第三話 安請け合い
特案の執務室は今日も雑然としていて、壁際の段ボールの隙間からは分厚いファイルが顔を覗かせている。いつもと変わらぬ室内。しかし、今日は異質なものが紛れ込んでいる。
そわそわと、何処か落ち着きなくソファに腰を下ろす二足歩行の蛙。
猫に威嚇されていた彼――名前はカワズと言っていたか――は、甘崎さんを探して自分の住処から出てきたという。甘崎さんの名前が出たからには、そのまま放置するわけにもいかない。なので、こうして特案まで彼を連れてきたわけである。
無論、人間に危害は加えないという条件付きで、だ。
「――なるほど。濡這様の使い、か」
事のあらましを伝え終えると、甘崎さんは小さく息を吐いた。
カワズを遣わした“濡這様”というのは、どうやら南山区に聳える澱河山に祀られる怪異とのことだ。とどのつまり、上位――神格級の怪異である。
かつて、甘崎さんが南山署の特案に所属していた若かりし頃――澱河山で起きた事件を担当した際に、この怪異と関わりを持ったということらしい。
「それで、濡這様は何をお望みなのかな? 人の身でも可能な依頼だと助かるのだが……」
<おい、甘崎。あまり安請け合いするでない>
俺の肩の上に乗っていた玄が、口を挟む。
ここ最近、玄の定位置は俺の肩の上になっているのだが、相変わらず爪が食い込んで痛い。
<怪異からの頼みなど、まともなものではなかろう>
「怪異と言っても、神の類だ。話を聞かずに使いを帰すわけにもいかない」
<ふん。どうなっても知らぬからな>
<そちらのいと尊き御方が言うのもごもっとも……。されど、これは人間にも関わりがあることなのだ。寧ろ、人間が発端とも言っていい>
<……お主、中々に話が分かる奴よの。仕方あるまい。話だけでも聞いてやろう>
“尊き御方”と言われたのが効いたのか、玄はぱたぱたと分かりやすく尾を揺らし始める。
ちょろすぎるぞ、この怪異。
「玄の言う通り、話を聞かせてもらおう。請け負うか否かは、その後決めさせてもらっても?」
<ええ。それは勿論、構いませぬ。では、事の起こりから――>
***
事の起こり。
それは某が日課にしている散歩の最中に起きたのでございます。
住処としております老木の洞から枯葉の上へ降り立ち、濡這様へご挨拶を終えて、山間の河原を歩いておりました。
その日はとても穏やかな日でありまして、某も足取り軽やかに散歩を堪能しておりました。
しかしながら、暫く河原を進んでいるうちに、妙な物音が某の耳に飛び込んできたのです。
木陰に身を潜めながら、某は音の方へと歩みを進めました。
そうして、音の発する場所へとたどり着いた某は、驚愕したのでございます。
――そこには、数人の人間が居りました。
甘崎殿はご存じの通り、某の住処は澱河の山間。人の立ち入りなき場所にありまして――とどのつまり、人間でいうところの“禁足地”とされる場所。
人間の立ち入りは許されぬ地であります。
これはいかんと思い、某は慌てて濡這様へご報告に伺ったのです。
濡這様のお力で、人間共はこの土から追い出されたのでしょうが、問題はその後なのでございます。
どうやら、その人間共はヤマビトらが築いた石の塔を、崩してしまっていたのです。




