三の母
俺の妹が柴犬サイズの鵺に呼びかけとる。
「ぬーえっ」
「弓花どの(ええ声)」
「ぬえは賢いなあ、はいご褒美!」
ってニコニコ顔で自分のおやつ分けようとしとる。
「弓花、犬にチョコはあかんジャーキーにしとき」
そう止めながら俺は思う、いやおかしいやろ何でそいつ普通に返事しとんねん。
「おお、よう喋る。さすが最近の犬やなあ」
じいちゃんそれも違う、時代は関係あらへん。
鵺と出会ってから一週間、弓花はほぼ毎日じいちゃん家に通っとる。俺は監視せなあかんし、せっかくの友達の誘いも全部蹴るハメになった。
「なんや鳥井、彼女できたんかー」
なんて言われたけど本当にそうやったらどんなによかったか。俺は泣いた。
そんなわけで、弓花が歯医者とか何かで行かれん日はホッとできたけど、本人は「うわーん、ぬえー!」ってやばいくらい駄々こねる。
母ちゃんも持て余したんか、
「そんなに犬といたいなら何日か泊めてもらおか? 剣太郎、おじいちゃんに聞いといてよ」
とか言い出した。
俺は焦る。
「あかん、あの犬変や。会わせん方がええ」
「変って何よ、雑種やからって悪く言ったらダメ」
パソコン打ちながら横顔怖くする母ちゃん。何でそーなるねん、噛み合わんくて俺は悶える。
しょうがなしにスマホに鵺写真出して、「だってこれ!」って差し出す。
ひと目見た母ちゃん、
「普通やないの」
「…………」
つらい。
けどタチバナとも約束したし、弓花を守らなあかん。いとヤバし感を伝えようと俺は頑張る。
「あれは異常や、異常犬や! このままやと呪われて祟られて鳥井家存続の危機やで!」
「あんた自分が面倒なだけやろ? それは通りません、一緒に泊まってあげなさい。お母さん忙しいねんからしっかりお兄ちゃんして!」
母ちゃんは妖怪より怖かった。
で、結局そういうことになってしまった。弓花は「やったー、ぬえと一緒に寝る!」って飛び跳ねて大喜びしたけどそんなん絶対あかんし!!
成り行きを聞いた陰陽師タチバナは、
「泊まるぅ!? あなたの頭は頭に見えて別の何かなのですか、私は引き離せと言ったんですよ!」
と正座の形のまんま飛び上がった。平安人って意外と器用やね。
「しかし妹御はすっかり懐いておいでですね、うーん大変よろしくない……」
「そばで見とって発狂もんやで。策はどーなったんよ、タチバナの術でパパッとできへんの? 陰陽師やろ?」
俺が迫るとタチバナはツーンとそっぽを向く。
「そんな力があればわざわざ令和の下人と通じたりしません」
「下人ちゃうわ。ほんま早く何とかならんか、このまま夏休み終わるんは嫌や。俺も手伝うし…… っていうかそもそもそっちの不手際やん、何でこっちが下に出なあかんの!?」
「そうですねえ時間もないことですし」
「流すなや」
「策はあります」
おーやるやん! って軽く言おうとして、様子が違うんに気づく。
「策は、あります」
タチバナはもう一回言った。神社とかにある水場のひたひたみたいな声で。
「……が、かなりの荒事になりますよ。剣太郎どの、どうか心してのお手伝いをお願い申し上げます」
タチバナはほっそい目をいっそう鋭くして俺を見上げてきた。
急に空気変わって背中が寒なって、あっこいつほんまに陰陽師なんやと俺は思った。