39話 目覚める時が近づいています
翌日。
1日経ったが、綾本の事は何も思い出せなかった。
やっぱり思い出そうとすると、頭痛がしてうまく思い出せなかった。ただ、綾本とこの世界の謎が繋がっている事はわかっていた。
もやもやを抱えながらも答えは出ず、結局朝になってしまった。
今日は、コリンの家に行く予定だった。もともと決まっていたコリンの仕事を手伝う仕事をするためだった。
あれ以来コリンには会っていないが、牧師さんによればだいぶメンタルも落ち着いたようである。コリンは、郷土資料館での仕事もきまったようであそこに頻繁に通えば、魔が刺す可能性も少ないだろう。
コリンの家は、商店街から川沿いの道を真っ直ぐいった所にあった。
クラウスの家にも近い。
二階建ての小さな家だった。この土地でが日本と違って家の大きさも広いが、クラウスの家はこじんまりとしていて日本人サイズ。庭も猫の額ほどだが、ハーブや春の花がいくつか植えてある。そこだけを見たら、コリンは些細な日常を楽しんでいるようには見えるが。
「こんにちわ、コリン」
「マスミか。おお、よくきたな。早速仕事を頼むよ」
私はコリンの家にあがり、さっそく仕事をする事になった。
資料を整理したり、手書きで記録したり誰でも出来るような仕事であったが、パソコンなどの文明機器がないこの世界では骨が折れる。タイプライターはあり、コリンが使っていたが、音はガタガタとうるさいし、頻繁に故障しているようで、とても使いにくそうだった。見かけはレトロでちょっとオシャレであるが、実用性はあまり無さそうだった。クラリッサは執筆は原稿用紙に手書きでやっているが、そちらの方が効率がいいんじゃないかと思うほどだった。
「アンナが言ってたが、マスミがいた世界でがパソコンっていうすごく便利な機器があるんだってね」
コリンはちょっとイライラしながらいう。杏奈先生もここでコリンの仕事を手伝っていたらしいが、あまりにも不便さの「パソコンが欲しい!」とよく叫んでいたそうだった。
その気持ちはわかってしまう。実際、コリンもタイプライターの使いにくさにイライラとしている。
「でも、いい面ばっかりじゃないですよ。簡単になんでもできるから、漢字とか言葉もよく忘れていたもの」
元いた世界では、手書きで文章を書く事などほとんどなかった。お陰で、簡単な漢字もよく忘れていた事を思う出した。忘れてもスマートフォンやパソコンで調べれば問題のない話ではあるが、頭が悪くなっていた事は否定できない。それに文明の便利な道具を自分はちゃんと使いこなしていたかも自信が無い。
「そうかね」
「そうですよ。それにどうせ人間の性質は古代からあんまり変わっていないのに、中地半端に便利になっても仕方ないですね」
「おぉ、悟ってるね、マスミ。そうだよな。人間の命は神様にしかどうにもできないな」
コリンは目を伏せて考え込んだ。確かにそうなのかも知れない。
どんなに人間の文明が発達しても死人を生き返る事は無理だろう。それはもう神様の領域だ。その領域を犯そうとする変な儀式た魔術は、究極な自己中心だと腑に落ちた。やっぱり神様に定められた運命は、受け入れなければならないと思われる。
コリンも似たような事を考えてようで、「もう魔術は絶対しないよ」と小さく呟いていた。この様子だったら、コリンはもう大丈夫だろう。
私はホッと安堵し、与えられた仕事を邁進した。
誰にでも出来る簡単な仕事であったが、全部終わらせると充実感はあった。たぶん、元いた世界ではもっと文明が発達し、こんな仕事は全部ロボットがこなすのかも知れない。便利になるかも知れないが、同時に私のような無能な人間が働く場所がなくなる。
不便で文明が未熟なこの世界は、だからこそこんな無能でも仕事がある。確かに今の自分はメインの仕事は失っている状態ではあるが、それでもロボットに仕事を全部とって変わってはいない。
「マスミ、仕事しているのになんだか楽しそうだね」
「ええ。人間には不便な方が、実は良いのかも知れませんね」
そんな事を言うと、コリンは首を傾けていたが、私はしみじみとそう思った。
コリンの家での仕事は、結局夕方までみっちりと続けてしまった。おかげでコリンの仕事もかなり進み、私も感謝された。
ちょうどコリンの家を出た時、クラウスにあった。クラウスは王都にしばらく仕事に行っていたので、久々の再会だった。
「よぉ、マスミ」
「クラウス、久しぶりね。こっちはすっかり事件も解決したのよ」
「知ってるよ。まあ、これはそのご褒美ってわけではないけどさ」
クラウスは、肩にかけているカバンから、可愛らしい箱を取り出し、私にくれた。
熊がコーヒーカップのようなものを持っているイラストが書かれている。
「ありがとう、これ何?」
「コーヒーっていう新しい飲み物で、うちの国で流行ってるらしい」
この世界には確かコーヒーがなかったはずだ。コーヒーがこの世界で飲めて嬉しい気持ち以上に少し怖くなってきた。
「うん、うちの国は南の方の国を植民地化してね。コーヒー豆も手に入れるようになったらしいよ」
「そう…」
「あんま嬉しくはなさそうだな」
「いえ、そんな訳はないんだけど」
クラウスがプレゼントをくれた事は嬉しかったが、この世界の文明が進む事はちょっと怖かった。私は正直にそに事を話す。
「そっか。マスミの気持ちは何となくわかるよ」
クラウスは肩をすくめていた。
「そう?」
「うん。もともとコーヒーもその土地の人のためにあったんだろうなぁ。金にものを言わせて、その土地の恵みを奪っているのは、確かのちょっと怖いね」
せっかくプレゼントをもらったし、念願のコーヒーが飲めるというのにあまり嬉しくはない。
こに世界もこのまま文明が進めば、元いた世界のようになるかも知れない。便利になって喜ばしい事でもあるのに、素直に喜べず、しんみりとした気分だけが残った。
ただ、コーヒーをクラリッサの屋敷に持ち帰ると、かなり喜ばれた。特にクラリッサは、そのコーヒーの味に感動してその夜眠れないほどコーヒーを飲んでいた。
「こんな美味しいのに覚醒作用があったなんて!」
クラリッサは文句をぶつぶつ言いながら、結局仕事に取り掛かっていた。
いくら美味しいものも食べすぎたり、飲みすぐたりしても幸せになれないのかも知れない。何事もほどほどに。欲を出さず、腹八分目に生きていくのが一番人間が幸せになれるのかも知れない。
夢のようなこの世界にずっといても幸せになれるかどうかはわからない。
もう目覚める時間が近づいている事はわかっていた。




