第一章:辞令、下りました
転生したら魔王の経理担当だった、お仕事系異世界コメディです。
全10章・完結済み。第4章以降はKindleでお楽しみいただけます。
どうぞよろしくお願いします!
九十九 ぐるり
目が覚めたら、城だった。
石造りの天井。松明の明かり。どこかから「グオオオ」という低い声。
私——神楽坂ひより、享年二十八歳、職業:経理部主任——は、起き上がって周囲を確認した。
職業病だ。まず状況を把握する。
「あ、目覚めましたね」
声がした。扉のそばに、小さな悪魔が立っていた。コウモリの翼、尖った耳、赤い肌。しかしスーツを着て、バインダーを持っている。
「あなたが新しい経理担当ですか」
「……えっと」
「魔王様がお呼びです。ついてきてください」
状況の把握に、三分かかった。
どうやら私は異世界に転生し、魔王の城に召喚されたらしい。しかも肩書きは「経理担当」。
「待ってください」私は立ち上がった。「魔王の、何ですか」
「経理担当です」悪魔が繰り返した。「前任が逃げたので、急募でした」
「前任が逃げた……」
嫌な予感しかしない。
謁見の間は、想像以上に広かった。そして想像以上に、荒れていた。
玉座に座る魔王は、見た目だけは迫力があった。黒いローブ、鋭い目、長い角。しかし足元には書類が山積みになっていて、そのうちのいくつかが燃えていた。
「お前が新しい経理担当か」
「……はい」
「よかった。もう限界だった」
魔王が差し出したのは、一冊のぼろぼろの帳簿だった。
私はそれを受け取って、開いた。
三秒で、全てを理解した。
「魔王様」
「なんだ」
「この帳簿、ほぼ記録になっていません」
「知っている」
「収入の記録が、略奪の戦利品しかありません」
「そうだ」
「支出の記録が、ほぼありません」
「だから困っている」
私は帳簿を閉じた。深呼吸をした。前の会社で、倒産しかけた中小企業の再建を三回やった。これはその上位互換だ。
「魔王様。私に三ヶ月ください」
「なんのためだ」
「この城の財務を、まともにします」
魔王が長い沈黙の後に言った。「……続けろ」
◆
部屋に案内されて、私は荷物を確認した。
財布の中身:金貨ゼロ。
持ち物:前世からの習慣で常に持ち歩いていた手帳と、ボールペン一本。
状況:魔王の城の経理担当。
「最悪ではない」
私は手帳を開いた。まずやるべきことをリストアップする。
一、城内の全スタッフと業務内容を把握する。
二、収入源を洗い出す。
三、支出を全て記録する。
四、改善策を立案する。
シンプルだ。前の会社でも同じことをやった。相手が人間か魔物かの違いだけで、やることは変わらない。
「経理は数字に正直でないといけない」
これは私の信条だ。
数字は嘘をつかない。感情も忖度も関係ない。ただ事実を記録して、分析して、改善する。
それだけだ。
翌朝から、私は調査を始めた。




