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婚約者との再会

 

 ルカの手をとり馬車を降りた。

 余りに自然な仕草で手を差し出すので、いつも通り手を借りてしまったけれど、ルカは怪我人だった。


「ありがとう、ルカ。まずはあなたの手当てをしてもらわなくてはいけないわ」


 出迎えた城の侍従や侍女たちが、私たちの姿を見て驚いている。

 当然だ。皆がびしょ濡れで酷い有り様なのだ。

 そんな彼らにディラン様が、ルカのことを頼んでくれていた。


 ようやくルカが傷の手当てを受けられることに、少しだけほっとする。


  

 

 その時、城門から一際豪奢な馬車が入ってくるのが見えた。城の前庭に真っ直ぐ伸びた石畳の道を走ってくる。

 金の装飾がぴかぴか輝き、とびきり人目を引く馬車は、王族が乗る特別仕様だ。


 馬車は私たちが乗ってきた馬車からほんの少し離れた位置、城の真正面に堂々と停められた。

 

 侍従が素早く扉を開く。


  

 中から現れたのは、思っていた通りの人物だった。



 派手な馬車にも引けを取らない輝く金の髪。

 その姿は、どんなに精巧につくられた彫刻も及ばない、神秘的なまでの美しさだ。

 世界中の高価な宝石を全部並べたって敵わないその澄んだ青い瞳が、続いて馬車から降り立つ誰かをとらえ、うっとりと細められた。

 

 姿を見せた可憐な少女が王子様の手をとり、恐る恐るといった様子で馬車から降りる。


 緊張の面持ちだった少女も、美貌の王子に目が眩むほどに優美な笑みを向けられれば、頬を染め僅かに微笑んだ。その様子が何とも愛らしい。


  

 絵になる二人のやり取りに、自分の状況もすっかり忘れて見惚れてしまった。



 半年ぶりにお目にかかるレイノルド様は、相変わらず暴力的なほど麗しい。

 そんな彼が少女をエスコートしながら歩みを進め、ふとこちらに視線を寄越した。



 …………あ。

 思い切り目が合った。



 先程までうっとりするような笑みを浮かべていたレイノルド様の表情が、一瞬で曇る。

 そして厳しい表情をそのままに、こちらへ近付いてきた。


 

 ───来たわね。

 断罪!

 からの婚約破棄!!


 


「リア。久しぶりだね」


 リア、と。

 彼だけが呼ぶ私の愛称を呼ばれ、つい安心しそうになる。


 その声で、特別な呼び名を彼の口から発せられることが、思っていた以上に私にとって重要なことだったと痛感する。

 だからこそ、彼のしたことが許せない。


 

 ……そうだったわ。

 レイノルド様は、私の敵。

 その証拠に、私に向けられるのは厳しい眼差しではないか。

 

「お久しぶりです、レイノルド様」

「取り敢えず、君は湯浴みを。ディラン、ヒューゴ。話を聞こうか」


 

 完全に拍子抜けだ。

 まさかの湯浴みを勧められてしまった……。

 

 ディラン様とヒューゴ様は、いつの間にか私の一歩後ろで礼をとっていた。

 うっかり目を奪われて棒立ちしていたのは私だけだ。なんという失態。



 レイノルド様は私と少女をそれぞれ侍女に預け、ディラン様とヒューゴ様を連れ足早に背を向けた。

 今の私は令嬢に有るまじき酷い格好だし、その目に入れることも耐え難いというところか。

 罪の追求は、どうやら後回しのようだ。


 


 侍女に案内され、私とは反対方向へ歩いていく少女を振り返ってみる。


 レイノルド様と一緒にこの王城にやって来たということは、彼女が聖女様…………よね。

 本当にご無事な様子で良かった。

 

 一瞬だったけれど、レイノルド様はとても丁寧にエスコートしていた。大切に接しているのが見てとれた。

 やっぱりレイノルド様は、婚約者として聖女様をお望みなのでしょう。

  

 

 濡れたドレスを一層重く感じながら、湯浴みへと向かった。



 ◇◇◇



 湯浴みを終え、見知った侍女に世話をされ身なりを整えると、すぐにレイノルド様の執務室へと通された。


 扉を開けた先には、何故か濡れたままのヒューゴ様とディラン様が突っ立っている。

 しかもその表情は、憔悴し切っていて生気がない。

 私がゆっくりのんびり湯浴みしている間に何があった。


 そしてその正面に、レイノルド様が優雅に長い足を組んで座っている。


 

「やぁリア。待っていたよ」


 良く知るいつもの優しい笑みだ。

 断罪前にその表情は、戦意が喪失しそうなのでやめていただきたい。 

 

「リアも来たことだし、君たちもそろそろ着替えてきてはどうかな?」


「えっ」


 うっかり声が漏れた。


 馬車でのルカの発言が頭をよぎる。

 二人きりにされれば、どんな言いがかりをつけられ罪をでっち上げられるかわかったものではない。

 例え手下だとしても、最も気を許せるルカが治療中で不在となれば、ここにいるヒューゴ様とディラン様しか頼れる人はいない。


「レイノルド様! ヒューゴ様とディラン様にも同席していただきたいのですが」


「…………何故?」


 

 レイノルド様の笑顔が消えた。

 

 眩しい空を思わせる青い瞳が、今は凍てついた湖面のように冷たい。

 初めて見るその表情に、背中がぞくりとした。



 私の知る婚約者は、いつも誰にでも優しい笑みを絶やさない。

 ──やっぱり私は、この人のことを何も知らない。



 答えられずにいると、座るように促された。

 言われるがまま、彼の隣に腰を下ろす。


 立ったまま、その上濡れたままのお二人には大変申し訳ない。

 しかし現在私は、あの火の海に放り込まれたと同等の危機的状況なのだ。どうか許して欲しい。


 

 顔色を悪くしてお互いの顔を見合わせているお二人に、レイノルド様が笑顔を向けた。ただし目は笑っていない。


「お前たちは、私がいない間に随分リアと仲良くなったようだね?」

「滅相もございません!!」


 ヒューゴ様が勢い良く否定した。

 ちょっと傷付くんですけど。



「…………殿下。さっきから素が出てますけど」


 ディラン様の呆れたような声音の発言に、レイノルド様がぴたりと動きを止め、私を見た。


「…………久しぶり過ぎて、余裕がなくなっていた。幻滅した?」

「ええと、……はい?」

「大事なことを言い忘れていた」


 レイノルド様は私に向き直り、とびきり柔らかくも美麗な笑みを浮かべた。 


「ずっと会いたかった。君に会えて嬉しいよ、リア」 



 …………これは幻聴だろうか。

 断罪どこ行った。 


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