめって着地した。気づけば全身から青白い光が出とる、シュウシュウいってて止まらへんドライアイスや。
「お、おっさん、これ同化したってことか! おっさんが操ってんのか」
「むん!」
お前それしか言われへんのか!
ツッコミたかったけど、俺の身体は戦に駆り出されたってことで、おっさんがミスったら死ぬ。せやから下手に出る。
「おっさ、ヨリマサ様! どうかお願いやからお願いしま……」
お願いし切る前に、豪腕鵺パンチが飛んできた。
おっさんは俺を操作して横っ飛びに避ける。空振りの軌道に黒いもやもやが残っとって、それ見ただけでめっちゃ嫌な気分になった。
ていうか怖い。何が怖いかわからんのが怖くて、俺はただ直感する。
こいつほんまにあかんヤツや。
いつの時代のどこにもおったらあかん、そういう存在なんや。
鵺もやばいけど、おっさんは強かった。
俺を操って飛んだり跳ねたり、地面をでんぐり返ったり。こっちは汗だくで気絶しそうやったけど、
「ぐぬおおぉ!」
って鵺の叫び声でハッとなった。
夜の庭は、もう静かやった。
でっかい影が地面に崩れて悶えとる。まだ黒いもやもやを出しとるけど、さっきよりずっと薄くなってた。
これで終わりや。
俺の身体がゆっくり近づいてく。鵺は逃げられん。首に狙いを定めて、半透明の刀を振りかざした……
が。
「きゃああーっ!」
超音波みたいな叫び声があたりに突き刺さった。縁側から小っちゃい影が飛び出してくる。
弓花!
沸騰してた血が一気に退いた。
「あかん、来るな!」
絶叫したけどあいつ俺の言うことなんか聞かん、トンデモダッシュで「やだー、ぬえっ!」って黒いもやもやの胴体にしがみついた。おい虎サイズやぞ怖がれよ!
俺が動かせるんは口だけや、必死に叫ぶ。
「離れろ弓花。こいつをあの世に送るんや!」
「いやや、弓花のぬえやもん! 兄ちゃんアホバカきらいっ!」
身体張ったのに何でこんな言われなあかんの!?
俺はさすがにプチッとなった。
「アホはお前や! 寂しいからって得体の知れんもんかわいがって、付け入られただけやろうが!」
「っ……」
短く息吸った弓花は、目を見開いて固まった。
俺の青白い光が、お面みたいになった顔を照らす。それ見たらどっと疲れてきて、俺はヨリマサ様に呼びかけた。
「おっさん。終わりにしよ」
「むん……」
何でちょっとテンション下げとんねん。俺のせいか。
刀を構えた腕がのろのろ挙がる。
けど、それに合わせて弓花も動いた。鵺の身体によじ登って、肩んとこまで来る。もうほとんど動かない妖怪の首に腕を回して、しっかり抱きついた。
「……何しとんや」
「いっしょに切って」
弓花がもやもやに埋まった顔を上げる。泣いとらんくて、ひたすら真剣やった。
「弓花のお友だち、ぬえだけや。だからおんなじとこにいたい」
「お前……」
俺は青ざめた。周りの暑さがどっか行って、身体が震えてくる。
「俺も母ちゃんもじいちゃんも、父ちゃんもここにおるんやぞ。みんな弓花のこと大事や。一緒におるんや」
ガッタガタの声で言った。
けど弓花は「うん」って返さんかった。前髪の下の目が、見たことない暗い色で光ってた。
こいつ。
こいつ。
こいつ、本気や。
俺もおっさんも硬直して、隙ができたことに気づかんかった。
前ぶれなんて優しいもんはない。倒れてた影がグアッと盛り上がって、力を振り絞った鵺が襲い掛かってきた。