婚約者との再会3
求婚された。
国内全女子の憧れの的である王子様に。
数分前まで命の危機さえ感じていたというのに、展開が早すぎる。
もちろん、いずれ結婚する未来があるからこその婚約だった。
そしてこれまでも、レイノルド様がマリアナージュ魔術学園卒業後、結婚の準備に入るという話は出ていた。
そう考えれば、自然な流れなのかもしれない。
レイノルド様に裏切られたと勘違いしていたけれど、実際に裏切ったのは私の方だ。
長年の婚約者を疑ったのだから。
それでも彼は私を責めることなく、こうして結婚の申し込みをしてくれている。
寛大すぎる。神様か。
レイノルド様に求婚されて喜ばない女性など、この世に存在しないと思う。
見目麗しいのはもちろんのこと、国を思い全ての国民を思う心優しい高潔な王子様。
誰もが認めるこの方の優れた能力に権力を掛け合わせてしまえば、本当に一生何の憂いもなく守られ続けることは間違いない。泣いて喜ぶ案件だ。
ましてレイノルド様は私のために、隈が出来るほどに寝る間も惜しんで動いてくれていたのだ。
こんなにも幸せなことはないと思う。
ただ、頷くだけだ。
そうすれば私は、シャパル王国一幸せな花嫁になれるだろう。
何においても完璧な王子様は、私が何もしなくとも全ての手筈を整えてくれる。
この方にお任せしておけば、国内最高峰の地位を得て、羨望の眼差しを一身に浴び、死ぬまで苦労することなく暮らせるはずだ。
ただ、頷くだけ。
それなのに────。
胸がざわざわする。
私はレイノルド様と結婚して、胸を張って隣に立てるだろうか。
全てお膳立てしてもらって手に入れた地位で、それに報いることが出来るだろうか。
レイノルド様に不満などあるはずもない。
問題は、私自身だ。
今の私では、とても未来の王妃となる自信などない。
レイノルド様がどれだけ素晴らしい方か、婚約者としてずっと見てきた私はよく理解している。
だからこそ、そんな彼と並び立つには、今の私では相応しくないのではないか。
────そう、思った。
ただ、頷くだけでいいのに。
私にはそれが出来ない。
「謹んで、お断りします」
目の前の青い瞳をしっかり見つめ返して、そう返事をした。
このまま結婚すれば私は、永遠に私自身を認めることは出来ないだろう。
恥ずかしくて国民の前で顔を上げられない。
「とても有り難いお話ですが、叔父や伯爵家の状況を正しく把握も出来なかった私に、王太子妃が務まるとは思えません。レイノルド様と結婚するには余りにも力不足です」
握られたままの手に、少しだけ力が込められた。
王族からの求婚をお断りするだなんて、恐れ多いにも程があることはわかっている。
気分を害されただろう。
ここまでしてもらって無下にしてしまう私のことを、流石のレイノルド様も憎むかもしれない。
想像したら胸が痛んだ。
酷く勝手だけれど。
視界の端で、ヒューゴ様とディラン様は酷い顔色をしていた。
レイノルド様の手が離れていく。
恐る恐る伺い見ると、非常に面白くなさそうに腕を組んで目を細めている。
「リアの性格ならそう言うよね。予想出来たはずなのに、私も焦ってやり方を間違えたようだ」
「私が我儘を言っているだけです。レイノルド様ともあろうお方が、間違えただなんて、そんな」
「君のこととなると私は冷静でいられないのだと、今回のことで良くわかったよ。それで? 君はこれから、どうするつもり?」
「………………これ、から」
考えていなかった。
何故私はいつもこうなんだ。
「出来る限りリアの望む通りにしよう。私の考えたシナリオが気に入らないというなら、作り話を公表するようなことは一切しない。君の我儘とやらに付き合うのは構わないけど、その先は? まさか平民として市井で暮らすなんて無謀なことは言わないよね?」
「むぼう……」
私の唯一の選択肢を、無謀と言われてしまった……。
けれども、他に選べる道などないはずだ。
レイノルド様が私の方へ体を寄せる。
触れることはしないけれど、距離は近い。
そのまま顔を覗き込まれ、心臓が大きく音をたてた。
「私はリア以外との結婚は考えられない。待っているから、君の言う力不足が解消された時には、もう一度私との結婚を考えてくれないかな」
この方は、今何と仰ったのか。
もう一度、結婚を考える?
失礼にも、思い切りお断りしたのに?
何その私に都合の良すぎる話。
「おっ……! おお、落ち着いてくださいレイ様!!」
「落ち着いてるけど? 君こそ落ち着いたらどう?」
「私にとっては願ってもない話です! でも、どれだけ待っていただいたところで、永久に力不足が解消されることなんてありませんけど!?」
「へぇ……そうかな?」
そうに決まっている。
今更私一人の力では何が出来るわけでもないことくらい、わかり切っているはずだ。
それなのにレイノルド様は首を傾げてみせた挙げ句、唐突に話をそらした。
「そう言えばリア、魔術を使ったんだって? 凄いね。誰にも習っていないよね」
「…………えっ!? それは……レイノルド様の真似をしたら出来てしまったんですが……」
「魔力調整のピアスなしで大掛かりな魔術を使用するのは、とても難しいことなんだよ。それも、たった一度見ただけで出来てしまうなんて、リアはきっと素晴らしい魔術師になれると思うよ。どうかな? そういう道も考えてみたら?」
そういう道、とは。
それは、魔術師になるという道……?
確かに初めてレイノルド様の魔術を見た時、その美しさに見惚れ、憧れた。
魔術の凄さに感動したし、容易く発動してみせた彼が羨ましくもあった。
魔術に興味はある。
というか、あんなにも心動かされたことは他にない。
「レイノルド様。私、あの時はルカのことで頭がいっぱいだったんですが、改めて思い出してみたら、魔術を使えて嬉しかったんです。ディラン様にも、そしてレイノルド様にも凄いと褒めていただいて、とても光栄です」
「うん」
「出来ればこれからもっと魔術を勉強してみたいし、使用出来る環境に身を置ければ幸せだと思います。……でも」
魔術を学ぶならば、大陸唯一の魔術学園であるマリアナージュへ入学する他ない。
しかし何度も言うが、入学許可証がない。
落ち込む私とは裏腹に、レイノルド様はなんでもないという風に笑う。
「リアがマリアナージュを卒業すれば、凄い名誉だよね。王太子の婚約者として、申し分ないと思うよ」
「………………はい?」
「力不足っていうのが、解消されるんじゃないかな」
余裕の笑みを浮かべるレイノルド様が立ち上がり、机の引き出しから一枚の封筒を取り出した。
宛名はアメリア・イルヴァーナ。
そして裏には、マリアナージュ魔術学園の校章を象った蜜蝋が押されている。
「これ、まさか……!」
「うん。君の入学許可証だよ」
当然のように言ってのけたレイノルド様は、その封筒を美しい顔の横でひらひらと振ってみせた。




