婚約者との再会2
レイノルド様の瞳が、慈しむように細められた。
そんな目を向けられては、冷静でいられない。
何がどうなっているのかわからない。
確かめなければいけないことは沢山あるはずなのに、私の頭は使い物にならなくなっている。
言葉を発することが出来ないまま、ただ目の前の青い瞳を見つめ返すだけだった。
馬鹿みたいにぼうっとしている私に、レイノルド様はやはり優しく微笑みかけている。
「リア? 平気? 色々と大変な目に遭ったようだし、気が動転しているんだね。順番に説明しようか」
「…………是非、お願いします」
「君も知っている通り、イルヴァーナ伯爵の企みについてだけど。貧民街で聖女暗殺の依頼を引き受けてくれる人間を探し回っていたよ。その動きはずっと張っていたんだが、彼はどうもその手のことには向かないようだね。尽く断られて途方に暮れていた」
「……まぁ…………」
叔父よ。なんと不甲斐ない……。
が、そのお陰で聖女様は無事だったのだから、結果オーライと言えよう。
結局何も出来ずに終わった叔父だから、どうかその無能さに免じて寛大な処分で済むことを願う。
「詳しくは話せないけど、君の叔父が騙されてろくでもない契約を結んだというのも間違いない。その契約相手について知っていそうな人物に逃げられてしまった。国外に出られれば、追うのも難しいだろう。完全に私の不手際だ」
レイノルド様はそう言うが、何故かヒューゴ様とディラン様が青くなって頭を下げていた。
「慎重に動きたかったんだが、私も時間がなくてね。イルヴァーナ伯爵家に証拠を抑えに行くという強行手段に出るしかなかった。君を巻き込むつもりは無かったからルカに頼んであったのに、屋敷に残っていたなんて驚いたよ」
「うっ……」
ルカには『レイノルド様の邪魔は決してしない』と言っておきながら、私はもしや思い切り邪魔をしてしまっていたのではないだろうか。
「万一のことがあってはいけないから、同時に聖女も保護しておいた。マリアナージュ魔術学園入学までの間しばらく、王城に滞在してもらうことにするよ」
…………聖女。
先程の可憐な少女を思い出す。
ただならぬ雰囲気を醸し出していた二人の姿も。
「目的は、保護だけでしょうか」
「……どういう意味かな」
余計なことが口をついて出た。
しまった、と思ったけれど、聞きたかったことではある。
レイノルド様にしっかり聞き返されているし、発言を誤魔化し切れないと判断した私は、観念して口を開いた。
「聖女様との婚約をお望みなのではないですか? そのためにレイノルド様が裏で手を回し、私を平民にしたことはわかっています」
レイノルド様の目が見開かれた。
私が何も知らないと踏んで優しく接し、油断させようとしたのかもしれないが、お生憎様だ。
「一言ご相談頂ければ、婚約解消に同意する意向でした。けれどレイノルド様がこんな方法を選ぶだなんて、とても残念でなりません」
10年間婚約関係にあり、辛い王太子妃教育に耐え続けていたのだから、突然解消を告げられれば、それは傷付いただろう。
それでもきちんと話して下さったなら、レイノルド様が決めたことならばと、諦められたと思う。
裏切り行為より遥かにマシだ。
私がこうして彼に反論することは初めてかもしれない。
亡き父と母のため、イルヴァーナ伯爵家のために、決して権力には逆らわずに生きてきた。しかし家は取り潰し、私は既に平民である。
もう、望まぬ生き方は終わりにしたい。
いつも何が起ころうと余裕の笑みを崩さないレイノルド様は、驚きの表情のまま固まっている。
珍しいこともあるものだ。
「こうなった以上、私は平民として市井で静かに慎ましく暮らしていくつもりですので、もうレイノルド様とお会いすることは一生ないでしょう。どうか聖女様とお幸せに」
「うわああああああ!! 誤解です! 待ってくださいアメリア様!!!」
挨拶を済ませ、余計な罪が増えないうちにさっさと立ち上がろうとした私を大声で制したのは、ディラン様だった。
「違うんですよ! 僕はてっきりアメリア様は、殿下の勝手な行いと執着心に恐れをなして、愛想を尽かしたんだと思ってたんですけど!?」
「…………。ディラン様は、何の話をされてるんですか?」
「どうか殿下を見捨てないでください!!」
「捨てられるのはこちらの方ですが」
私よりよっぽどディラン様の方が気が動転しているように見える。
あと、さっきから全く話が噛み合っていない。
「リア。酷い思い違いがあるようだ」
聞いたことがない低い声に驚いて見る。
レイノルド様は、眉根を寄せて随分と辛そうにしている。
…………どうしました?
顔が美しいと、そんな様子も妙に妖艶なのだから世の中は不公平だ。
私が悪者みたいではないか。
「…………思い違いとは?」
「私は聖女と婚約するつもりはない」
きっぱりと言い切るレイノルド様に、疑惑の目を向けてしまう。
そんなはずはないだろう。
「まぁ……では何故、こんなことに」
「全くだ。何故こうなった、ディラン」
「えっ僕ですか!?」
「お前が言ったんだろう。リアに気持ちを伝え過ぎると嫌われるから、程々にしておけと」
「えぇ!? ……あっはい、言いましたね! えっ!? これ僕の責任ですか?」
ディラン様はレイノルド様に睨まれ、バツが悪そうに目を泳がせた後、私に頭を下げた。
「申し訳ありません。殿下の仰る通り、アメリア様以外の方と婚約など、殿下は一切お考えではありません。イルヴァーナ伯爵家から籍を抜いたのも、アメリア様のためにやったことです。…………勝手にですけど」
「私のため、ですか?」
「そうです。アメリア様の周辺はずっと監視してたんですが、殿下の帰国と同時に当主の異変に気が付きました。それで大急ぎで調査して、今回の件が判明したわけです。それで……このままだとアメリア様は、大罪を犯そうとした伯爵家の娘であり、王太子殿下の婚約者として相応しくない……と」
「……その通りだと思います」
「つまり、こういうことです。当主の犯そうとしている罪に気が付いたアメリア様が、自らイルヴァーナ伯爵家から籍を抜き、王家へと告発した。その迅速かつ勇敢な行いのお陰で聖女様、ひいては大陸全土が守られたという話です」
どういう話だ。
私の知らないところで私が大活躍しているという謎の物語に、頭がくらくらしてきた。
そんな事実無根のストーリーを強引に事実にしてしまえるのは、私の隣に座っているこの人しかいない。
視線を注ぐと、レイノルド様は少しだけ眉を下げ、困ったように微笑んだ。
「何も伝えずに動いて、不安にさせて悪かったと思っているよ。陛下より、リアを婚約者から外さない条件として、君の卒業までに全て解決するようにと無茶を言われていたんだよ」
それは確かに無茶な話だ。
たった一週間足らず。それも帰国直後である。
レイノルド様に会えず、一人で見当違いな被害妄想をしている間に、この方は私のために奔走してくれていたのだ。
よく見れば、その整いすぎた顔の目元には、薄らと隈が出来ている。
……穴があったら入りたい…………。
思い込みで彼を批判した自分を殴らせて欲しい。
自己嫌悪で握った拳を震わせる私に、レイノルド様は一枚の紙を差し出してきた。
「君がリンドリン公爵家の養女となれるように根回しもしておいた。ここにサインをすれば、晴れて公爵令嬢だ。そうなれば、王太子の婚約者として何の問題もないよね」
隙のない笑顔を向けられ、拳ばかりでなく全身が震えた。
準備が良すぎる。完璧すぎる……!!
己の愚かさが際立って、寒気さえしてきた。
このお方には適わない。
内心ガクガクブルブルな私の手を、レイノルド様が優しく握る。
軽く引き寄せられて、そのご尊顔が目前に迫った。
色んな人と距離感が近くなり過ぎる一日ではあるが、今日一心臓がばくばくと音をたてる。
なんだか熱の篭った瞳で見つめられて、また火の海に放り込まれたと錯覚するほど熱くなった。
……寒暖差で風邪ひきそうなんですけど…………。
至近距離でこの顔面は心臓に悪い。
もう許して欲しい。
私の願いとは裏腹に、続くレイノルド様の言葉は、追い討ちどころか完全に私を殺しにきていた。
「もう二度と不安にさせないと誓うし、一生君を守る。だから結婚しよう、リア」




