それぞれの光
国中から貴族子息が集まり、家門や自領を発展させるべく学び研鑽する貴族学園。その学生たちが寝食を共にする寮の前で、所在なさげに佇む一人の女子学生がいた。
無情にも課せられた追加課題を終えたベアトリスは、最大の功労者であるセドリックに礼をしたいと申し出た。
「学園の首席様にただで見てもらったなんて知られたら、大変なことになりますよ。セドリックさんのところに私みたいな落第生が列を成したらどうするんですか」
最初は断っていたセドリックだったが、ベアトリスの言葉に顔をやや青くして首を縦に振った。
ただし現金は断られてしまったため現物を渡すことにして、今日はその『謝礼』の受け渡しの日だった。
「すまない、寮長につかまっていた」
風合いの良さそうなマントを羽織ったセドリックが、白い息を吐きながら門柱を目指して駆けてくる。
ベアトリスはほっと気を緩めて箱を下ろした。中身はおなじみの保存食と干し肉にジャム、南部の綿が入った防寒着などだ。
『落第を脱したお礼をしたい』とバーレイ領の両親に連絡したところ、母からはお叱りの手紙が、そして父からはこれらの品物が送られてきたのだった。
セドリックが門と寮の部屋を行き来して荷物を運び終えると、ベアトリスを女学校の寄宿舎まで送っていってくれるという。
「道はわかりますから大丈夫ですよ。走ればすぐだし」
「私のせいでもう日暮れだ。こんな時間に女性を一人で返したとなると姉に叱られてしまう」
何という紳士的なお姉さんなんだろう。ベアトリスは感動した。自分の姉も優しいが、子どもの頃にベアトリスを肥溜めに突き飛ばした少々お転婆な前科もある。
ベアトリスはセドリックの姉の教育方針にいたく感銘を受け、もじもじしながら門柱をあとにした。
王立図書館の前を通り過ぎ、中心街にさしかかる。残照と街灯の明かりが合わさって、通い慣れた場所とは思えないほど幻想的に見えた。
「やっぱり王都はすごいですねえ。もうすぐ夜なのにこんなに明るくて。バーレイ領もホタルの時期なら少しは明るいですけど」
「ホタルか。書物で見たことがある。そんなに明るく光るとは知らなかった」
「一匹ずつの光は小さいですよ。ホタルが多い年は麦がよく実るので、夜が明るい年は豊作だーって前祝いみたいに騒いだりしてます」
「南部は君のような人ばかりなのか。楽しそうで良いな」
セドリックはくつくつと笑っている。いつも図書館で会うから知らなかったけれど、声を出して笑うこともあるんだなと、ベアトリスは当たり前のことに感心していた。
「北部の光と言えばオーロラだ。冷えるほど明るく見える。厳冬の象徴だが、君ならどんな感想を言うだろうな」
そう話すセドリックは遠くを見ていた。まるでそこにオーロラがあるような気がして、ベアトリスも何気なしに彼の視線をたどった。
「わあ、綺麗な人……」
視線の先、二区画ほど向こうを横切る女性を見て、ベアトリスは思わずため息を漏らした。
美しいドレスに身を包み、恰幅の良い男性に手を預けて楚々と歩く姿は、美人という言葉だけでは足りない眩しさがあった。
これから夜会にでも行くのだろうか。その紳士淑女が向かう先には豪奢な馬車が停まっている。
「王都って、何もかもが光ってますね」
そう言ってセドリックを振り仰ぐと、彼は眇めていた目を見開いて小さくつぶやいた。
「……姉上」
「えっ」
聞き間違いではない。セドリックに紳士の理を説いた人物がすぐ近くにいるという。
「ご、ご挨拶。ご挨拶に行かなくていいんですか?」
思わず声が上ずる。あわよくば自分にも紳士の極意を授けてもらえたなら、ダンスの成績も少しは上がるのではないかと下心が顔を出した。
「いい。仕事中だから」
駆け出そうとするベアトリスとは反対に、セドリックは立ち止まった。
先ほどまでの柔らかい声は、今は少し沈んでいる。
「これ以上迷惑をかけられない」
セドリックはマントの胸元をきつく握りしめた。
「姉上に、私は何も返せない……」
彼の視線は馬車に乗り込む佳人を通りすぎ、街の明かりの届かない空に向いていた。
「そうですか?」
ベアトリスが口を挟む。
セドリックはベアトリスの存在をたった今思い出したように顔を向けた。
「セドリックさんたちの事情はわかりませんけど、何も返せないなんてありえませんよ」
「……なぜそう言える」
「だって、セドリックさんみたいな弟がいたら、私だったら自慢したくて仕方ないですもん」
胸を張って答える。きっと自分の姉だって、ベアトリスが彼のように優秀なうえに努力家だったら、肥溜めに二度も落とさないだろう。
「……そうか」
セドリックの声がまた柔らかさを取り戻す。
目を合わせた彼は、声のままの優しい顔で笑った。
「いつか、姉上にそう思われたいものだな」
最近、ベアトリスは調子がいい。
座学の試験はあと少し頑張れば平均点に届きそうだ。ダンスの授業では、セドリックの姉の立ち姿を思い出して背筋を伸ばしたら褒められた。
それに何よりも、図書館で勉強をする時間が楽しいと思えるようになった。
ただひとつだけ、いただけないことがある。
運動中に息が上がってしまうことが増えたのだ。それはたいてい、ふと図書館のことを考えたときに起こる。
(勉強は好きになってきたのに、なんでだろ)
王都に来て体がなまってきたのかもしれない。そんなふうに考えて、ベアトリスはカバンの重さを増やすのだった。




