お祭りジャック3
ひと月も経つと、東の町はずれに巨大なステージが作られていた。
荒廃した土地を整備し、そこそこ立派な屋台がステージを中心にグルリと一周して建てられている。
「これで一万人以上入るかな?」
「いやいや、一万じゃきかんぞ? 五万は入るよ」
エミルは目を輝かせてガルムと話していた。
屋台は主に食事や催し物のために作られているが、ゆくゆくは住めるように改変していくらしい。
これはダラムの案で、町の中に詰め込むよりも、隣接する土地に新しく居住区を作ったほうがよいとの考えだった。
だからオルデンから物資を持ってきては、建物を作ったり、サンバの衣装を作ったりと大忙しで、エミルの狩猟も少しだけ増えた。自主的に増やすなど初めてのことだ。
「ジェームス! 町の人は踊りを覚えたか?」
「まあ、正しいかどうかは知らんがな。でも思ったより楽しみにしている人が多いみたいだよ」
「みんな、肉を食べてエロくなったんだな」
「いや、そういうわけじゃ……」
相変わらず、エミルは下品極まりないことを言うので、ジェームスが困っている。
「エミルの衣装はできてるの? ダンスを練習してるのも見たことがないけど」
「私は踊らん」
「はあ?」
この期に及んでなにを?
私の頭の中は疑問符で埋まった。
「じゃあ、なにをすんのよ?」
「この短期間で音を作るのは無理だった。これはオルデンでもそうだし、そもそも楽器が足りない」
「えー!? じゃあどうするの? リリの太鼓とか使うの?」
「いや……私がDJになる!」
そうか……だからスピーカーとかも聞いていたのか。
なんならバトルウォーカーとかのスピーカーなら軍事用だからめちゃくちゃクリアーな音で、しかも爆音。
思い起こせば、そんなことを確認している様子があった。
「も、もしかして……また目立とうとして……?」
「これで、オルデンの人も私だと認識できるだろう。町中に知れ渡れば、良いことずくめだ」
◇
「えー! 私もこれ着るの?」
「ああ! 似合っているぞ」
エミルはニコリと笑っているが、さすがに露出度が高すぎて恥ずかしい。
ダンやリュウも目をそらしているのが秒で分かる。
「あら、可愛いじゃないの」
後ろからジェニーの声が聞こえた。
振り向くと、抜群のプロポーションに華やかな衣装。元々軍人だけあって引き締まった身体を見せびらかされているようで、『可愛い』の意味が分かった。
これがフレネミーか。
どうせお子様ですよ……
エミルは露出度が高いというか、また独特なデザインのサイバーパンクな出で立ちに、顔からはみ出るほどデカいサングラスをしている。
「エミルも素敵ね。良かったらDJブースの横で手伝わせてよ」
「ほう。なにゆえ?」
「ちゃんと私がマイクパフォーマンスで盛り上げてあげる」
「ジェニーはそんなことできるのか!? ブランに横にいてもらって、あれこれ手伝ってもらおうと思っていたのだが」
「あら、そしたらブランちゃんより盛り上げられたら、一度デートしてくださいな」
はあーーーーー!?
なんだなんだ! 急展開だぞ!
なんで私の不得意分野で勝負するんだ! 抗議しよう。
「まぁ、ブランちゃんはホームだから、私なんて勝てるわけないんだけど、もし勝てたらね」
ぐはーっ!
完全に逃げ道を塞がれた。
さすがすぎるぞ、元軍人……いや、今も軍人だった。
「ブラン、そんなことできるのか? 私は他のことを手伝ってもらおうと思っていたのだが」
「ははは! やりますよ! やればできますよー!」
「あら、楽しみね」
「そもそも、勝ち負けって誰が決めるのよ!」
「エミルに決めてもらえばいいじゃない」
「そんなの絶対公平にならないでしょ!」
「なぜだ? 私は公平だぞ」
「エミルは黙ってて!」
ジェニーは余裕たっぷりに笑っている。
くっそー! あの笑顔が腹立つ!
でも、ここまで言ってしまった以上、引き下がるわけにもいかない。
◇
私たちがステージに上がる頃には、会場はすでに人で埋め尽くされていた。
屋台からは肉を焼く煙が立ち上り、あちこちで笑い声が聞こえる。町の人だけでなく、オルデンから来た人たちも大勢混ざっているようだ。
建物の少ない荒れ地に組まれた巨大なステージは、どこからでも丸見えだった。
つまり、こっちからも観客が丸見え。
うわぁ……本当にこんな大勢の前で喋るの?
隣を見れば、ジェニーは堂々としたものだ。観客に手を振っている余裕まである。
私なんて、さっきからマイクを握りしめているだけなのに。
やがて、厳選された踊り手たちがステージに姿を現した。
色とりどりの羽根飾りが揺れ、磨き上げられた装飾が光を反射する。
ステージの周囲にも大勢の踊り手が並び始め、観客から歓声が上がった。
『おおおおおおーーーー!』
すごい!
まだ踊ってもいないのに、この盛り上がりだ。
すると、巨大なモニターにエミルの姿が映し出された。
顔の半分以上をサングラスで覆ったエミルが、DJブースの中央で得意げに腕を組んでいる。
『エミルちゃーん!』
『こっち向いてくれー!』
『今日は何をやらかすんだー!』
おいおい、最後のは応援なのか?
エミルはおもむろに片手を挙げた。
次の瞬間、腹の底まで響くような重低音が会場を揺らした。
『うおおおおおおおおお!!』
音楽が鳴り出すと同時に観客が一斉に立ち上がり、あちこちで手拍子が始まった。
これがサンバ!?
私の知っている《リリ》とは全然違う!
踊り手たちが音に合わせて動き始めると、羽根飾りが波のように揺れた。
「さあ、みんなー! 盛り上がってるー!?」
いきなりジェニーがマイクを握って叫んだ。
『うおおおおお!!』
「オルデンから来たみんなも、声を聞かせてちょうだーい!」
『うおおおおおおお!!』
ひえぇ……すごい。
さっきまで私と喋っていたジェニーが、別人みたいに声を張っている。
軍人って、こんなことまでできるの!?
「さあ、次はブランちゃんの番よ」
そう言って、ニッコリ笑いながら私を見た。
はっ!? もう交代!? 心の準備が!
観客の視線が一斉にこっちへ向く。
しかも巨大モニターに私の顔まで映ってしまった。
「あ、あー! えっと……み、みんなー!」
『ブランちゃーん!』
『頑張れよー!』
『顔が真っ赤だぞー!』
うるさーい! 分かってるわ!
ジェニーが横で口元を押さえて笑っている。
くっそぉ……このまま負けてたまるか!
「町のみんなー! オルデンの人たちに声の大きさで負けていいのー!?」
『よくなーーーーい!!』
おおっ!?
なんだ、できるじゃん私!
「じゃあ、もっと声出してー!」
『うおおおおおおおお!!』
すごい!
町のみんな、こんなに声が出るの!?
思わずジェニーを見ると、今度は向こうが少し驚いた顔をしていた。
ふっふっふ。どうだ、これがホームの実力だ!
「あら、やるじゃない。じゃあ次は私ね」
ジェニーが再びマイクを握る。
ちょっと待て。その顔は本気になってる顔じゃないか!?
こうして、サンバのお祭りが始まって早々、私とジェニーの意地の張り合いまで始まってしまった。
始まってから約二時間、ノンストップでサンバは続き、エミルが流す曲も最初は原始的なリズムだったが、アレンジされていき、現代版に変わっていく。
ふと我に返ることもあるが、爆音が押し寄せてきて、また興奮状態へと誘われる。
ホワイトクロウのスタッフが私たち三人へ順番に水を渡し、水分を補給すると、また音に飛び込んでいく。
気づけば明らかに観客の人数は増えている。
オルデン以外の近隣の街の住民もきっと混ざっているのだろう。
ダンサーも疲労困憊。やがて踊りたい時に踊るような自由な時間となってゆく。
エミルは……ずっとやっている。すげぇ体力だ。
「もう、どっちが勝ちだか分かんないね」
ジェニーは近づいてきて手を差し出してきた。
「うん。でもなんかみんな盛り上がったみたいで良かったよ」
「ブラン……男は知らないのか?」
「ううん。あまりいい思い出はないかなぁ……時代って言われたらそれまでだけど……」
「ははっ、私も似たような感じだ。仲良くやんなよ。エミルとさ」
ジェニーはそう言うと、ステージを降りていった。
なんか意地になっていたのが、バカらしくなってきた。そもそも私はエミルに恋愛感情があるのだろうか。
友達として、親友として過ごしているような時間が大半だ。あの夜のエミルは、私の知らないエミルだった。では、今のエミルは誰のエミルなのだろう。
想像してたらなぜか気まずくなった。
無事、祭りは終わり、ホワイトクロウの事務所には、近隣の街の代表者が何人も押しかけていた。
「いや、俺はどっちかと言えば自警団寄りなの! サンバのことはなにもしてねーってば」
ダンが大人たちの質問に辟易している。もちろんエミルはそんなことを無視する上に、若すぎるのだ。
「元々今日行う伝統祭りリリの若者版みたいな感じで始めただけなんですよ。復興とか希望とかないと思いますよ」
ウイカは代わりに説明し、エミルを見るが、エミルは熊の本を読んでいる。次はきっと熊鍋とか出てくるのかもしれない。
遅れてジェームスたちが来てからは、ダンとバトンタッチしてくれて、大人のお話になっていったが、ダンは居心地が悪そうだ。
「ったく、エミル。勘弁してくれよ。祭りをやった理由なんてお前が答えろよ」
「勇者ダンなのだから仕方がないだろう。勇者の仕事を私が取るわけにはいかない」
「めんどくせーことは、いつも俺にぶん投げるな」
「良かったじゃないか。町と町の繋がりが数年ぶりにできそうなのだろ? 村勇者から町勇者に出世だ」
「こりゃベルクハルトとの関係は持たなくなっていく流れになるぞ。向こうとして面白くないだろうな」
「普通に付き合えばいいだろ。なんでワザワザ血なまぐさい取り引きをするのだ」
「当時はそういう状況だったからだろ? こんな平和な感じになるなんて想像してねーもんよ」
「まあ、頑張るんだな。勇者ダンよ」
エミルはそう言うと、また視線を熊の本に移した。




