22《完結》後始末をしよう
あたしとトニーとロキは3人で、とどろき沼にやってきた。
あの夜は龍姫を罠にはめる計画であたまがいっぱいで気づかなかったけど、ここってすっごく臭い。生ゴミっていうか、生き物の死骸っていうか、とにかくひどい匂い。
「おえっ、ぼく、ちょっとムリかも」
トニーが両手で口をおさえて言った。
「だから言ったじゃない。あんなにたくさん食べるからよ」
トニーはここへ来る前のおやつの時間、ホイップクリームたっぷりのケーキをまるまる一個食べている。おじさまのお土産のそのケーキはすっごく美味しくて、たくさん食べたい気持ちはわかるけど、午後の予定は伝えてあったのに。
そう言うあたしも、割と限界に近い。ロキはもっとヤバそうだった。しっぽの先で口と鼻をかくして、目の中にいっぱい涙をためて震えてる。
「龍姫って、一応"姫"なんだろ。ほんとにこんなとこにいるのかよ」
「それは保証する」
だって、あたしとトニーがここへ置いてきたんだもの。
「とどろき沼の主様ー!龍姫ー!」
「出てきてくださいましー!」
「………何やってんだ?」
沼に向かって叫ぶあたしたちを、ロキは"ドン引き"ってかんじで見てる。その視線があたしの中の柔らかい部分に触れてイラッときたけど、いまはケンカしてる場合じゃない。
「あなたも呼んで」
「は?」
「ほら、早く!」
「ううっぷ。……臭え……」
「せーの!」
「「「とどろき沼の主様ー!龍姫ー!」」」
はたして、沼の表面がボコボコと音を立てはじめ、沼の主と龍姫が現れた。
「うっ………」
ロキは毛を逆立てて、口と鼻をぎゅっと押さえる。
「だめ、やめて。失礼でしょ!」
あたしはロキの手を掴んでおろさせた。
とどろき沼の主は、大きくて丸い体をコケが覆う怪物だ。目も、口も、鼻も、ぜんぶコケに隠れて、どこにあるのかわからない。そもそもないのかも。ついでに言えば、どんなヤバい力を持っているのかもわからない。下手に手出しはできない。
さぁ、どうやって交渉しましょうか。
「龍姫ー!助けにきたよー!」
ああ、もう、トニー!!どうしてあなたってそう素直なの……!
ゴゴゴ……と沼の主の方から、地鳴りのような音が響いてくる。
こうなったら、腹をくくるしかない。トニー、戦闘準備よ!
勢いこんだその時─────、
「助けるですって?」
沼の主の腕?の中にいた龍姫が驚いたように言った。とんでもない!とでも言いたげな声音に少し引っかかりを覚えつつ、説明する。
「ほら、あれよ。無理やり彼の側室にしちゃったし、逃げ出したいなら手を貸してあげてもいいわよ」
すっごく嫌だけど。すっごく嫌だけど……!
おじさまにしかられるから仕方なく、よ。
龍姫を魔王城へ連れ帰ってくるよに。おじさまにそう命じられ、あたしたちはここに来たのだ。龍の国では龍王様が娘の帰還を心待ちにしているそう。というか、これ以上何かやらかす前に早く帰ってきてほしい、ということなのだろうけど。というわけで、龍姫をつかまえて、お国に強制送還だ。
「とんでもない!」
龍姫は声を大きくした。
………なんだか様子がおかしい。龍姫は沼の主の腕の中で落ち着いたものだし、前に見たときより表情も穏やかだ。助けてー!なんて叫ばないし。
「なぜ? 助けてあげると言ってるのよ?」
「助ける? ハンッ」
龍姫は可笑しそうに笑う。この余裕はなんだ。
ちょっぴり嫌な予感。まさか、龍姫はとどろき沼の主をこの短期間で掌握していて、あたしたちに襲いかからせるつもりかも。これまでの嫌がらせの仕返しに。
「どういうことかしら……?」
警戒を強めて龍姫の出方をじっとうかがう。
───だけど、龍姫の返答はまったく予想外のものだった。
「私はとどろき沼の主様を愛してるの!離れるなんて、考えられないわ!」
「…………は?」
あたしたち3人は、ぽかんと龍姫を見上げた。これほど意味不明な肩透かしもないわよね。
「と、トリー?」
「え、あの、え……?」
トニーが解説を求めてくるけどあたしだって混乱してる。
「助けはいらないわ!お父様に伝えて!エブリン・ドラグーン、私はここで幸せになりますって!」
「ええっと……」
なにこれ、え? 新手のイタズラ? そうなんでしょ? ねぇ?
「あなたたちは私の恋のキューピットよ!ありがとう!」
龍姫は晴れやかにそう言って、とどろき沼の主様とキスをした。ぶちゅずちゅ、ずちゅずちゅと不快な音がこだまする。
あまりの衝撃に、呼吸を制限することを忘れていた。悪臭を思いっきり吸い込んでしまう。
あたしたち3人の思いはいっしょだった。そして、やらかしちゃった粗相も………
おえぇぇ。
…………ああ、最低。レディにあるまじき最後だわ。これはやりすぎたあたしとトニーへの罰ですか、神様?
最悪なのは、この醜態をロキに見られたということ。『この女、笑えるんだぜ!』なんて、誰かに言いふらさないうちにロキの息の根を止めなければと、あたしは密かに決意した。
《完》
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摩訶不思議な薬でロキの記憶を消した後日のトリー↓
「よかったじゃない。龍姫は真実の愛を手に入れたのだもの。あたしたち、いいことしたわ。誰がどう見ても、ハッピーエンドね」
ケロッとした様子で危ない研究に励むトリーは、"反省"を知らない。
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最後までお付き合いくださった読者の皆様、ありがとうございました。
本作は、『死神は悪役令嬢を幸せにしたい』の続編です。前作はパパとママの恋愛。本作はその子供たちを主人公としたお話でした。パパとママの馴れ初めが気になる方は『死神は悪役令嬢を幸せにしたい』の方も、ぜひチェックしてみてくださいね☆